第29話 ダンジョンの異常4
革職人でルーの彼氏がやって来た。少し大人しそうな気弱な感じだ。
「宜しくお願いします、テオといいます。グローブをお作りになりたいとか、どのような事にお使いですか?」
戦闘用と聞いて一瞬停止し、戻って来たテオの目は輝いていた。
「贈り物ですか!?戦闘用って事はやはり破壊力を上げるための作りが必要ですよね。私は騎士が戦う為に身に付けるものが作りたかったのです。」
まだやっと見習いからあがったばかりのセオには騎士の客などつかず、ひたすら先輩の仕事の下準備をやらされている日々だったらしい。
「いえ、私が使う物です、もちろん騎士じゃないですし破壊力は上げなくていいです。」
あくまで手を保護することが目的だ。
「あなたがお使いですか?しかし戦闘用と言うからには戦うのでしょう?でしたら金属の板を拳の当たる部分に仕込んだり、あぁ、引き裂く為に尖らせた鋲を入れる事も出来ますよ!」
職人としての意気込みか、マニアなのか定かでは無いが私に破壊力を向上させるグローブは要らない。
「ただひたすら丈夫であればいいのです。ついでに女性が身につけても違和感のないデザインをお願いしたいです。」
盛り上がった気分を削がれ再び停止したテオは自分が望んだ客では無い事を悟り静かに採寸を始めた。
「採寸はこれで終了です。ではデザインの事ですが、ご希望は?」
「そうですね、色は黒、手の甲の部分は滑らかで出来るだけ段差や引っ掛かりが無いように、もちろん指先まである物で、丈夫さが優先ですが出来るだけ薄く、防水性が高く通気性は良く、脱着がしやすく洗えれば最高です。乾燥が早いのも良いですね。」
とりあえず思いつく限りの希望を並べた。
「あぁ、もちろんお安く。」
一番忘れちゃイケナイやつ。
「はぁ…そうですか。デザイン性を高めるなら手の甲などはより個性を出す為のあしらいがしやすい場所ですが、ここは滑らかにという事は…」
「えぇ、そこは出来るだけ汚れてもすぐに拭き取れる方が好ましいです。デザインがあると縫い目や引っ掛かりに、その、異物が入り込んで汚れが取れにくいと思うので。」
アレやアレがいつまでもそこに入り込むのは嫌だ。
「異物ですか…清潔感が欲しいと?」
「えぇ!そうです。」
テオは首を少し傾げ書類を書き込んでいく。
「通気性が必要であれば指先が無い物の方が良いと思いますが?」
「いえ、それでは指先が汚れますし、怪我もしそうです。そこからグローブの中へ侵入してくるでしょうし…」
アレが…入ってぐちゃぐちゃなんて嫌。
「侵入ですか?何を想定しての戦闘でしょうか?ここにいらっしゃる女性騎士が必要とされるグローブとは少し違うような…皆様剣や弓など武器を持つ手が
なんだか煮えきらないテオにどう伝えようかと私は必死になって来た。その場に立ち上がり構えると軽くパンチを打ってみせた。
「だって、こう殴った時に魔物の頭が吹き飛んで…」
『吹き飛ぶ!?』
その場にいた三人が声を揃えて叫んだ。
「ユキ!吹き飛ぶって何?」
「何が吹き飛ぶんですか?」
「やっぱり攻撃力を上げていきましょう!女性で素手での戦闘スタイルなんて感動です…」
あぁ、やっちゃった…
再び目を輝かせたセオがしつこく攻撃力を上げようと言ってきたが見た目が嫌だと必死に断った。それでも何か攻撃力を上げる方法がないかとしつこく考え出しブーツもここで作ってはどうかと勧められた。
「ブーツで思い出した。実は蹴りを入れると当たった脛の部分の裾が破れて困るの、何かいい服装ないかしら?」
ここまで来たら何もかも聞いちゃえと開き直り相談した。
「そうですね、普通は騎士は剣での戦闘が多いので格闘を想定なさる方はあまりいらっしゃいませんが皆様鎧をつける時に脛当てをなさいますね。」
えぇ〜嫌だな。上は普通の服なのに脛当てなんて…
「そんなの可愛くなさそう、ユキには似合わないわ。」
さっき魔物の頭が吹き飛ぶって言ったところから遠くに意識が飛んでいたエリンが戻って来て言った。
「でしょう?私も嫌。何か他にない?」
セオは何とか注文を取ろうと必死に考え立っている私をジッと見て言った。
「服装を乗馬服スタイルにしてはどうですか?それなら動きもいいですし、キュロットですとブーツに合いますし鉄を仕込めば攻撃力も上がって見た目も違和感ないデザインになります。編み上げる紐を裏側のふくらはぎに持ってくれば清潔感も保たれるかと。ちなみにウチでも革製の通気性が良い乗馬用キュロットを扱っておりますので是非お願いします。ルー採寸して。」
そこからはあれよあれよと言う間にキュロットの採寸をされ後日デザインをもって尋ねて来るというので最ダンに来るように言うとまたテオの目が一段と輝いた。
時間も押してきた事だし二人に入念に口止めをし、店を後にした。
スキルの事は言わなかったが普通の女子としての生活が崩れる日も近いかも。
帰る道すがら少し大人しかったエリンが思い切ったように口を開いた。
「ユキってホントは強いの?」
その真剣な眼差しに隠すのは止めようと思った。
「えぇ、実は…スキルがあって…」
私の告白に衝撃を受けた顔をしたが次第に興味深い目になり、
「なんなの?」
「あの…誰にも言わないで。」
「もちろん!」
「言いにくいんだけど…『怪力』なの。」
「かっ!?……『怪力』ってめちゃくちゃ力が強いって事?」
エリンは一瞬叫びそうになった自分の口を慌てて押えると小声で続けた。
「そうなの…」
「可愛くないね。」
「そうなの。」
「それは隠したいね。」
「そうな…」
「モテないね。」
「そうなのよぉ!絶対に引かれるでしょ?」
「大概の男は引くでしょうねぇ〜。でも女にはモテるわよ。私は好き。」
エリンがセオのように少し目を輝かせた。
「ごめんなさい、私そっちの趣味が無くて…」
「やだ、私も無いわよ!でもカッコイイじゃない。強い女なんて!ウザい男を吹き飛ばして欲しいって
「言っちゃ駄目よ。」
「言いた〜い!あぁ、でも私だけが知ってると言う特別感も捨て難い…」
そこからのエリンは若干頬を赤らめつつ時々私を眺めてはほくそ笑んでいた。
そんな趣味がその可愛い顔の下に隠してあったんだね。
エリンの店まで来ると丁度店主のエリンの父が外に出て来ていた。
「あぁ、お帰り。今から配達する所だったんだよ。」
用意してくれる食事は三人分と軽かったので私が受け取り運ぶ事となった。
「悪いねユキ。今度奢るよ、明日にでも飲みに来て。」
「元気が残ってたら来るよ。またね、今日はありがとう助かったよ。」
エリンと別れ最ダンまで帰って来るとちょうど脇道からライアンが出て来た。まだ寝ぼけた顔で起き抜けにそのまま降りてきたようだ。手には布でぐるぐる巻きにされた剣を持っている。
「食事を取りに行ってたのか?」
「まさか、ついでよ。グローブを作りに行ってたから。」
ドアを開けてもらい両手に下げていた食事の片方を黙って持ってくれ中へ入った。訓練場を見ると誰もいなくて待機室にはイーサンとモーガンがいた。
「ただいま帰りました、食事が来ましたよ。」
私がそう言うとイーサンは立ち上がり帰る準備を始めた。
「帰るのか?」
ライアンがイヤそうな顔で言う。イーサンが帰るという事はモーガンが残るという事だ。
「私では不満か?」
面白そうな顔でモーガンがライアンを見る。彼はそれを無視し黙ってソファに座った。なんとも言えない雰囲気のなか食事をテーブルに並べると静かに待機室から出ようとして呼び止められた。
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