第82話 脱出3

 あんなに派手にケルベロスを討伐してしまったのだからもう完全に奴らにとって私達が予想外の動きをする良からぬ者だとはわかっているだろう。

 

 それはフリオにも伝わったようで魔法陣に着くと素早く馬車から出て地面に下りると何やら唱えだした。じわりと魔法陣が光り、一瞬目の前の風景が歪むとすぐに馬車ごと見知らぬ倉庫のようなところに転移された。

 そこには数人の男達がいて驚きの表情を浮かべ御者台のライアンを見ている。

 

「一緒に来るなら乗れ!」

 

 フリオは頷くと馬車の後方に立っていた男達と馬車との間に火の魔術で炎の壁を作り馬車に飛び乗った。

 

「真っ直ぐ行って建物を出たら左へ!」

 

 ライアンが言われた通り馬車を進め、倉庫から通路に出たが外へ出る直前に上から鉄格子が勢いよく下ろされた。ギリギリで馬車を止めたが後ろも同じ様に鉄格子を下ろされ通路のような所に閉じ込められた。

 

「ユキ、準備しとけ。」

「わかってる。」

 

 私はメイスを握ると馬車のドアを開けた。

 

「ドマニは乗ってて。フリオ、馬車をお願いね。」

 

 まだそんなに信用出来ないが今は頼むしかない。

 フリオは素早く御者台に移り手綱を握った。念の為チビにダガーを差し出す。

 

「使い方わかる?」

 

 ドマニは少し緊張した顔で笑って受け取った。

 

「当然、オレは冒険者だぜ。」

 

 強気なチビの髪をクシャッと撫でると外に出てドアを閉めライアンの近くに行った。

 通路に閉じ込められたがまだ何もしてくる様子は無い。

 

「オレが行けって言ったら馬車に乗って逃げろよ。」

「あなたはどうするのよ?」

 

 ライアンはニヤリとした。

 

「一人ならどうとでもなる。お前らがいない方が動きやすいしな。」

「まぁそうかもね、勇者に準ずる者なんですものね。」

 

 チラリと横目で見上げる。

 

「それを言うな、ただのライアンの方が動きやすい。」

「そうかもね、でも隠しきれて無いじゃない。」

「国外はまだいい、国内で認めてしまうとややこしくなる。」

「エクトルに全部押しつけてるのね。」

 

 彼は肩をすくめると剣を抜いた。

 

「行くぞ。」

 

 前方の鉄格子を軽く切り落とし通路から出た。

 

 そこはぐるりと周囲を建物が囲った形の広い場所で天井は無く、左右に頑丈そうな大きな鉄扉がありどちらも閉まっていた。フリオの言う通りなら左が出口だろう。

 

 建物の中へは数か所入れそうな扉が開いていたが広場にいた何人かは私達の姿を見ると慌てて駆け込んでいた。残った冒険者らしき者やちょっと偉そうな鎧の者が身構えこちらを警戒している。

 

「あれってデルソミアの騎士なの?」

「間違いない。国ぐるみか、厄介だ。」

 

 軽くため息をつきザッと見渡す。

 

「本気で止めようとしてるのかしら?」

 

 ルフとケルベロスを倒してここまで来た事を鑑みても守りが弱い感じだ。

 

「あちらからお出ましじゃないか?」

 

 ライアンは右の鉄扉をジッと睨み私を後ろに回した。

 するとゆっくりと扉が開き中からゾロゾロとケルベロスやオーガ、トロール、そして…

 

「バジリスクか、デカいな。」

 

 ライアンは魔物達の後ろから一際大きな鎌首をもたげた禍々しい大蛇がを見て言った。

 

「ユキ、あっちの扉を壊してすぐに逃げろ。」

「だけどそれじゃ…」

「さっき言ったろ。ひとりの方がやり安いってな!」

 

 言うなり飛び出して行くと先陣を切って来たケルベロスの三つの首を一太刀で斬り落とした。衝撃と稲光に耳と目が痛い。

 

「もう!知らないからね!」

 

 私はすぐ左の鉄扉を壊す為に向かうとそこへ魔術師が放った火球が飛んできた。

 

「なーんか違うのよね。」

 

 メイスをくるくると回しそれを弾き飛ばした。カトリーヌやケイとレブの魔術を見ていたせいだろうか?ここの魔術師がショボく見えて仕方がない。カトリーヌはともかく、あの二人もやっぱり彼女の奴隷だけあって一流のようだ。

 

 三流に構っている場合じゃない、とにかく鉄扉を開かなきゃ。

 

 魔術を避けながら扉に向かいそのまま鍵がかかったかんぬきごと向こうへ扉を蹴破るとそこはまだ敷地内で、外へ出るには門へ向かうか壁をぶち破るしかないようだ。

 

「フリオ来て!」

 

 私の声にすぐに反応し閉じ込められていた通路から馬車が勢い良く出てきた。

 数体のオーガが馬車に立ちはだかったがフリオは魔術で攻撃しながらなんとかこちらへ向かって来る。

 扉から離れればまた閉められてしまうかもしれないので待つしかないがもどかしい。

 

「早く!」

「わかっているが、クソ!」

 

 フリオが手こずっているのを見ていられず仕方なく馬車へと向かった。

 御者台へ乗り込もうとしていたオーガを掴むと思い切り建物の方へ投げつけた。建物の中からこちらを見ていた数人が驚いて悲鳴をあげている。どうやらいい見世物になっているらしい。

 

「フリオ馬車を出して、攻撃は私がする!」

 

 御者台に乗り込み向かって来る魔物をメイスで倒しながらチラッとライアンの様子を見た。

 彼は恐ろしい程の速さで攻撃しまくりトロールは既に倒れ、オーガはもはや攻撃自体を諦めてこちらへ来たようだ。ケルベロスもバラバラと首を落とされ倒れている。時折バジリスクが攻撃に加わりそのせいで攻めあぐねている部分もあるようで、例の攻撃は最初の一回だけだ。

 

 やっぱりひとりじゃ無理じゃない?

 

 とにかくここから馬車を逃がす事が先決ではあるがなんだか心配だ。馬車がやっと扉に差し掛かった時、一体のケルベロスが襲いかかり馬車が倒されそうになった。

 

「うわぁー!」

 

 フリオが驚き慌てている。

 

「止まらないで!私が殺るから、そのまま外へ逃げて!」

 

 御者台から馬車の屋根へ上がりメイスを振り下ろしながらケルベロスめがけて飛び降りた。三つの内の一つの首を叩き折ると素早く飛び退いた。私がいた場所目がけて他の首が噛みつこうとしガチンと牙が鳴る。あと二つ。

 

 馬車は扉へ向かいケルベロスが一瞬そちらに気を取られた感じがした。

 そのすきをつき胴体へ殴りつけるとメイスがめり込みケルベロスはどっと倒れた。倒れた体を踏み台にし、もう一つの首へメイスを叩きつけへし折る。起き上がれない残り一つの首がヨダレを巻き散らしながら吠えている。近づくのは危険だ、ケルベロスのヨダレには毒がある。私はメイスを握り直し足元の奴の心臓を一突きした。

 

 振り返り馬車を確認すると開け放たれた鉄扉を越えている。

 ライアンが気になるものの馬車を外へ出すまではそうも言ってられない。私も続いて扉から出ると馬車を追いかけこの建物の周囲の壁に向かって走り出した。

 

 ちょっと広すぎ!走るの苦手なのに!

 

 必死に足を動かすがなかなか馬車には追いつけない。そりゃそうだ。

 建物から出た壁の内側は何も無く見通しが良すぎだ。そのせいで後方から魔術の攻撃を受け始めた。息を切らせながらも、自分に向けられた物は避けられるが馬車へ向かった方は手が届かない。

 

 壁にたどり着きはしたがそこに門はなく壁沿いに移動している馬車は格好の的だ。フリオが何とか馬を操りながら防いでいるが一人では危なっかしい、早く行かなくては。

 

 私に気づいたフリオが馬車の速度を緩め何とか追いつくと近くの壁をメイスでぶち抜いた。何度かくり返し大きく壁を壊すと馬車を外へ出した。

 

「ユキ、早く乗って!」

 

 窓から顔を出したドマニが声をかけてくれたがライアンが気になる。今、馬車は外側の壁の陰に隠れ攻撃は受けていないがすぐに移動しなければいけないのは確かだ。

 

「早く逃げなきゃ!」

「でも…」

 

 時折響くライアンの剣の衝撃に振り返り逃げるのを躊躇する。

 

「勇者に準ずる者何だろ?大丈夫だって!オレたちがいる方が邪魔だよ!」

 

 ドマニの言葉になんだかカチンと来た。

 

「先に行って、様子だけ見てくる!」

 

 私がメイスで馬の尻を突くと驚いた馬が走り出した。

 

 いくら勇者に準ずる者って言ってもただの人だし、守られてばかりも気に入らないよ。

 

 

 

 

 

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