第43話 国王と勇者3
テーブルの上には美味しそうなお菓子が並べられ、それぞれにお茶が出されると優雅にお茶会が始まった。
エクトルは私がビシっと払いのけた手を擦りながら悲しそうな顔をしている。
「何も本気で払う事ないではないか。弟子のモノは師匠のモノだろ。」
「私は誰のモノでもありませんから、勝手に触らないで下さい。いくら勇者でも怒りますよ。」
おじいちゃんだと思って油断してしまい結構触られた。
「ライアン、年長者を敬えとちゃんと弟子を教育しとらんのか。」
「弟子じゃない、それより毒の治し方は?」
「今探らせとる。もうそろそろわかるだろ。」
「ねぇ、ライアンは勇者の弟子なの?」
初耳なんだけど!道理で強いわけだ。
「そうだ、ワシは師匠だから弟子の弟子はワシの孫弟子だろ。師匠の言う事は聞くもんだ。」
そう言ってまた手を握ってきた。弟子じゃないけど、ま、手くらいいいか。それより話が聞きたい。
「ライアンの事を昔から知ってるんですよね。」
「そうだ、八才から知っている、まだこの位の頃から見てた。昔は泣き出すと止まらん奴で鼻水垂らしなが修業したもんだ。」
やだ、カワイイじゃない。
私はニヤついて彼を見た。
「そんな事はいい、そろそろわかるって事は目星がついてるんですね。」
ライアンが苛つきながら口をはさんできた。今日はホントに機嫌が悪い。
「ふむ、伝説通りならヒュドラの毒は全身火で炙られるような痛みで最後は殺してくれと懇願されてまわりの手によって絶命すると言うからの。」
「えぇ!そんな伝説があるの?」
エクトルがおぞましい話をさらっとしだしゾッとした。
「全身火で…確かにそんな感じでしたね…」
あの時の痛みを思い出し鳥肌が立ち冷や汗が背中を伝う。私の腕の痣のある所をエクトルは温かい手でそっと撫でてくれた。
「大丈夫だ、きっと何とかなる。だいたいアレクザンダーが自力で討伐せんからこんな事になったんだ。アイツのせいだ。」
いきなり国王に文句を言った。それを受けた国王アレクザンダーは苦虫を噛み潰す。
「仕方ないだろ、あの場所は国境に近い。下手に騎士団を動かせば隣国のデルソミアに警戒心を与えありもせん侵略行為だと言われかねん。今や我が国は唯一勇者が存在する強国だからな。」
「人のせいにするな、お前のやり方が悪いんだ。」
「何を言っておる、最初からエクトルが一人で討伐に行ってればこんな事にはならなかったんだ。」
「こんな年まで使い倒しよってもっと目上の者を敬わんか!」
「敬った結果がこれだ!文句はカトリーヌに言え、アイツが一番目上だ!」
国王と勇者の言い争いとか存在するんだ。しかも責任のなすりつけあい…
そこからも低レベルな言い合いは収まらず、うんざりしてきた時突然ドアが乱暴に開けられ全員がそっちを見た。
「うるさいよ!廊下の端まで聞こえてるじゃないか。いい加減におし!」
カトリーヌが登場した途端年寄り二人は急に静かになった。彼女はライアンの隣に座ると優雅に足を組みフッと小さく息を吐いた。
「わかったよ、ヒュドラの毒から逃れる方法。」
皆がザワッとし彼女に注目した。
カトリーヌが調べてくれてたんだ。なんだかんだ口は悪いけど面倒見はいいのかも。
「それで、何が必要だ?」
ライアンが低い声で聞く。
「ここにあるだろ、ハイポーション。一本あればいい。」
カトリーヌが軽く答える。
「ハイポーションで治るんですか?」
私は意外過ぎて驚いた。確か現地でも一度飲んだのに。
すると皆が大きくため息をついた。
「やっぱりそれしかないのか。」
ライアンがスッと立ち上がる。エクトルが手を握ったまま私を立たせると、くるりとライアンに正面が向くように立たせ急にガバっと羽交い締めにしてきた。
「うわっ!な、なに!?ちょっと、離して!」
驚いてエクトルから逃れようともがいたがおじいちゃんとはいえ流石勇者、背も私より高くガッチリしていてビクともせず全く逃げられない。
「ライアン、なんなの?何するの?」
焦る私に彼は眉間にシワを寄せ近寄る。
「ヒュドラの毒は強力でな、完全な解毒法は謎だったんだ。」
「でも、カトリーヌさんの部下の人が解毒剤を作ってくれて私は助かったじゃない。」
一時は死ぬ程苦しかったけど回復した。後は腕に広がりつつあるコレを何とかすればいい。
「一つ目はそれでよかった、だがその腕の痣は徐々に体に広がりやがて強烈な痛みを起こす。二段構えの毒だったんだ、その毒では死なない、死ねないんだ。それは治す方法がない。」
「な…無いって事は私はこれから死ぬ程苦しむって事?それじゃさっきエクトル様が言った通り苦しみ過ぎて誰かの手で殺されるって事?」
「死ぬ程苦しむのは嫌だろ。」
モーガンが腰に差している剣をライアンに渡した。ライアンはここには剣を持って来ていなかった。ここは国王が住む城の中だから持ち込めなかったんだろう。剣を受け取った彼は静かに私を見ている。
「だから今、ここで私を殺すの?あなたが?」
そんなの嫌!
私はスキルを使うとエクトルの腕を掴み解こうとした。
「離して!こんなとこで死にたくない!」
何とかエクトルの羽交い締めからは逃れたもののすぐに足を払われ今度は両手を後ろに回され地面に押さえつけられた。暴れる足も押さえられ、もう身動きが出来ない。
「ユキ、落ち着け。暴れるでない、大丈夫だ。」
エクトルは穏やかに話しかけ、私を力強く押さえつけているとは思えない。
「いや!離して!殺さないでお願い、ライアン助けて!」
殺されるかもという恐怖で泣きながら助けを乞うと彼は私の側に来た。
「ユキ、いいから落ち着け、死にたくないだろ?」
「死にたくない、お願い助けて!」
「これからオレの言う通りにするか?」
「する、何でも言う通りにする!だからお願い…」
エクトルに押さえつけられ絶対に逃げられないと思い私は必死にライアンにすがった。
「だったら腕の一本くらい切り落としても構わないな。」
「う、腕?腕を切るの?」
「そうだ、腕を切る。大丈夫だ、ハイポーションですぐもと通りになる。」
一瞬なんの事だかわからず思考が停止する。エクトルは私の両手を離さないまま押えを解くとすっと立たせた。
「若い娘に何でも言う通りにすると言わせるなんてライアンも成長したのぅ。」
シミジミした声が後ろから聞こえる。私はまだ訳がわからず涙も止まらない。
「その腕の痣は進行が早い、根深く進むから切り落とすしかない。今は肘から下だが念の為肩から落とす。何度も切るのは嫌だろ?」
「腕を?何度も?」
それは確かに嫌。
「だから一度で済むように肩から落とす、いいな。すぐに済む、暴れるな、死にたくないだろ?」
「死にたくない…けど、よくわかんない。腕を切るの?」
その言葉にはもう誰も答えず私はすぐにガラス戸を開け放たれ庭に連れ出されると地面に膝を付かされ、左腕を伸ばされ顔をそれと反対に向けられるとエクトルによってガッチリ固められた。
「イヤー!待って待って!このままは嫌!せめて麻酔を使って!」
動けない恐怖で叫びまくった。
「麻酔?なんの事だ?」
「だって意識があったら切られた時痛いじゃない!」
「口には布を噛ませてやる。」
「違う違う!意識があるまま切られたくないの!!」
私の言葉にライアンとエクトルが顔を見合わせた。
「そんな事か、師匠。」
「ハイよ。」
エクトルは私を起こし、またライアンに向けて立たせた。彼は私の顔を見てニヤッとして腹に一撃した。
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