第28話 ダンジョンの異常3

 深い話は取り敢えず置いとこう。まだ自分の生活もままならない状況の私が人の事まで考えられない。

 魔法陣の話は終わり私は皆のカップを集めて給湯室に洗いに行った。ゴシゴシ洗っているとモーガンが来て私にメモを渡す。

 

「何ですかこれ。」

 

 そこには店の名前らしき物が書いてあった。

 

「ここでグローブを作るといい。この店はオーダーメイドで自身にあった物が作れる。ユキの手は小さいから戦闘用のグローブはそこらの物では合わないだろう。」

 

 やっぱりいるよね、グローブ。でも戦闘用とか嫌だな。普段使いしても違和感の無いオシャレなのにしてもらおう。

 

「ありがとうございます。時間を見て行ってきます。」

 

 昇段試験の間は休みが無く昼間ずっとここに居なくてはいけない。試験が終了したら行ってみよう。

 

「今から行ってきなさい。マルコには私から言っておく。今ならイーサンもいるし事態から考えてしばらくダンジョンへ送り込む人数はより制限される。中止にはなるまいがこれ以上救助が頻発するのはマズイからな。」

 

 まだお昼過ぎだと言うのに今日は終わりか。そういえば訓練場で待ってる騎士もほとんどいなかった。やっぱり異常事態なんだ。

 

 洗い物を終えて一応マルコとイーサンに事情を説明すると是非行ってこいと送り出され待機室から出ると物品倉庫にたまっている洗濯を済ませ店を出た。

 

 店の名前は聞いたけど場所まではわからない。せっかく時間が出来たんだ、どうせならエリンに会いに行ってついでに教えられた店の場所を聞いてみよう。

 

 住宅街にひっそり建っている最ダン周辺は昼間は割と静かだ。住人は中心部へ働きに行っているようで通勤時は少し賑やかだが今はそれほどの通行人もいない。すぐにエリンの店について中を覗いた。

 

「こんにちは、エリン居ますか?」

 

 暗い店内に声をかけるとすぐにエリンが顔を出した。

 

「ユキ、どうしたの?こんな時間に。」

「今日はおしまいなの。だからエリンの顔見てから出かけようと思って。」

 

 最ダンの事情はあまり口外しない方がいいのでそこは詳しくは言えなかったが、私はモーガンからもらったメモを見せ事情を説明した。

 

「ここでグローブを作るの?何用?」

「えっと…戦闘用?」

 

 何だか恥ずかしくて目をそらしてしまう。

 

「戦闘用!?ユキって本当にダンジョンに行くの?」

「恥ずかしながら既に行ってるの。だからグローブが必要で。」

 

 ポッカリと開けた口が閉まらないエリンがハッと我に返る。

 

「ごめん、一瞬理解できなかった。とにかくこの店に行くのね。待っててついて行ってあげる。ここ貴族御用達の店だから。」

 

 そう言うとエリンは出かける用意をして店主である父親に声をかけると一緒に店を出た。

 

「ごめんなさい、忙しいんじゃないの?」

「まだ時間あるし、ここなら知り合いが勤めてる所だから少しでも安くしてもらえるように交渉してあげれる。でないと腰抜かすほど高いよ、ここ。」

 

 あぁ!忘れてた、お金無いんだった。いくら残ってたっけ?

 

 とりあえず様子だけ見て高すぎるならあきらめて手に合わなくても違う店で買おう。せっかくエリンが付いて来てくれるし。

 

 二人で並んで歩き静かな住宅街を抜け前にライアンと来た馬車が走っている大きな通りに出た。エリンは何台か停車してるうちの一つの馬車を指差す。

 

「あれでいいはず。」

 

 エリンに言われるままに馬車に乗り込みガタガタと揺られながら店に向かう。

 

「まさかユキが本当にこんなに早くダンジョンに行くなんて信じられない。」

「私も夢のようだよ。」

 

 夢は夢でも悪夢だけどね。

 

「確か前に住んでた街でも冒険者とか狩りに出たりとかじゃないんでしょ?そんなに強そうにも見えないし、大丈夫なの?」

「えぇ、まぁ…なんとか。」

 

 エリンにはとってもお世話になってるけどまだスキルの事は言いたくない。『怪力』なんて絶対にドン引きされるに決まってる。

 

 馬車は最初にこの街に来た時に見かけた高級そうな店が立ち並ぶ大通りに来ると停車した。道沿いの店は私が下着を買った店よりも明らかに高そうだ。

 エリンは私を連れそこから反対側へ道を渡ると角を曲がり少し歩いた。すると大通りの喧騒が嘘のように静かな品の良い雰囲気の通りに来た。その通りに並ぶ店はシンプルな看板がひっそりとかかっているだけの所やドアマンが静かに立っている所など絶対に一人で来たら入らずに帰っていたであろう高級感MAXの店ばかりだ。

 

「付いてきてくれて良かったよ。」

 

 私が顔を引きつらせそうになりながらそう言うとエリンはニッコリ笑った。

 

「でしょう。私も結婚する時に彼に一度だけ連れて来てもらっただけなの。」

「何か買ってもらったの?」

「これ。」

 

 そう言ってエリンはシャツの中からペンダントを引き出し、トップについている美しいエメラルド色の石を見せてくれた。

 

「うわぁ〜綺麗ね。くぅ~羨ましい…」

 

 エリンは少し頬を赤らめて大事そうにまたシャツの中にしまった。

 

「私もあの人がまさかこんなの用意してくれてるなんて思って無かったからもらった時は驚いちゃった。普段はボーッとしてるんだけどね。」

 

 照れてるエリンが可愛くて羨ましくて、今の私には直視出来ないよ。

 

「あ、ここだよ。」

 

 幸せ度合いが雲泥の差の私達が立ち止まったのは、この通りの中でもかなりランクが高そうな店の前だった。

 ドアマンが私達を見て品の良い笑顔を見せた。

 

「お嬢様、ご予約はお取りでしょうか?」

 

 何気に店間違えてんじゃねーの?って感じだ。

 

「ユキ、さっきのメモを出して。」

 

 エリンに言われた通りさっきもらった店の名前が書いてあるメモを出した。よく見るとそこにモーガンのサインが書いてあった。

 

「予約はありませんがコレがあります。」

 

 エリンは私にメモをドアマンに見せるように言った。彼はメモをチラッと見ると少し目を見開きすぐまた品の良い笑顔に戻るとゆっくりと扉を開いて招き入れてくれた。

 

「大変失礼いたしました。どうぞこちらへ。」

 

 大きく開かれたドアをくぐり店の中へ入ると広い店内は外からは見えなかったがまるで舞台装置の様なきらびやかなシャンデリアが光り正面にはゆったりとカーブした階段が見える。その階段をこれまた品の良さそうなマダムが静々と滑るように降りてくると値踏みするような目で私達を見てきた。

 

「ようこそおいで下さいました。本日はどのようなご要件でしょうか…失礼ですけど…」

 

 私は慌ててメモを渡すとマダムはニッッッコリと微笑み、私達を店の奥へと連れて行き豪華なソファに座らせると女中を呼びお茶の用意を指示した。

 

「それで、本日のご用向はなんでございましょうか?お嬢様。」

 

 ここまでされて買わずに帰れるのだろうか。さっきからその事ばかりが気になりどうにも落ち着かない。

 

「あの、実はモーガン様の勧めでここでグローブを作るようにと言われてきたのですが。」

「モーガン様はいつもこちらで靴などご用意させて頂いております。それで、グローブはお嬢様がお使いになられるのですか?」

「はい。」

「では誂える為に職人をここへ来させますわ。それで何にお使いでしょう?お若いですから乗馬用ですかしら、それなら他にも…」

「戦闘用です…」

「は?」

 

 マダムはそばに控えていた女性に職人を呼ぶように合図しながらアレコレ他の物を勧めようとしてピタッと止まった。

 

「お嬢様、もしや騎士でいらしたのでしょうか?わたくしはてっきりどこかの豪商のお嬢様かと思っていたのですが。」

 

 服装からして貴族で無いことは分かっただろうがここに来るからには金持ちだろうと踏んでいたようだ。

 

「いえ、とんでもない。私はただの平民です。ですから高級品は買えません、出来ればお値段を先に教えて頂きたいです。オーダーメイドが良いと言われたものの金額によってはすぐに失礼します。」

「は…」

 

 マダムはさっきまでの笑顔を引っ込めると控えていた女性を呼び私達の接待を任せるとスッと消えて行った。

 

「エリン、どうしてここへ?」

 

 マダムに代わりを任された女性はエリンの知り合いでルーといった。

 

「ルー、この娘はユキっていう私の友達なの。グローブが作りたいんだって、安くで出来ない?」

「オーダーメイドで安く?そうねぇ…それなら、ここの駆け出しの職人で私の彼がいるんだけどまだお客はついてないの。彼ならそこまで高くないと思うよ。腕はいいから気に入ったらこれから贔屓にしてやって。」

 

 ルーもか…そこかしこに幸せが転がっているようだ。何故か私以外の人は皆が彼氏や旦那がいて輝いて見える。

 ちょっとどんよりするが、ルーの彼氏のテオがグローブを誂えるため採寸にやって来た。

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