第18話 昇段試験1
イーサンは目を丸くして私を見た。
「この娘に格闘技を?お前が教えればいいじゃないか。」
「オレのは我流だ、何も知らない奴なら基本に忠実な騎士の方が良いだろう。」
騎士達は訓練で格闘技、剣技は必須だから得意不得意はあっても誰でも一定のレベルは身に付けているらしい。なかでもイーサンは若いが結構レベルが高いらしく新人に指導する事もあるようだ。
「別に構わんが力が無いものが格闘技を覚えても限界があるぞ。」
力という言葉に待機室にいるマルコとライアンがピクッと反応した。
「ある程度までは技で対抗できるが敵が強力になればやはり力の差がネックになってくる。上級の魔物なら危ないぞ。まぁ、この娘が上級のダンジョンに行くことは無いだろうが。」
イーサンの言葉に気持ちの悪い笑みを浮かべる二人を睨みつけながら私は自分でも頼んだ。
「自衛の為にも教えて下さい。昨日はダガーを叩き落とされて散々だったので。」
その後どうやって戦ったかには触れず、せめて殴り方と蹴り方を教えて欲しいと言った。
「そうだな、確かに武器が手元にない時に少しは素手での戦い方を知っておくほうが良いだろう。美しい女性は自衛の為にも必要だな。」
イーサンがフッと微笑む。
…え?今、美しいって言った?やだ〜、イーサンて良い人。
私が照れて視線をそらしたその先にライアンがいて、はぁ?って顔してコッチを見てた。
「なによ?」
「別に。真に受けるな、イーサンは紳士なんだ。」
チッ、こいつムカつく。どうせここでは行き遅れですよ。
開店準備を終え少し時間が出来たので早速訓練場に行ってイーサンに教えてもらうことになった。
「先ずは拳の握り方だが…」
イーサンは全くの素人の私に手取り足取り懇切丁寧に拳を握り構えて真っ直ぐに打ち込むストレートのパンチの打ち方を教えてくれた。
「肩と腰の回転も利用して打ち込むんだ」
一連のパンチの仕方を教わると次は蹴り方だ。
「蹴りは脛を使うんだ。では自分の体の直線上に一歩踏み込んで、足を振り上げつま先立ちになり…」
何度か見本を見せてくれながら教えてくれたが体のバランスが悪いのかフラフラとして上手くいかない。
「やっぱり難しいですね。」
軽く教えてもらっているだけなのにもう疲れてきた。
「まぁ、初めてだからな、これくらいにしておこう普段はライアンに見てもらえばいい。私が来たときはまた指導するよ。」
「はい、ありがとうございます。イーサン様の教え方は優しくてわかりやすいですね。」
ライアンの教え方とは全然違う丁寧なやり方に感動していた。
「私は教え慣れているからね。騎士団にも女性はいるし、妹達もいるから女性の扱いには慣れてる。」
わぉ、女性の扱いだって。
「モテるんですね、イーサン様カッコいいし。」
私がムフッと笑って言うとイーサンは慌てて、
「いや、そういう意味ではない。私はどちらかというとモテない方だし、どうにもそういう場面には弱い。」
そういう場面てどういう場面?少し頬を赤くして慌ててる感じが好感度高い。
「私よりもライアンの方が女性には人気があるだろう。強くて魅力的だからな。」
……………はぁ?強くて…まぁ強そうだ。魅力的?あのヒゲモジャが?清潔感も無いし、鬼上司だしカーティしか買ってこないのに?
イーサンの言葉にイマイチ納得できなかったが全力で否定するのもなんだと思い話を濁して待機室に戻った。
「そろそろ開店じゃ。」
マルコに言われてカウンターをまわり込んで店の入口のドアを開けるとそこには多くの騎士たちが既に詰めかけていた。数人はやる気満々の鎧姿だ。鈍く銀色に輝く鎧の胸元にはこの国の紋章なのか二つに区分された盾形の中にグリフォンと騎士の模様が施されている。
「あわわわ、い、いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」
私の事など無視してゾロゾロと騎士達は入って来るとカウンターの前に並び出した。
「早く受付しろ、時間が惜しい。」
静かに威圧してくる騎士に少しビビっているとカウンターの中からマルコがいつも通り愛想よく案内を始めた。
「では先ず上級の方はこちらへどうぞ。ユキ、中級を頼むぞ」
「わかりました、中級の方はこちらへどうぞ。」
私は急いでカウンターの向こうへ行くとライアンが側に来ていた。
「ではこちらにお名前と血の登録。それから…」
私は一瞬『救助要請用魔石』を渡していいのか躊躇した。冒険者中級の人だってプライドがあって申し込まなかったのに騎士に言ったら怒り出すんじゃないかと思ったのだ。
「昇段試験を受ける者は『救助要請用魔石』は強制だ。だから全員につけろ。」
ライアンが魔石を取り出しながらそう言って入場料と救助要請の申込み代金、合わせて小銀貨三枚を受け取った。
「ポーション、ハイポーションはご入用ではないですか?」
「あぁ、大丈夫だ。すぐに案内してくれ。」
騎士は全て貴族だからどうみても年下のこの騎士にもお客と言う理由だけでなく少し緊張するし、なんだか怖い感じがする。イーサンはそんなこと無いけど昇段試験の時にはよく揉めるってライアンも言ってたし。
私は最初の客を案内し見送った後すぐに戻り次の騎士の手続きを始めた。同じことの繰り返しだがライアンはずっと側に着いていてくれた。
十数人の手続きが終わりまた次の騎士が来て申込みを始めた。
「ではここにお名前を…」
騎士はペンを握ると私の顔を見つめる。
「君の名前は?」
えーっと、これは答えないと書かないとかって事?
「……ユキです。ここへお願いします。」
騎士はサッとサインする。
「次はここに血の登録を…」
「君がしてくれないか?」
そう言って私の手を取ると自分の手を乗せてきた。
ところ変わればナンパ方法も変わるって事?
私はニッコリ笑うとブッツリ指先を刺し登録用の水晶に血を垂らせた。貴族が来るので用意してあったポーションを使い小さな傷を治す。
「案内してくれ。」
どこまでも偉そうな態度に若干苛立ちながら前を歩いて案内する。騎士は私のお尻をジッと見ていてニヤついてるのがわかる。もちろんこれまでだってセクハラ紛いな事は当然受けた事がある。食事に誘ってくる妻帯者もあればあからさまな話を振ってくる奴もいた。
ここではどうみてもそんな事に抗議出来る感じはしない。娼館だって堂々とやってるようだし身分差も激しそうだ。ある程度は我慢しなきゃいけないだろう。
騎士を訓練場まで連れてきて順番が来るまで待機するように言った。昇段試験中はいつもと違い人数が多いため三十分毎にダンジョンに入場は出来るがそれでも申し込んでから結構待機する時間が出来る。
「順番が来るまで君が相手をしてくれよ。」
今連れてきた騎士が私の腰に手を回すとグッと引き寄せ体を密着させてきた。周りで見ている騎士は大勢いるが笑ったり無視したり誰も助けてくれそうにない。
「申し訳ありませんが仕事がありますので。」
私はムッとしながらもやんわりと断ると腰に回された手を離そうとした。それでも騎士はしつこくその手に力を込めギュっと体に押し付けてきた。
「これも仕事の内だろ?女をここに置いとくって事は待ち時間の暇つぶしに使っていいって事だろ。」
騎士の言葉に他の人がワッと笑い「いいぞ!」とヤジを飛ばす奴まで出てきた。貴族って言っても品が無い奴もいるようだ。私はムカムカとしながらもどこまで我慢すればいいのか考えあぐねているとライアンがスッと顔を出してコッチを見た。
私が苦笑いをすると「やっていいぞ。」って感じでコクコクと小さく頷いた。
なんだ、いいのか。
私は腰に回された手をグッと握るとスッと息を吸い込んだ。体がザワッとし、そしてゆっくりと体から騎士の手を引き剥がした。もちろんアレを使って。
「仕事がありますので。」
引き剥がされた騎士は最初は非力な女の無駄な抵抗だと笑っていたが思いもよらない力でどけられた自分の腕を驚きの表情で見るとどこか痛めたのか顔を歪めた。
私がスタスタと立ち去ると後ろで「逃げられてるぞ」と笑い声がしていた。
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