第16話 スキル3
親子は順調なようだ。息子のカイルが先頭を行くのか地図上をゆっくりと進みウロウロと迷う感じがよくわかる。
「もうレベル3ですね、これっていい方なんですか?」
初級が一体どれほどかかるものなのかよく知らない私はマルコに尋ねた。
「ま、こんなもんじゃろ。魔物にもあまり遭遇していないようだし、ここまではほとんどスライムだろう。」
一応前半はスライムが多く後半はゴブリンが多目みたいだ。
「だがこの辺りからゴブリンが増える。」
ライアンがソファから立ち上がるとベルトを締め直し腰に剣を差した。
「行くの?」
「まだだ、だが行く事になる気がする。準備しとけ、初級はお前の客だ。」
「へ?私の客って?」
思いもよらない言葉に頭が回らない。
「お前が助けるんだよ。最初に言ったろ、初級はお前の担当になると。」
「はぁ?イヤイヤイヤ、今は研修中でしょ?無理だよ!まだゴブリン一体を手伝ってもらっても倒しただけだよ。」
「ゴブリンは二体倒しているだろ。もう自立しろ。一応ついて行ってやるが手は出さないぞ。」
そう…コイツは鬼上司だった!
目眩を感じながらベルトを付け、ポーションとダガーを確認する。地図を見つめながら絶対に無理しないで無事に帰って来いと心の底から祈った。
それからも親子は順調に進み既にレベル7。
「まだ進むと思いますか?」
もうダンジョンはゴブリンが多く出る辺りだ。ライアンによれば一度に三体と遭遇すればヤバいって言ってたけど大丈夫なんだろうか?
「おい、見てろ。」
ライアンが地図を指して私を呼んだ。
「今ここで魔物と遭遇した。」
私には見分けがつかないが何か動きがあったらしい。地図上に魔物は映らない。
「ここは道が狭くて逃げにくい上に戦いずらい、子供の体力も限界に近いだろう。ここで戦っているとなると…」
その時、地図の上の二つの光のうち一つが赤く輝き出した。待機室の部屋の明かりもチカチカと点滅しライアンがマントを掴むと部屋を飛び出していった。
「急ぐのじゃ、救助要請の合図じゃ!」
マルコの声に慌てて部屋を出る。
「早くしろ!お前の客が死ぬぞ!」
ライアンの声にビクッとしながら救助専用のドアから魔法陣へ駆け込んだ。
あっという間にダンジョンへ転送され一瞬真っ暗だったがすぐに『明かりの魔石』で見えるようになる。そのまま走り出し洞窟のようなダンジョンの中を現場に向かう。一応ライアンのマネをして道は覚えていた。初級の迷路は単純で基本は二股にしか分かれ道はない。
「右、左、左、右…」
方向音痴の私は必死に暗記力だけで左右を順番に覚えた道を進む。途中で一回間違えたがライアンに助けられ後は何とか間違わずに現場ついた。
親子は四体のゴブリンに遭遇していたようだ。父親が奮闘して、内二体は死んでないまでも動けない状態だった。あとの二体に何とか傷を負わせているものの、自身も傷を負いかなり追い詰められている。
早く助けなければと思いライアンを振り返ると彼は腕を組んでその場を動かず、私に行けと合図した。自分は手を出さないというポーズのつもりか?
「そんな、無理ですよ。」
「殺らなきゃあの親子が死ぬだけだ。」
冷たく突き放され困り果てたが急がなくてはいけない。仕方なくそっと魔物に近寄るとこちらに背を向けている一体のゴブリンの首に思い切って両手でダガーを突き刺した。刺したはいいが骨が硬くて切り落とす事は出来ない。ダガーで骨を避け首を横に引き裂くと大量の血液が飛び散り私にもかかった。声もなくゴブリンは倒れたがもう一体残っている。私が来たことに気がついたのか父親がホッとした顔をし、気が緩んだのか剣を手から落とした。残ったゴブリンがそのスキをつき手を伸ばすと子供のカイルの首を掴んだ。
「助けて!」
カイルが叫び私は奴に向けて両手で握りしめたダガーを再び振り上げ突き立てようとしたが、ゴブリンは私の腕を掴むとその場に引き倒しカイルを掴んでいた手を離すと覆い被さってきた。
私がゴブリンに馬乗りにされている間にライアンは親子を助け出すとその場から離れた。
嘘!ありえない!私を見捨てるの?
ゴブリンは私に食らいつこうと顔を近づけて来る。必死にダガーを振り回し何とか逃れて覆いかぶさるゴブリンの脇腹にダガーを突き刺すとその下から這い出て逃げ出そうとした。立ち上がる寸前、足を掴まれ逃げられない。座り込んだままで何度奴を突き刺しても致命傷を与える事が出来ずついに私の手からダガーが弾き飛ばされた。武器が無くなり無防備な状態になった。
嫌だ怖い!こんなとこで死にたくない!
ゴブリンの手が私の肩を掴み爪を食い込ませる。私は必死に奴の顔を押しやり反対の手で押さえつけられそうになるのを逃れた。そのまま揉み合いになりゴブリンが私に食らいつこうとのしかかって来た。
「嫌だって言ってんのよ!!」
その瞬間体がザワッとし無意識に奴に蹴りを入れた。飛ばされたゴブリンは壁に激突したがヨロヨロと立ち上がるとまた向かって来た。私もふらつきながらも立ち上がりゴブリンと向かいあうと振りかぶった右手を思いっきり顔面に向けて振り抜き奴の首を吹き飛ばした。
当然、全身アレまみれだ。その場で嘔吐して口を拭うと後ろに気配を感じ振り向きざま握りしめた右手を振り抜いた。
「オイ、止めろよ。オレだよ、終わったようだから見に来たんだ。」
私のパンチを軽く避けると笑いながらおどけて言った。
「避けないでよ。わかってやってんだから!」
蹴りを入れようとグッと踏み込むとライアンはスッ後ろに下がりニヤッと笑った。
「後で相手してやるよ、今は客を連れて帰る方が先だ。」
そう言われハッとして我に返った。
コイツ殴るのは後まわしだ、先ずはカイル達を無事に連れて帰らなきゃ。
私は握り込んでいた拳を緩め弾き飛ばされたダガーを拾うとライアンに近づきそのマントで手と顔を拭ってやった。
うぇ〜って顔で私を見てるがこれくらいで済むと思うなよ、私を置き去りにしやがって。
「ここからなら次の階への魔法陣へ行くほうが早い。」
そう言ってライアンは先を行く。帰り道の事まで気が回ってなかった私は黙って最後尾をついて行った。すぐに魔法陣は見えて来て脱出用のそれを選ぶと四人で並んで立ち無事に帰還した。
初級用のドアから出るとマルコが待ち構えていた。
「どうやら息子さんはキチンと役目を果たしたようじゃな。」
ニコニコとしながらカイルから『救助要請用魔石』と『所在発信用魔石』を受け取った。父親は魔石の返還と一緒に小銀貨二枚を渡すと申し訳無さそうな顔をして頭を下げた。
「助けて頂いてありがとうございます。ちょっと油断してしまって…」
「誰にでも油断する時はある。じゃが命がかかっている時は困りますの、まして子供さんがおられた。」
チクッとお説教を垂れるとマルコはカイルの頭をポンと軽く叩く。
「今回は息子さんがお父さんを救ったんじゃな。これからも魔物を相手にする時は用心する事じゃ。」
親子は出口専用ドアからそそくさと帰って行った。帰り際カイルが私に手を振ってくれ私も笑顔で振り返し見送った。
…さて、
私はすぐにライアンを振り返ると殴りかかった。
「いきなりは酷いな。」
余裕で避けてるくせに困った風の顔をしてるのが余計に腹が立つ。
「見捨てるとかありえない!」
更に踏み込み蹴りを入れるがそれも避けると来い来いと手招きしやがる。私はまた大きく振りかぶると顔面めがけて振り下ろしたが全く当たらない。
「大振りし過ぎだ、もう少しこういう風に真っ直ぐ打ち込んで来い。」
ライアンはボクシングの様な構えをすると当たらない様に軽く打ち込んできた。
「うるさい!偉そうにしないで!」
私はまた一歩踏み出すと力一杯パンチを繰り出した。もちろん当たりはしなかったがスキルが発動してるのがありありと分かるほど空を切る音がした。
「オレを殺す気か?手加減しろよ。」
少し顔を引きつらせたライアンが本気で逃げる。込み上げる怒りとさっきのダンジョンでの光景が思い起こされる。
「私は死にかけたんだよ!死ぬほど怖かったんだから!!」
そう叫ぶとその場に座り込み声を上げてわんわん泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます