第83話 脱出4
馬車が走り去った事で建物の外への攻撃が止んだ。
逃げられたと諦めたのか後でまだ追跡して捕まえるつもりなのか知れないが、今はライアンの事が気になる。
こっそり壁の外を移動し建物の陰になる場所の壁に穴を開けた。流石にちょっと疲れを感じポーションを飲む。
きっとライアンはポーション飲む隙も無いだろう。
敷地内へ戻ったがさっき壊した鉄扉の周りには数人の男達がいる為近づかない方が良さそうだ。
目の前の建物の窓から中を覗くとそこは廊下で誰もいなかった。この騒ぎで少々の物音ぐらいじゃ気づかれないだろうと窓を割り中へ侵入した。
気づかれた気配は無いと確認し廊下を進んで行く。何度か角を曲がりライアンのいる方へ向かっているはずだがなかなか着かない。
おかしいな、近くのはずなのに。
建物内をウロウロとし何となく不安になってきた時、前方から人の気配がしたので適当にドアを開け中へ入った。
ツイてる。
そこは女中の着替える場所なのかお仕着せがたたんでおいてあり洗濯物を入れるカゴもあった。私は一枚のブラウスを身に着けやっと下着姿で走り回らなくて良くなりホッとした。
人が通り過ぎるのを待ち再び廊下に出ると先を急いだ。
こっちで方向は合ってるはずなのになんでたどり着かないかな。
自らの感覚だけで進んできたがとうとう迷ったと認めざるを得なくなった。
迷いに迷って突き当りにあったドアを開けるとそこはただの部屋ではなく、向こうの壁はガラス張りで何やら見下ろす観覧席のようになっていた。
いつの間に上の階へ移動したのだろう、恐るべしデルソミア国!
自分の方向感覚に罪は無いと言い聞かせ、ついでだからとガラスの向こうをそっと覗いてみた。広い何も無い部屋の床に大きく魔法陣が描かれていた。
一体何の為のものかわからないがよく見ると中心に双頭の蛇が描かれている。そのまわりに数人の魔術師らしき男達が焦った顔で叫んでいる。
「早くしろ!もうほとんど倒されてしまっているぞ!」
「クソっ、送り込まれてくる魔物にも限界があるんだぞ!」
「アイツ化け物か!なんであんなに強いんだ!」
なんとなくアイツがどいつなのか察しはつくがコイツらは一体ここで何をしているのだろう。
すると魔法陣が薄っすらと光り始め魔術師達が一斉に何やら唱えだす。
「疲れてるからって油断するな!きっちり仕込まなければこちらに襲いかかってくるぞ!」
指揮官らしき男が魔術師達に激を飛ばす。そこへ魔法陣へ何かが転送されてきた。
「ケルベロス!?」
三体のケルベロスが現れ今にも飛び出して行きそうになったが、何故か魔法陣から出られないようだ。足が床に張り付いたようになってもがいている。
周りでは必死に魔術師達が魔力を魔法陣へ注いでいるようで皆顔色が悪い。相当魔力が必要なのだろう。
一際魔法陣が輝きやっと作業が終わったのか魔術師達は力を抜きその場へ座り込んだ。
「良しいいぞ、男を殺せ!今すぐだ、行け!」
指揮官らしき男がケルベロスに命じると狂ったように飛び出して行った。
まさか、魔物を操るってここでやってたの?
次々と送り込まれる魔物をすべて操りライアンに向かわせているなら放ってはおけない。
次の魔物が来る前にあの魔法陣をなんとかしなければいけない。
部屋を見回したがここから下へは行けないようだ。階段を探してまた迷っては間に合わない。
もう!こんな事ばっかり。
私は大きくため息をつくとメイスでガラスを破った。割れたガラスが下の階へ降り注ぎ魔術師達が騒ぎながら逃げている。割った所から見下ろしもう後悔した。
三階位かな、思ったより高い。
下から見上げている男達が叫んでいる。すぐにここへ誰かが来るだろう。魔法陣も再び薄っすら光り出した。迷っている暇はない。
「死んだら恨んでやる!!」
私はメイスを振りかぶりながらそこから飛び降りた。ギリギリで魔術の攻撃をかわし迫る床に描かれた魔法陣へメイスを思い切り振り下ろした。
「うわぁー!何てことしやがる!」
メイスで殴りつけた床は魔法陣ごと見事に砕け役割を果たせなくなった。私は床を壊した勢いででんぐり返りに転がり壁に思いっきりぶつかった。
「ったい!!」
頭と背中をしこたま打ち付け星が飛ぶ。
クラクラとしながらもベルトからポーションを取りだし飲んだ。すぐに回復して頭のコブにもう一本あけると注ぎかけながら立ち上がりケルベロスが向かった方へ走って行った。
魔法陣を壊した事で魔術師達は呆然とし指揮官らしき男が私を捕えろと叫んでいるが聞こえないようだ。きっと苦労して作り上げたものだったのだろう。大きくて複雑な
ケルベロスを追いかける形で走っていると遠くに鉄扉が見えた。あそこへ出ればさっきの場所に辿り着くだろう。
なんだかんだと言ってもちゃんと着くんだもの私って偉いよね。しかも十分過ぎる働きもしたし。
上機嫌で鉄扉を抜けるとまさにバジリスクに襲われているライアンが目に入った。ケルベロスにも囲まれ絶体絶命な感じだ。怪我も追っているのか血だらけで戦っている。
やっぱり無茶だったじゃない!
皆がライアンに集中しておりこちらにはまだ気付いていない。私の近くをバジリスクの胴体がウネウネと通過して行く。そこへ駆け寄り思いっきりメイスを突き刺しそのまま地面に突き立て固定した。
バジリスクの
「ユキ!お前なんでそこに!?」
気づいたライアンがケルベロスを倒しながら叫ぶ。私は魔物の攻撃をかわしながらライアンに近づき素早くベルトから取り出した小瓶を口に咥えさせた。
「う!?…ハイポーションか、相変わらずキツイな。」
久しぶりの不味さに驚きながらもすぐに回復してライアンはニヤリと笑った。体中傷だらけでどこを優先すればいいかわからないのでとりあえず足と腕にポーションをふりかけた。
「やっぱりひとりじゃ駄目じゃない。」
「もう終わるところだったんだ。」
ムッとして返事をする。
どう見ても終わったのはお前だろ。
とにかく脱出が先だと急ぎ二人で出口の方へ移動して行く。バジリスクが地面に縫い留められていられる時間もさほどないだろう。
私が壊した鉄扉を抜けると数人の鎧の男達が切りかかってきた。
「逃がすな!!殺せ!」
かかってきたはいいが所詮、勇者に準ずる者には敵わない。あっさり倒され壁に開けた穴めがけて走って行った。
壁を抜けそのまま走り続けていると横から馬が二頭駆けて来た。一頭には見覚えのあるフードの男が乗っている。
「ライアン様!ユキ様!ご無事でなにより。これにお乗り下さい!」
レブが空いている馬の手綱をライアンに渡し、私の手を取ると引き上げ後ろに乗せた。
「お急ぎ下さい!」
そのまま馬を駆りもの凄い速さで逃げ出した。
「いやー!怖い怖い!速すぎる!!」
泣こうが喚こうが止まることなく馬は走らされ、やっとの思いで敵陣を後にした。
「駄目だ、膝がガクガクしてる。」
しばらく馬は走り続け、追手も無いと思われる頃やっと下ろされると地面にへたり込んだ。そこは木々がまばらにある林の中で少しづつ日は傾き周りからは見えにくい場所だ。
「ユキ様、大丈夫ですか?逃げる事が優先されましたので怖がらせてしまいました。申し訳ございません。」
レブは心配そうに私気遣う。
「大丈夫…と思う。何より来てくれて助かったよ、ありがとう。」
私とレブがやっと一息ついているのに不機嫌な顔の奴がこちらへやって来た。
「ユキ、何故戻ってきたんだ?」
「は?なにが?」
ポーションで傷は回復しているがまだ血だらけのライアンが眉間にシワでいる。
「何がじゃない、オレは逃げろと言ったはずだ。」
「馬車は逃したんだからいいじゃない。あ、レブ、馬車がどうなったかわかる?」
「え…は、はい。無事に転送済みです。今頃はシルバラにいるでしょう。」
「そう、良かった。」
「おい、話を聞け!」
ライアンが私の肩を掴み自分の方へ向かせた。
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