3 幸せになる
そんなわたしを突き落とすような出来事があった。
わたしの真価を見抜いた彼は、繁華街とも夜とも店とも、関わりのない人だった。
夕方、公園の前の道端ですれ違っただけだった。
けれど、わたしは何だか気になって、声を掛けた。
彼は着古したTシャツと、毛玉のついたパーカーと、傷みの激しいジーンズと、毛羽立ったスニーカーだった。
彼が手をつないで歩いていた少女――彼の娘は安物だがきちんと洗濯されたワンピースと、ちょっとサイズが大きめのキャラクターの運動靴だった。
彼は全然わたしの――お金のかからない公園で娘を遊ばせた。
公園の敷地のすぐ外の自動販売機は使わず水筒のお茶を娘に飲ませた。
わたしは何故か居ても立っても居られない心地になって、彼を世間話に捕まえて、頃合いを見て、「実はね」と自分の正体を告げた。
彼は「小銭なんてそこらに転がってる。あんたもその一個ってだけだ」と酷いことを静かに口にした。
わたしは憤慨し、でもワクワクしてきてもいた。
彼と交流を深めるうち、お金だった頃の寂しく愉快な日々を思い出した。
わたしは
わたしは彼に頼もうと決めた。
「わたしをお金に戻して」
彼は「その通りにする」と約束してくれた。
途端に何処かでチリン、と音がした。
わたしは公園の噴水広場のタイルに弾けて、一枚のコインに戻っていた。
酷くほっとした。
彼はわたしをスーパーマーケットに連れて行き、彼の愛娘に大事に手渡した。
少女は駄菓子を買った。
蜜柑味の飴玉。光を透かすオレンジ色。
わたしは少女のささやかな幸せとなった。
少女の頬からカラコロと楽しげな音。蜜柑の香り。
微睡むように「美味しい……」と細めた目。
娘を見つめる彼の愛情の眼差し。
それらが、今この瞬間の、わたしの真価の全てであった。
〈完〉
お金まごころ 葛 @kazura1441
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