第91話 離れ離れ3

「死体はなかったんだね?」

 

 その言葉を聞いて目が覚めた。

 目の前にはただ石が転がっているだけの地べたに毛布をかけられ寝かされていた。

 

「あぁ、これしかなかった。古ぼけて価値はなさそうだ。貧乏冒険者とお嬢様の駆け落ちか?女の家の者が連れ戻そうとしてるんだろ。」

「違うだろうね、そうだったら男を連れて来いとは言わないだろう。」

「ま、どっちにしても男は死んだんだからオレたちの仕事は終わりだ。行こうぜ、前金しか貰えないだろうが報告義務がある。」

「そうだけど…」

 

 誰かわからない相手と話すシーリが考え込んでいるようだ。

 必死に眠気を追い払った。何かの薬を飲まされ眠らされ、どれくらいの時間が経ったのかわからない。

 

 ライアン達は川に流された…

 

 すぐに現実が私の思考を埋め尽くす。

 叫び出したい気持ちを飲み込み彼らの会話に耳をすませた。小声で話す男が何かを見つけたようだが…そこに死体はなかった。

 

 生きているから無いのか、もっと下流に流されたのか…話を聞かなきゃ。

 

 ゆっくりと起き上がると振り向いた。

 

「詳しく、聞かせてくれない?」

 

 シーリは振り返り私をジッと見てため息をついた。

 

「お茶いれるわ。」

 

 話していた男も呼び、竈門かまどの前に座らせた。

 

「眠らないやつでお願い。」

 

 私は毛布を体に巻き付け座り直した。体がダルい。

 

「アレはあなたが取り乱すと思ったから、落ち着かせようとしただけよ。」

 

 おかげで少しは冷静になれているのかも。だけど胸が苦しい…

 

 冷たい手にまた温かいカップを持たせてくれた。

 

「話を聞いていたんなら早い、オレたちはもう行く。あんたに用は無いんだ。」

 

 面倒を見るつもりはないとばかりに男は言い捨てる。

 

「そっちの仕事は終わったのね。だったらもう話してくれていいんじゃない?あの人がいないなら私は野垂れ死ぬしかないんだし。」

 

 男がシーリと目を合わせた。

 

「良いだろ、話すなって契約は無かった。ただ男を指定された場所へ連れて来いって、それだけだ。」

「生死は問わず?」

「いや、出来れば生きたままって言われたな。」

 

 コイツらはライアンの事を何も知らないんだな。あんた達に殺せるわけない。

 

「依頼主はどんな奴?」

「もういいだろ、知らなければ生きていける。」

 

 シーリが遮った。

 

「連れて行って、そいつの所へ。」

「何言ってるの、殺されるわよ。」

「どうせ殺すつもりだとわかって依頼を受けたんでしょ?だったら別によくない?私が生きようが死のうがあなたには関係ないでしょう。」

 

 二人は一瞬黙った。

 

「別にこんな仕事ばかり受けてる訳じゃない。今回はたまたまあの街で依頼されて、ただ男を連れて来る簡単な事なのに、報酬が良かった。…気にはなったんだ、良すぎたから。」

 

 シーリは気まずそうにため息をついた。

 

「口止めされてないって事はあなた達も危なくない?」

 

 私の言葉に男は少し考えうなずいた。

 

「だな、だが報告しろって契約したからな。チッ、面倒になってきたぞ。」

 

 頭をボリボリかきながら手にしたカップの中身を飲み干すと男は立ち上がった。

 

「お前も行くか?どうせ行かなきゃならん、オレはベト、すぐにお互い死んじまうかも知れんがよろしく。」

 

 ベトは持っていたライアンの剣を渡してくれた。

 

「あいつのか?川岸の岩場に引っかかってた。他には何もなかった。」

「…そう。」

 

 革のカバーをつけた雷鳴の剣、勇者しか本当の力は発揮されない。

 

 ギュッと抱きしめた後、立ち上がって腰のベルトに差し込んだ。

 

「重い…」

 

 このままじゃ重くて歩けないよ、スキルを使うか。

 

「フフ、貸してみな。」

 

 見かねたシーリが背中に背負えるように紐をつけてくれた。

 

「ありがとう…」

「どうしてもって言うなら連れて行くけど。」

「どうしてもよ。」

 

 ライアン達が生きてると思う事にした、そうじゃなきゃ何も考えられない。だったらここでグズグズしてるのは嫌だ。

 

 私は彼らが最初に向かうと決めていたエストート国へ行くルートを進む事にした。そちらにシーリ達を雇った奴らも待っている様だ。

 

「どんな奴なの?」

 

 シーリと二人で馬に乗りベトの馬の後を追う。

 

「私達が直接会ったのは下っ端の男だった。上は貴族かなって思ったんだ。」

 

 報酬のせいだろうな。

 

「オレはどこかの魔術師かと思ったぜ。薬草臭かった。あの街であんたらを指さしてこの先へ連れて来いって、それだけ言って契約書にサインさせられて金おいてった。」

 

 冒険者の依頼の受け方は知らないけど急いでいたって感じかな。

 

 私達があの中洲から逃げ出す事なんて出来ないと思い込んでいたのだろう。油断して逃げられ魔法陣まで破壊されたなんて想定外過ぎたのだろう。

 慌てて目についた冒険者を雇い、信用なんてしてないから終わったら始末するつもりかな。

 

「それで何故追われてるんだ?」

 

 ベトが興味深げに聞いてきた。

 

「知らないわ。私は偶然一緒にいただけだから。」

「狙いはあの男だよね、アイツ何者?」

 

 シーリに問われたが答える事は出来ない。そもそも何故彼が狙われかまだわからない。

 

 ライアンの顔が浮かびまた息苦しくなってくる。

 

 大丈夫、落ち着こう。生きてるって信じて動くんだ。泣いたら、感情にまかせたら思考が停止する。考えろ、ライアンが生きてるなら私はどう動くべきか…

 

「プッ、フフッ…」

 

 思わず吹き出した。

 

「大丈夫?」

 

 シーリが心配そうに振り返った。ベトは私がおかしくなったと思ったのか変な顔して見てくる。

 

「あぁ、ごめん。大丈夫よ、きっと私があなた達と一緒に雇い主に会いに行ってるなんて知ったら、アイツ怒るんだろうなって思って。」

「それはそうね、今からでも遅くないよ。このまま逃げれば?」

「それじゃ駄目なの。私は強くならなきゃいけなくって。」

「強くって?」

「勇者と一緒に魔王を倒しにいけるくらい強くなるの。」

 

 ニッコリ笑って言った私の言葉を聞いてベトが笑った。

 

「オレも子供の頃言ってたよ、大きくなったら勇者になるってな。」

 

 シーリは笑わなかった。

 

「もうすぐ着くよ。」

 

 デコボコとした荒れた道を森へ向かっている。そこは少し薄暗く見通しは悪い、人を殺すなら絶好の場所だな。

 

「この辺りだ。」

 

 馬から下りると森の中を見回す。

 ザワザワと風が木の枝を揺らす音が時々聞こえるが不気味な静かさが漂う。

 

 しばらくして木陰から音も無くスッとフードを被った人物が三人現れた。

 

「男はどうした?」

 

 しわがれた声の老齢の男がベトを見て言った。

 

「川に流されたんだ。一昨日おととい荒れてたろ、巻き込まれたんだ。」

 

 私は一日以上寝てたって事?どうりで体がだるいはずだ。

 

「死体は?」

「無かった。」

「探せ。」

「無理だ、見つかってもバラバラで誰かなんてわからないだろうよ。」

 

 会話を聞いてゾッとして息苦しくなり胸を押えた。

 

「大丈夫かい?顔色悪いよ。」

 

 シーリに小声で聞かれ小さくうなずいた。

 

「そいつは、あの男の連れの女か。」

 

 私を見ると男は笑った。

 

「この娘はもういいだろ。契約は男を連れて来いって事だけだった。」

 

 シーリは私の前にかばうように立つと腰の剣に手をあてた。

 

「あぁ、契約はそうだ。女は後で探すつもりだったんだ。私は仕事を優先する主義でな。だが仕事は済んだようだ。だったら自分の用を済ませないとな、女、こっちへ来い。」

 

 ゆっくり呼吸すると男を睨みつけた。

 

「あなた誰?仕事って誰に頼まれたの?」

 

 私の問には答えず、男は袋を取り出しベトに投げた。

 

「残りの金だ、確かに渡したぞ。これで契約は終了だ。」

 

 言った瞬間にボワッと火球が現れ二人に襲いかかった。

 

「逃げな!」

 

 シーリは私を突き飛ばすと剣を抜き火球をふりはらう。ベトは素早く馬に飛び乗り駆け出した。

 老齢の男が一歩下がると部下らしき二人が前に出てきた。

 予測していた魔術師の攻撃はやはりカトリーヌ達のそれとは違い速さも攻撃力も劣っているが二人で連携しながら続けて飛ばして来た火球はなかなかのものだった。

 

 

 

 

 

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