第42話 国王と勇者2
馬車の中から外を眺めていると、よく利用する近所の通りから大きな乗合馬車が通る道へ出た。ここより賑やかな街の中心部へと向かっていくようだ。
最ダンは西門をくぐった所から割と近い庶民が多く住む住宅街にある。王都シルバラには主となる大きな門は東、西と北に三つ、西門から東門へ続くいくつかの大きな通りは南へ行くほど高級店が増え北へ行けばより収入が少ない貧困層が住む住宅が増えて行く。もちろん貴族達は国王が住む城のある南の高級住宅街に屋敷を構えている事がほとんどらしい。
馬車は人通りが多い中間層、平民でもお金持ちが住む通りを抜け城へ向けて進んでいくと徐々に歩く人は減り高級そうな馬車が優雅に行き交う道に入った。
「貴族って歩かないんだねぇ。」
私の言葉にモーガンがクスクスと笑った。
「そういう訳じゃないが、防犯上も馬車での移動が多いな。富裕層の子供は狙われやすいからな。」
どこにでも色んな犯罪が起こるのか。貴族といえど大変そうだ。
「馬鹿な事言ってないで、城についたら大人しくしてろ。余計な口はきかず聞かれた事にだけ答えろ。笑うな、何も触れるな、オレから離れるな、いいな。」
「笑うのも駄目なの?変なの。」
どうせひとりじゃウロつけないし何も出来ない。鬱陶しいが今は言う事を聞いておこう。この腕が治るかどうかまだわかってないし。
私の返事に少し不満気なライアンはどうやら苛ついているようだ。モーガンがいるせいではないと思うが二人に会話はない。
馬車は豪華な作りの大きな門をくぐり抜けまだ遠くに見える横長な王宮を目指して進んで行った。美しく整備された王宮の入口までのアプローチをほぇ~っと見ているとライアンに「間抜けに見える。」と言う理由で窓を閉められた。
もう大人しくしとかなきゃ駄目なの。別に何もしてないんだけど、体もまだキツイし。
正面入り口に着いたのか馬車は静かに停車した。
「今日、私は君達の案内人だからな。」
モーガンがそう言うと先に馬車を下りていった。そして振り返ると私に手を差出し馬車から下りるのに手を貸してくれた。そのまま目の前の長い階段を上ろうとして躊躇する。
これ、エスコートか。マズイな、私まだ自力じゃ上れないかも。
どうすればいいかわからずライアンを振り返ると嫌な顔をされた。
「モーガン、変わります。」
彼はそう言うと私の手を取りもう片方の手を腰に添えゆっくりと階段を上り始めた。
体をグッと寄せられライアンに密着しながら階段を上っているとモーガンがこっちを見ながら口元を手で隠すようにし笑いをこらえているように見える。
「なんで笑われてるの?」
小声でライアンに聞くと「知らん、黙れ。」とだけ言われた。
何なのこれ。それにしてもライアンてこんな風にエスコートとか出来るんだ、意外だな。
長い階段をやっと上り終えそこから王宮の長い廊下を無言で静かに歩き始めた。無駄に広いな。
モーガンを先頭にその後ろをライアン、私は少し後ろを歩く。二人共私より背は高くもちろん足も長いし、体力もあるだろう。気を使ってゆっくり歩いてくれているようだが体調のままならない今はついて行くのが辛い。やっと目的地にたどり着く頃にはもう帰りたくなっていた。
そこは大きな扉の前で先触れの人が私達の歩みに合わせゆっくりとそれを開いていく。
部屋の中へ入ると遠く一段高くなった所に偉そうな椅子に初老の男が偉そうに座っていた。
「陛下、冒険者ライアンとユキです。」
モーガンがそう言って私達を紹介し、脇へ下がって行った。
ここからどうすれば良いの?国王に対する礼儀とか知らないよ。
王の近くには数人の男達がいて細身の文官らしき一人が私達を見下す様に見ている。なかなか気分の悪くなる光景だが仕方ない。ここじゃコイツらが偉いとされている。
「もう少し近くへ…其方がライアンか、噂には聞いておる。今回の事は良くやった。賞金をこれへ。」
国王がそう言うと一人の男がお盆のような物の上に大金貨一枚と小金貨五枚をピッチリと並べ持ってくると一歩前に出たライアンに差し出した。
「ありがとうございます。」
一言だけ言ってざっと金貨を受け取りライアンは下がる。
「もう良いぞ。」
そう言って追い払うように国王の側にいた文官が手を振った。
こいつホントにウザい。
すぐに部屋から出ると扉が閉められその瞬間にホッとした。
「もう帰れる?」
ライアンにそっと聞くと
「馬鹿、なんの為に来たんだ。これからだ。」
疲れすぎて忘れてた。私の腕を治せるか聞きに来たんだった。
すぐにモーガンが出て来るとそこからまた長い廊下を歩き王と謁見した王宮の中央から離れた、城の端っこの方へとやって来た。
謁見した部屋へは行き着くまでに何人もの人とすれ違い足元もフカフカの絨毯という感じだったがここは違う。警備の為の騎士もいなければすれ違う小間使い的な人もいない閑散とした静かな雰囲気で庶民としては落ち着く。
突き当りにある部屋のドアをモーガンがノックした。
「入っておいで。」
中から誰かも確認することの無い返事が帰ってきた。
「モーガンです。失礼します。」
自らドアを開けモーガンが中へ入って行った。そこはさほど広くもない質素な部屋で庭に通じるガラス戸からいい感じに光が入り明るくて心地よい所だった。
「あぁ、よく来た。ここに座んなさい。」
中には年老いた男と初老の男がいて、並んでテーブルについて仲良くお茶してる。空いている隣の席をおじいちゃんに勧められモーガンに椅子を引いてもらい座らされた。
「お前がユキか。ワシの名はエクトル、よろしくな。」
「ユキです、初めまして。」
ニコニコとして優しそうなおじいちゃんだ。白髪で温厚そう、シワシワの手で私に握手を求めてきた。
「その方は先の魔王を倒した勇者様だ。失礼のないようにな。」
モーガンがそっと教えてくる。
勇者って!このおじいちゃんそんなに凄い人なの?…なかなか手を離さないんだけど。
私の手を握りそこにさらにもう一方に手を添えずっと撫でてくる。
「ユキ、色々聞きたい事があるが先ずはお前の体の事が先だな。ライアンが苛ついている。」
「別に苛ついていません。ただユキが疲れて来ているから早目にお願いします。」
ライアンは少しムッとした様子で私の隣りに座った。
「相変わらず愛想も無い男だな。」
初老の男がカップのお茶を一口飲みながらボソッと言った。
「陛下こそ、人にレベル70クラスの魔物討伐をイキナリ押し付けるのは止めてください。結局こんな事になってしまって。」
…え?ヘイカ?ヘイカって陛下?アレ?さっき偉そうに遠くに座ってた人も陛下よね。こんな人だったっけ?他に陛下って誰に言うの?
私はライアンに向かって首を傾げた。
「陛下って誰?」
私の質問に答えたのはモーガンだった。
「ユキ、驚くのも無理ないがこの方は国王陛下だ。先程謁見の間で対面したであろう。」
彼は陛下と呼ばれた初老のおじさんの後ろにすっと立ちながら教えてくれた。
「なんでそんな偉い人がここに?」
まだ手を離してくれなかったエクトルが今度は私の左腕の袖を捲ると毒がかかったであろう場所の痣をそっと手で撫でてきた。
「ふむ、これか…思った通りのようだな。」
また少し広がった気がするし、我慢は出来るが痛みも感じる。
「痛むのはここだけか?他は大丈夫か?」
エクトルは心配そうな顔で尋ねてくれる。
「痛みは痣のところだけです。後は体調があまり良くありませんが大丈夫です。」
おじいちゃんが優しくしてくれたのが嬉しくて思わずニッコリ笑った。
「そうか、ここも痛くはないのか?ここは?」
おじいちゃんはそう言って私の太ももに手を触れその手を滑らしながら段々とお尻に近づいていく。
「えぇっと、痛くないです…あの…ライアン、ちょっと、エクトル様の手が。」
私は一瞬どうしていいのかわからず彼を振り返った。
「あぁ、師匠。いい加減にしないとコイツに殴られますよ。」
「師匠?この人が!?」
私はお尻を撫でられながらライアンとエクトルを見比べて驚いた。
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