第17話 スキル4

 一度泣き出すとなかなか止まらないもので、マルコは使用済みの魔石を片付け書類の後始末をすると部屋から出て行った。

 ライアンは面倒くさそうな、困った顔で私の側に座り込み黙っていた。

 

 

 散々泣いてやっと少し落ち着いてきた頃、ライアンは涙と汗と血まみれの状態の私の右手を取るとそこへポーションをかけてくれた。

 

「牙にでも当たったのか…」

 

 ゴブリンを殴りとばしたその手は皮膚が破れ血が出ていた。

 

「ここも痛い…」

 

 私は掴まれ爪が食い込んだ肩に触れた。ライアンは肩のブラウスを捲ろうとして顔をしかめた。

 

「…ボタン外せ。」

 

 まだ涙が溢れるまま、胸のボタンをいくつか外しブラジャーの紐をずらすと肩を出した。

 

 もう恥ずかしいとかわかんないよ。

 

「チッ、次からはマントを着ろ。少しはカバーされる。」

 

 思っていたより深い傷なのかポーションが染みる。歯を食いしばって痛みに耐えた。

 

「いいぞ、服着ろ。」

 

 嗚咽しながら震える手でボタンを閉めるとゆっくりと立ち上がった。

 

「もう辞める…死にたくない。」

 

 私は次こそ死ぬんじゃないかと思うと怖くなった。

 

「上手く出来たと思うが?」

 

 ライアンは予想していたのかため息をつきながら言った。

 

「冒険者の人だって嫌がる仕事なんだよ。私には無理だよ。」

 

 ただの事務職だったのにいきなり命懸けの仕事とか出来るわけない。なんだか勢いでここまで来てしまったが死と隣り合わせとか考えた事が無い人生だったのに一体この状況はなんだ。

 

「借金はどうするんだ?今のままじゃ数日で金は尽きるだろうし辞めれば今晩の寝床だってないんじゃないのか?」

 

 きっと笑いながら言ってるんだろうとライアンの顔を見たのに真剣な顔だったので少し驚いた。

 

「まさか心配してくれてるの?」

 

 意外な反応につい確認してしまう。

 

「お前はオレをなんだと思ってるんだ。数日でも関わった奴の心配くらいするだろ。」

「さっきは見捨てたくせに。」

 

 私が口を尖らせて文句を言うと真面目な顔のままで淡々と話し始めた。

 

「仕事だからな、お前が戦えないと客が死ぬ。それは誰にとっても本意じゃないだろ。魔物を倒せるようになるには兎に角やってみるしか無い。特にお前は冒険者でも騎士でも無いから自分の戦うスタイルすら分かってない。剣がいいのか弓がいいのか、それともコレで行くのか。」

 

 ライアンは拳を握ると私の前に突き出した。

 

「ユキにはスキルがある。」

「好きで持ったんじゃ無い。」

 

 また泣きそうになった。

 

「欲しくても手に入らない物がある様に選ぶ事は出来ない。持ってるものでやっていくしか無い。」

 

 彼は私を真っ直ぐに見つめるとそう言った。いつもと違い静かに言い聞かせるように話す彼を私も見つめ返した。

 

 自分が望んでここに来たわけじゃないし、望んだスキルでもない。だけど私には他に何もないのだ。今、最ダンを辞めればホントに娼婦にでもなるしか無いんじゃないだろうか?

 

「まぁ、すぐに決めなくてもいい。どうせ明日からは昇段試験が始まるからお前の仕事は手続きだけだ。」

 

 そう言うとライアンは帰って行った。

 ひとり取り残され呆然としたまましばらく立ち尽くしていた。

 

 ここでやっていくしか無いのかな…

 

 大きくため息をつき、とにかく汚れを落としたくて着替えを手にシャワーを浴びに行った。頭から暖かいお湯を浴び足元を流れるゴブリンの血を見ているとまた怖くなったが、同時に今生きていシャワーを浴びている事が不思議で仕方なかった。

 今日、初めて自分の意志でスキルを使って魔物を倒して生き残ったのだ。そう思うとほんの少し、ホントにちょっぴりだけど自信みたいな物がわいた。どうせこの異世界でやって行くしかないならスキルを活かせるところの方がいいのかも知れない。

 シャワーから出ると体を拭き服を着る。明日からしばらくは私がダンジョンに潜ることはないと言われたけど一応パンツスタイルだ。まだ濡れている髪を拭きつつ事務所に戻ると机の上に紙袋が置いてあった。

 

 さっきまで無かったのにな…

 

 中を覗くと昨日二回も食べた例の野菜と肉を巻いたトルティーヤのような物が入っていた。

 

 こういうのはズルいと思う。

 

 多分どころか絶対にライアンが置いてくれた物だ。私はまたポロリと溢れる涙を拭いながらモグモグ食べる。

 きっとここでやって行くんだろうなぁと思った。

 

 

 

 

 

「起きろ。」

 

 また突然声をかけられてビクッとした。

 結局事務所のソファで眠っていた私はまたライアンに起こされた。

 

「おはようございます…まだ早くないですか?」

 

 もはや寝起きの顔が恥ずかしいとかいうことも無くムックリと起き上がる。

 昨日は初めて救助要請で戦ったせいもあり昼食にライアンが差し入れてくれた物を食べただけで夕食にも起きずに朝まで眠っていた。

 

「今日から昇段試験が始まるから色々準備がある。これ食ってすぐに待機室に来い。」

 

 そう言って渡された紙袋はまた同じ物だった。

 

「コレ何ていう食べ物ですか?」

「カーティ。」

「カーティはもういいです。他のないんですか?」

 

 受け取ったカーティにかぶりつきながらちょっと文句を言ってみた。

 

「嫌なら食わなくていい、金を払え。」

 

 ムッとして出してきた手を無視すると話をそらした。

 

「なんでこんなに朝早く準備を始めるんですか?」

「今日からは受け入れ人数が多いし騎士達が相手だ。いつも面倒事が起きるから何事も怠りたく無い。」

 

 結構真面目なんだよね。

 

 私はモグモグと食べながら洗面所へ行き顔を洗うと給湯室で人数分のお茶を入れ待機室に持って行った。

 

「おはようございます、マルコさん。」

 

 部屋には既にマルコがいて今日使うであろう書類を出して準備を始めていた。

 

「あぁ、おはよう。お茶か、気がきくねぇ。」

 

 なんだか昨日泣きまくったのが気恥ずかしくてカップを渡しながら頬が熱くなる。その事に気がついている感じなのにニコニコとするだけで何も言わないところが有り難かった。

 

「早速じゃが『所在発信用魔石』と『救助要請用魔石』を物品倉庫から二箱づつ出して来てくれんか?」

「わかりました。」

 

 待機室を出るとライアンがどこからかベンチを出して来て訓練場にいくつか並べ始めた。私は倉庫から魔石の入った箱を持ち再び待機室に入るとイーサンが店側から入って来たところだった。

 

「おはようございます、イーサン様。」

 

 私が挨拶をするとイーサンは少し驚いた顔をした。

 

「おはよう…まだいたのか。」

 

 どうやら私が早々に辞めていなくなってると思っていたらしい。

 

「ダンジョンにはまだ行ってないのか?」

 

 不思議そうに聞いてくるイーサンにマルコはニヤリとした。

 

「もう二度、救助要請にいったぞ。」

「えぇ!レベルは?無事だったのか?魔物は?」

 

 驚いたイーサンが矢継ぎ早に聞いてくる。マルコは何故か自慢気に胸を張り、

 

「レベルは22、まだゴブリンを三体だが、なかなかじゃろ。もちろん客は無事じゃ。」

 

 どう見ても素人の私がゴブリンを三体倒したと聞けばちょっと凄く聞こえるかも知れないが、実際は一体はライアンが手を添えてくれていたし二体は辛うじて倒しただけだ。

 

「それは…凄いな。」

 

 複雑そうな顔で私を見ているイーサンに私も複雑な思いで苦笑いをした。

 

「ライアンについて行ってるだけですから。」

 

 そう言えば大体察してくれるだろう。道も覚えられないのに救助したなんて堂々と言えない。

 

「いや、それでも凄いよ。たいがい上級に一度潜れば半分は辞めて行く。」

 

 ですよね…

 

「その後また行って、それでもまだいるなんて優秀というか、貴重というか…」

 

 ですよね!普通じゃないですよね!私だって出来るなら辞めたい!

 

「優秀なんだと思う。イーサン、頼みがあるんだ。」

 

 ライアンが待機室に入って来ると私の肩に手を置いた。

 

「コイツに格闘技を教えてくれ。」

 

 はぁ?

 

 私は驚いてライアンを見上げる。彼もコッチを見てニヤリとすると肩を掴んでいる手に力を込めた。それはまるで逃さないと言われたここに来た初日を思い出させる。私がどこにも行けそうも無いと悟ってしまった事に気づかれている気がする。実際行く所はない。

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