第44話 国王と勇者4

 気がつくと見知らぬ天井が見えた。心地よく日が射してボンヤリとする。

 目を覚ましたばかりなのになんだかとっても疲れた気がする。友達と大騒ぎしすぎた後みたいで体がダルい。

 ゆっくりと起き上がり場所を確認するとレースの天蓋付きのベットの上だった。薄っすらと透けて見える部屋の中には誰もいなくて、どうやら隣の部屋から話し声がする。ふと自分の体を確かめる。着ている服は私の物ではなく高級品だとわかる手触りの上品な白いブラウスだ。下は乗馬用のキュロットで私の物だ。

 

 …腕は?

 

 急に色々思い出し自分の腕を確かめた。肘まで袖を捲ると痣はなく、妙に綺麗な肌の自分の腕だ。感覚に違和感は無いけどホクロが一つもないツルッとした新品の肌という感じだ。ゾッとしてライアンが肩から切るといったことを思い出しブラウスのボタンをいくつか外すと肩を出して確認してみた。

 

 継ぎ目がある…

 

 切り落とされたであろう場所に薄っすらと線がある。本当に切ったようだ。

 

 異世界怖い!なにか不都合があったら切ってハイポーションって、すぐもと通りって凄いけど怖い!

 

 呆然としていたらドアから誰か入って来た。

 

「気がついたか、気分はどうだ?」

 

 ライアンとエクトルだった。

 

「早速確認したようだな、キレイになっておるだろ?」

 

 二人はレースの天蓋を開けるとベットに座っている私の様子を確認した。エクトルは私の肩の継ぎ目辺りに触れてフンフン満足そうに頷いている。

 

「ライアンが切ったの?」

 

 まだ呆然としたまま見上げて尋ねた。仕方なさそうな顔をした彼は頷いた。

 

「こうなる事がわかってて朝から機嫌が悪かったの?」

 

 ライアンは嘆息した。

 

「治す方法がなければ切るしかないと思っていた、切って済むかどうかわからなかったからカトリーヌに調べてもらってたんだが…」

 

 そこで話が途切れた。

 

「だが、なに?まだ他に何かあるの?」

「あぁ、言いづらいんだが…師匠が脱がし始めてるぞ。」

「はぁ?脱がすって。」

 

 下を向くとエクトルが楽しそうにブラウスのボタンを全部外しビスチェの紐を解いている。

 私は拳を握りしめた。

 

 

 

 

 隣の部屋に移るとカトリーヌが優雅にお茶を飲んでいた。

 

「あの、ありがとうございます?」

 

 私は一応解毒法を調べてくれたお礼を言った。結果は切り落とすという散々なやり方だったので納得するのに少し疑問が湧くが仕方がないと飲み込んだ。死ぬ程の苦しみには変えられない。

 

「そもそも自分が招いた事だ、それで済んで良かったじゃないか。腕は新品になった事だしね。」

 

 女王様はそう言ってニッコリ笑う。国王アレクザンダーと勇者エクトルの言い合いではカトリーヌはここでの権力が上のようだ。あまり逆らわない方が良いだろう。

 

 エクトルはポーションを使いながら私に向かって文句を言う。

 

「ちょっとした冗談ではないか。そこは、『キャー、止めてください…』とか、『もう…駄目ですよ、エクトルさま。』とか言うのが普通であろうし、せめて平手打ちであろう?」

「勝手に触るなって前に言ってましたよね。」

 

 私は椅子に座りいれてもらったお茶を静かに飲むとホッとひと息ついた。

 割と強めに殴ってやった。

 

「まだ触ってなかったぞ、アレの中がどうなっているのか気になっていただけだし。もし痣が出来ていたら大変だからな。」

 

 真剣な顔でそう言われふと気になった。確かにそうだ、体の他の場所に痣は無かったのだろうか?

 

「そうですね…」

「だから紐を解いて…」

「大丈夫だ、毒が直接かかっていた所は腕だけだからそこだけ切ればいいんだ。」

 

 流石にまた師匠が殴られるのが嫌だったのかライアンが口を挟んだ。エクトルは舌打ちして弟子をチラッと見た。

 

「そろそろオレたちは帰りますよ、ユキ、行くぞ。」

 

 ライアンに急かされ席を立つ。国王アレクザンダーとモーガンはもうここにはいなかったのでカトリーヌとエクトルに暇を告げると部屋を出た。廊下は静まり返り誰もいない。

 

「あの部屋ってエクトルの部屋?」

「あぁ、勇者は国を守る為に尽力すべしって決まりがある。」

「魔王と戦った上にまだこき使われるの?」

「…確かにな。だがそれだけ力がある者が野放しなのは問題があるだろ。」

「確かにエクトルを野放しにするのは危険ね。」

 

 あのセクハラじじい。

 

「よっぽど気に入ったんだろう。だから笑うなと言ったのに。」

「笑うなってエクトル避けの為だったの?先に言ってよ〜。」

 

 もう散々触られた後だよ。

 

 来た時とは違う裏道を通り庭に抜けると小さな門に出た。

 

「この門は登録した者がいないと見えないし開けられない。お前も登録しとくよう言われてるから。ここに、」

「また血なの?」

 

 ライアンが門の横の壁を探ると見覚えのある水晶の玉がポッコリ出て来た。針も備えてあり手慣れた様にライアンが私の手をギュッと掴むと針を刺し水晶に押し付けた。

 

「これで今度からお前もここを通れる。」

 

 今回は賞金の受け取りと私の門への登録が出来ていなかったので正面から入ったが、いつもはここから出入りしているらしい。

 

「基本は師匠用のお忍び用の出入り口だな。」

 

 きっと良からぬ遊びをする為に抜け出しているのだろう。

 門をくぐってもまだ城壁の中で門からのアプローチの隅だった。そこからまた人気の無い小道を通り城壁にある抜け穴のような扉を開けると外へ出た。この扉も先程の門と連動していて登録した者がいないと見えないし開けられない。裏道を進み通りに出るとすっと一台の馬車が近づいて来た。それも手配してあったものなのかライアンは黙って私を乗せ自分も乗り込んだ。

 

「わかっていると思うが国王と部屋の中で話した事は他言無用だ。エクトルがオレの師匠なのは今の所公表してない。知ってる者もいるが口にしない方がお前の身の為だ。」

「脅されてるの、私?」

 

 軽く睨む私をライアンは鼻で笑う。

 

「言えば厄介事が降りかかるのはお前の方だよ。勇者との繋がりを欲しがる奴はいくらでもいる。それこそ貴族がお前を手に入れようと群がってくるぞ。」

 

 群がると言われゾッとした。

 

「わかった、誰にも言わない。キモい…」

 

 あのセクハラジジイにそんな価値があるとは信じられないが、私がスキルを使っても逃げられなかったんだからやっぱり凄いジジイなんだと思う。ヒュドラだって押え込んだのに。

 馬車は最ダンの少し手前で止まると私達は下りた。

 

「もう体調は大丈夫だな。明日からまたちゃんと働け。」

 

 ライアンはそう言うと店に入って行った。私はもう定時を過ぎていたので自分の部屋に帰った。体調は城に行く前より格段にいいが精神的にどっと疲れた。腕が新品とか全然喜べないよ。

 

 

 

 

 誰にも起こされずに目が覚めた。

 静かな部屋に違和感があるのがちょっと悲しい。事務所のソファで寝るのに馴染み過ぎていたようだ。体の中の毒素が完全に抜けたせいか体調が戻り、落ち着いて部屋の中を観察したがガランとして生活感が無い。せめてテーブルとイス、衣類を入れるタンスか棚は欲しい。だが先立つ物が無いので給料が入るまでしばらくは物品倉庫の木箱で我慢だな。おそらくエリンが持って来てくれたベットサイドテーブルの上に多少の物は置ける。

 昨夜は疲れてシャワーを浴びる余裕がなかったので朝から着替えを手にシャワールームへ行った。ライアン側のドアに鍵をかけゆっくりと温かいお湯を浴びると気持ちが良い。

 また仕事を再開して稼がなければいけない。ダンジョンを壊した借金はなくてもグローブやブーツの支払いは残ってる上に生活費も借りてる。

 スッキリとし体を拭いているとドンドンとドアを叩く音がした。

 

「ここを開けろ…」

 

 うわっ、もう帰って来た。

 私は慌てて片付けるとシャワールームを出ようとしてライアン側の鍵を開ける。

 

「ちょっと待ってから入って来て。」

 

 まだ服を着ていなかったのですぐに入られては困る。自分の部屋に入ってからライアンに声をかけた。

 

「お待たせ、良いよ。」

 

 そう言ってすぐにドアを閉め鍵をかけた。

 

 何だこのやり取り…コレがここにいる限りずっと続くの?妙に恥ずかしいんだけど。

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