第90話 離れ離れ2

 ほとんど眠れないまま朝をむかえた。

 支度を整え腰に触れて剣がない事を思い出す。

 

 剣は後回しだ、ユキを先に助ける。

 

 あの雷鳴の剣は勇者だけが使える特別な物だ。

 一年ほど前に師匠から譲り受けいよいよ勇者として覚悟を決めなければいけない時期に差しかかっていた。

 師匠はギリギリまで公にはしないとし、魔物の討伐依頼も未だ師匠が受け、オレは補助的な役目が多かった。

 

「まだお前には任せられんな。」

 

 師匠から見ればオレはまだ勇者として戦うには足りないモノがあるらしい。魔王が現れたって、勇者になると決めた時からいつでも命を投げ出す覚悟は出来ているつもりなんだが…

 

 

 階段を下り路地から出るとカトリーヌの屋敷に向けて歩き出す。店の前にイーサンとファウロスが立っていた。

 

「我々も行くぞ。」

 

 ファウロスが睨みながらいう。

 

「騎士は無理だ、国境を越える。」

 

 立ち止まらずそのまま歩き続けた。

 

「国境を?どこなんだ?」

「デルソミア国。」

「北か…」

 

 二人共顔をしかめた。

 この国とデルソミア国とは友好関係が無い。国土も広く人口も多いこの国と反対に、デルソミアは人が住める場所は限られ山岳地帯が国土の多くを占め、魔物も小さい物が多く良い魔石も取れにくい。

 勇者がいて豊かなプラチナ国を妬んでいるという噂まである。

 

「国絡みだ。騎士がいるとややこしくなる。」

 

 それでも付いて来る二人を疎ましく思いながら角を曲がりカトリーヌの屋敷に着いた。

 

 ドアを開け勝手に中へ入って行くと、二人共遠慮がちに付いて来た。魔法陣がある地下へ下りる階段がある倉庫へ近づいて行くとドマニが騒いでいる声が聞こえた。

 

「じいちゃん、オレもユキを助けに行く!面倒見るって約束したんだ!」

「だがお前じゃ今回は役に立たん。ここで待つのも責任のある大人の対応だぞ。」

「グッ…じゃあ誰が行くんだよ。ライアンは駄目だ、ユキを置いてきやがった!」

 

 後ろでイーサンが鼻で笑ってやがる。

 

「子供でも駄目なやつはわかるらしい。」

 

 ファウロスが追い打ちをかけてくるが言い返すことが出来ない。

 

 倉庫に入って声のする方へ行った。さっきからチビをなだめていた声を聞いてわかっていたが…

 

「師匠…何故ここに?」

 

 オレが師匠と呼んだことにファウロスが息をのんでいた。イーサンは知っていたようだ。

 

「弟子の心配をしてはいかんのか?随分苛立っておると聞いたが、行くつもりなのか?」

「オレの失態なので。」

「失態を取り消すために行くのか?」

「オレのせいでユキだけが残ってしまった。迎えに行ってきます。」

 

 師匠はフッと笑う。

 

「ケイとレブに任せておけ。あいつらは優秀だ、必ずユキを連れ帰る。」

「いや、それじゃオレの気が済みません。」

「そもそもお前を狙って今回の事が起きている。お前が戻っては相手の思うつぼだとまだわからんのか?」

 

 一瞬思考が停止した。

 

「そう…でした。」

 

 最初からユキは巻き込まれていただけだ。

 

「お前が行けばまた狙われユキがそれに巻き込まれる。ここで大人しく待っておる方がいい。」

「ですが、オレのせいで…」

「お前のせいだがお前が行っては余計に危険だ。ユキは強い娘だ、なんとか生き残るだろう。後はケイとレブに任せる方がいい。」

 

 俯き拳を握りしめる。

 

 オレは何も出来ないのか…

 

「勇者エクトル、我々が行ってはいけませんか?」

 

 イーサンが師匠の前に一歩出る。

 

「フム、お前もか。ファウロスの事は聞いておったが…だが駄目だ。騎士は国からの命を受けた時だけその力をふるう事を許される。今回は他国での事だ。」

「ですが、最初に相手がこちらの領域へ踏み込んで来たのです!」

 

 ファウロスが口をはさむ。

 

「言い分はわかるが、あくまで国内の人間がしでかした事だ。ライアンとユキをダンジョンから転送させた奴らはプラチナ国の者だ。

 それにしてもユキはモテモテだの、五人の男がこれほど気にかけるとは。」

 

 ファウロスが顔をしかめる。

 

「五人ですか?」

 

 指折り数え首をかしける。

 

「私、イーサン、子供…」

「ドマニだ。」

 

 腕組をしてドマニがファウロスを睨みつける。

 

「コイツらは貴族だ。気をつけろ。」

 

 注意すると舌打ちして顔をそむけた。なんてガキだ。

 

「あと二人は誰ですか?」

 

 自分がプロポーズしたせいかユキに寄ってくる男が気になるようだ。小さい奴め。

 

 師匠は一人ひとり指を指していく。

 

「ファウロス、イーサン、ドマニ、ライアン、」

「オレは…別に…」

 

 指をさされ視線をそらした先にイーサンがいてこちらを見ていた。

 

「ワシ。そうだ、ワシが迎えに行ってこよう。」

「師匠!?」

 

 突然師匠は面白そうな顔をして魔法陣がある地下へ下りる階段へ向かった。

 

「待って下さい、勇者が一人の平民を助ける為に他国へ無断で行く事は許されないのでは?」

 

 イーサンが慌てて止めた。

 

「ちょっと行ってくるだけだ、すぐ戻る。」

「ですが、」

「それなら私も連れて行って下さい!」

 

 ファウロスがイーサンを押さえ前に出る。

 

「ユキは私と婚約する予定です。婚約者を迎えに行くのであれば許されるのでは?」

「ユキは貴族とは結婚しない!勝手に婚約を進めるな!」

 

 二人が揉めだし師匠が振り返ると真剣な顔で話す。

 

「ワシはユキには既にプロポーズ済だ。ワシが婚約者を迎えに行く。」

『はぁ?』

 

 誰かこの訳の分からない会話を何とかしてくれ…

 

 頭を抱えているとカトリーヌが不機嫌な顔をしてケイとレブを連れやって来た。

 

「チッ、いつまでもグチャグチャとうるさいね。貴族は帰りな、今回は役に立たん。」

 

 言い返そうとしたファウロスがカトリーヌのひと睨みで口をつぐんだ。

 

「お前もだ。さっさと婚約者の元へ帰りな。」

 

 イーサンはうつむいて何も言わない。

 

「お前も、城へ帰れ。いい年して恥ずかしくないのかい?」

「い、いいではないか。ワシがユキと結婚しても問題なかろう。ワシはユキより強いし、金もある。」

 

 必死にカトリーヌに言い返す師匠に勇者の威厳は無い。まったく、昔からカトリーヌには逆らえないらしい。…気持ちはわかる。 

 

「ケイとレブだけでいい。どのみち三人とも捕まっても死んでもこの国に迷惑はかからん。」

「無理するな、お前だってユキを可愛がっているではないか。」

 

 師匠は倉庫の隅の棚チラッと見ると言った。そこには布をかけ大切そうに何かが置いてあった。

 

「アレは…自分の弟子ものを守る為だ。」

 

 少し苛ついた様にカトリーヌがそれに近寄り布をめくった。

 そこにはミスリル製のメイスと前腕を防御する為の手甲だった。カトリーヌが依頼して作られた物らしく装飾も素晴らしい物だった。

 

「ユキに、か…」

 

 アイツがメイスを使いだしたのはここ数日、仕事が早すぎないか?職人の心労が目に浮かぶよ。

 

「フム、いい出来だ。それを持って行こう。」

 

 師匠はサッとメイスを奪うと速攻で階段下へ消えて行った。既にケイとレブが向かっていたので無理やり付いていくつもりなのだろう。

 

「私も行きます!」

 

 ファウロスが慌てて追いかけ、それに皆が付いて行った。

 

「全く、馬鹿な男ばかりだ。」

 

 カトリーヌが笑って言った。

 

 階段下ではケイとレブが準備を整え今にも転送しそうだったが師匠とファウロスが邪魔をしていた。

 

「ファウロスいい加減にしろ、ユキの救出が遅れるではないか!」

 

 イーサンが奴の腕を掴み引き戻した。

 

「エクトル様は本当にいらっしゃるのですか?」

 

 ケイが確認すると師匠は胸を張る。

 

「もちろん、コイツをユキに届ける。きっと喜んで受け取りワシに感謝して婚約できるであろ。」

 

 一体どこがどうなればそういう考えになるんだ。

 

 師匠が行くのだから必ずユキは無事に戻るに違いない。だが心の中ではモヤモヤした物がおさまらない。

 

 いよいよ魔法陣が光出す。

 師匠と目が合うと意味ありげに笑いメイスをふらりとオレに向けて来た…

 咄嗟にそれを掴み師匠ごと持ち上げくるりと場所を入れ替わった。

 

「あぁ!ライアン、ズルいぞ!」

 

 師匠が手を離しドマニがオレを睨みつける中、魔法陣が作動し再びデルソミア国へ転送された。

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