第13話 勤務初日8
「だから言ってんでしょう!あいつサイテーだって!」
勢いよくジョッキをテーブルに置きながら叫ぶ女。
サイテーなのはお前だよ。
ついうっかり同じテーブルにつかせたのが運の尽きか、確か鑑定で酒に弱いって出てた。イヤ、そんな事が鑑定でわかるわけないか。
ユキがこんなに酒癖が悪いとは…まぁ、今回は仕方ないのか、男に捨てられたばかりだ。
マルコさんが突然汚れた生臭いコイツを連れて来た時は驚いた。しかもウチで雇うだなんて問題外だと思ったが話を聞くうちにどうやらスキル持ちだと分かった。
危うくナンパ男の首を吹き飛ばしそうになった時は少し焦ったが本人は全く自覚がなく野放しにするには危険だと思った。しかも鑑定屋によると訳がわからないが異世界人だと告げられさらに驚いた。にわかには信じられなかったがモグリの鑑定屋に頼んで正解だった。そんな訳のわからない奴をもし正規の所で鑑定していれば運が良くて拘束、監禁。悪けりゃそく極刑もある。折角のスキルが失われる所だったろう。金を握らせたしこんな事には関わりたくも無いだろうから鑑定屋から漏れることは無い。
流石にマルコさんにもこの事は言えなかったが何かを察しているようだ。相変わらずノホホンとしているようで鋭い目をする時がある。
ユキは全く戦えない奴だった。普通の庶民なら魔物や動物を殺してさばいたこと位あるだろうにその経験はないと言う。そうかと思えば美味いお茶をいれたり事務作業をするなどまるで下位貴族のお嬢様の様な教養がある。
貴族といえど上位から下位まで様々な人間がいる。上位のお嬢様なら働いたり動物をさばいたりしないだろうがユキにはその貴族としての素養はない気がするので違うだろう。
イーサンなどはウザったいプライドなども無く付き合いやすいが中には身分をひけらかし大したレベルでも無いくせに偉ぶる奴もいる。ほとんどは相手にしないが昇段試験の時はそのプライドのせいで騒ぎが起きる事もしばしばある。イーサンがとりなしてくれ事なきを得る事もあるが、時には騎士団の上にまで話が行く事があり疎ましく感じる事もある。
「ねぇ、そろそろ連れて帰ってあげれば?」
エリンがテーブルに突っ伏して眠ってしまったユキにオレのマントをかけながら言う。
チッ、勝手に飲んで勝手に泣いて、勝手に眠った奴の面倒をなんでオレが見なきゃいけないんだ。
「オレはコイツの友達でもなんでも無いんだがな。」
「でも上司でしょ?さっきユキが言ってたわよ、鬼上司って。」
オレが目の前のいるにも関わらず散々今日の事をエリンに愚痴りやがった。無理やりゴブリンを殺させただのやりたくも無い訓練がキツイだの、挙げ句の果てに胸ばっかり見てイヤらしいやつだと指まで差してきやがった。
大体胸を見てしまうのは仕方ないだろ。お前がノーブラだったのが悪いんだよ、そりゃ見るだろ男なんだから。すれ違う奴だってジッと見てた。警戒心が無さ過ぎなんだよ、朝起こしに行ったときもシャツがめくれて見えそうだったんだぞ。オレだったから良かったものの他の業者の奴とかだったら襲われてるぞ。
「なんだかんだ言ったってここに置いとけないんだから連れて行ってあげてよ。可哀想に、傷ついてるんだよ。彼に浮気されて別れてくれって言われたなんて、私ならその場でぶっ殺してやるのにアッサリ引き下がっちゃったなんて。きっとムカついてどうしようも無いのに堪えてるのよ。」
エリンはユキの肩にそっと触れながら心配そうに見ていた。まだ出会って二日目だと言うのにすっかり仲良くなったようだ。エリンはこの店のひとり娘だが最近役所の男と結婚した。今、役所は忙しくて残業続きだ。旦那が家にいない間はここで遅くまで店を手伝っている。気のいいやつでユキにはちょうどいい友達が出来たのかもな。
オレは最後にジョッキのビールを飲みほすとゆっくりと立ち上がった。金を払いエリンに言われるままにユキを肩に担ぐと店を後にした。
いい尻なんだよな…
顔の横にあるユキのそれに目をやる。コイツを担ぐのは二度目だ。最初の時も尻だけはイイと…イヤイヤイヤ、コイツは同僚だ。手を出すと後で厄介になる可能性が高い。そんな揉め事は御免だし下手すりゃ借金の肩代わりをさせられそうだ。
とりあえず事務所に置いておけばいいだろう。
事務所のソファにそっと寝かせて自分の部屋へ帰ろうとするとキュッとシャツを掴まれた。意識はなさそうだ。
う〜ん、これは…いや、止めておこう。
そう思った時ユキがポロリと涙をこぼした。
「どうして…なの…」
別れた男の事を思い出しているのか。確かに酷い話だがよくある話でもある。そいつも意外とアッサリ別れを承諾したユキに驚いたと同時に腹も立ったんじゃないだろうか。そこまで思われていなかったのかと内心悔しくて言った捨てゼリフだったろう。ユキは見た目いいし中身も浮ついていないイイ女だ。きっと相手は後悔してるだろう。
頬を伝って落ちる涙を拭ってやるとシャツを握っている手をそっと外す。立ち上がり事務所を出ようとすると、急にユキがゆっくりと体を起こしゆらりと立ち上がった。
「待って…」
潤んだ瞳でフラフラと近づいてくると頬を赤く染めそっとオレの胸に手を添えた。
…マズイな、正気じゃない。
「おい、止めとけ、もう寝ろ。」
このまま成り行きに任せてもいい展開にはなりそうもない。オレは両手でユキの細い肩にそっと触れながらゆっくりと遠ざけた。見上げる潤んだ瞳、火照った顔に一瞬グラリと気持ちが揺れそうになったその時、
「ゴブリンを倒した私の拳を受けてみやがれ!!」
そう叫んで大きく振りかぶるとスキルを発動しオレの顔めがけてそれを振り抜いた。
まさかパンチが繰り出されると思わなくて油断していたオレは瞬時に対応出来ず自分の顔面が吹き飛ぶのを覚悟したその時、ユキは覚束ない足を滑らし拳は空を切ると振り抜いた勢いでその場にひっくり返った。
頬が引きつるのを感じながら床でイビキをかく彼女を再びソファに寝かせ急ぎその場を立ち去った。
マジで危なかった、しばらくの間はアイツが酒を飲んだ時はここに監禁して置かないと色々と被害が出そうだ。
なんて恐ろしいやつ。
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