第12話 勤務初日7
昼食代をなんとかごまかしライアンの隣で食べながら地図を見ていた。ほとんどタッチパネルと同じで見たい地図をタッチすると平面で拡大され進行中の小さい点が光っている。点に重なるように名前が記載されて個人の確認が出来ているようだ。これだけ見てるとここが異世界だなんて嘘のようだ。
ダンジョンに入場する時は名前、血の登録をし身元を確認、コースを選び救助要請の申込みなどをして出発だ。ここではポーション、ハイポーションも販売しており買い忘れに備えている。命懸けで来る割に買い忘れとか信じられないけど結構売れるらしい。一般的にはポーションは大銅貨五枚だがここでは六枚、ハイポーションは小銀貨一枚だがプラス大銅貨一枚、細かく稼いでいるようだ。
さっき受け取った救助要請料小銀貨五枚のうち従業員の取り分は小銀貨二枚。せめて半分欲しいし、自主的に救助に向かってる時点でほぼボランティアだ。
そこまでする必要があるのか疑問だがライアンは相変わらず地図から目を離さない。
そばにいるマルコが近くにある机で何やら書類仕事を始めた。覗き込むとさっき帰っていった冒険者の挑戦失敗や救助代金を受け取った事を書き込んでいた。
「そう言えばユキは字が読めるな、書くこともできるのか?」
さっき書類にサインした時に自分では普通に字を書いたつもりが勝手にここの文字に変換されていたのできっと書けるのだろう。都合がいいねぇ。
「大丈夫だと思います。」
私は言われた通り書類を書き込んでいった。字が書けるとわかると次々と溜め込んでいたであろう書類を渡され処理を頼まれた。
手書きとか…キツイ。
ほぼパソコンで済んでいた世界とは違い手書き。あの地図の装置を見ても何か他の方法があるんじゃないかと思うけど。
地図を見たところで方向音痴の私には複雑でレベルの高い上級に救助とかは無理なので黙々と書類仕事をしていた。
「はぁ…終わったな。」
ポンと軽快な音が鳴りライアンがソファから起き上がって伸びをすると隣の部屋へ向かった。私もついて行くと上級コースからふたり組の冒険者が出て来たところだった。
「お疲れ様、そこで手続きして。ユキ!」
呼ばれて近くに設置してある机に向かうと何やらまた白い四角いタイルの様な物があった。IHクッキングヒーターのと似ているそれに冒険者が持っていた金属っポイもので出来たクレジットカードのような物を乗せると、側にあるタッチパネルのような所にライアンが何やら打ち込みパネルがキンと音を立てて光った。
「これでとうとうオレ達も上級だ。」
喜ぶ姿を見るとまだ十代かと思えるほど若い男だった。
今回レベル36になった客にマルコが勧誘をかけたが乾いた笑いで断られていた。
「俺達じゃとてもじゃないが勤まらないよ。」
「じゃがこんな娘でもやっておるぞ。救助に向かえば感謝され、給料も上乗せされる。」
必死に食らいついているが悲しいほど相手にされていない。
「命が惜しいです。」
最後にはそう言って去って行った。
「あんな上級者でさえ断る仕事になんで私が…」
「借金があるからだろ。」
鬼上司はそう言って店に入った。酷いが事実、現実はいつも厳しい。
あ、もしかしてもう仕事は終わりなんじゃない?だってもうお客さんはいないんだし、午後は受け入れないって言ってた。
気を取り直し私はウキウキして店に向かうと思っていた通り鬼上司は電気を消しこちらへ戻って来るところだった。
「終わりですか?」
ライアンは眉間にシワを寄せると
「お前の訓練が残ってる。早く使えるようになれ。」
そう言って有無をいわさずまたダガーを持たされライアンを突き刺す為に追いかけさせられた。ワンピースなのに筋トレまでさせられ腕も足もパンパンになる。
「ホントにもう無理!なんでスカートで筋トレなんて…」
「お前が油断してそんなもん着てるからだろ。いつ呼ばれるかわからんのだから動きやすい服着てろ。」
「だって今日行かされるなんて思って無かったんだもん。」
スカートだがクタクタで座り込んで愚痴をこぼす。
「ちゃんとスキルを使えるようになっておかないと自分が困るんだぞ。初級者向でだって年間数人は死ぬんだ。お前だってゴブリンに襲われて死にかけたんだろ。」
「そうだけど、どうやって使えるようになるのかわかんないよ。」
ライアンを追いかけながら何度か思いっきり力を込めて突いてみたけど全然スキルは発動していなかったようだ。いらないスキルとはいえ使えないと借金が増えるばかりだ。
「基本は最初に使えた時と同じ条件になった時に使えるはずだが、お前昨日の夜にナンパ男を殴ろうとした時は使えていたぞ。」
昨日のナンパ男を殴ろうとした時とゴブリンにせめて一発と思った時か、なにか共通点があるかな?
「あ…」
私は共通点に気づいてしまった。
「何だよ、何かわかったのか?」
「多分…でも言いたくない。」
両方元彼を思い出し腹を立てていた時だ。
「何だよ、教えろよ。」
私の様子になにか感づいたのかニヤニヤしながら聞いてくる鬼上司。
「いや、絶対に言わない。」
言ったら一生ネタにされそうだ。頑なに言わない私に呆れながらも一度同じ条件で攻撃して来いと言われ、鬼上司は私をジッと見つめ身構えた。
同じ条件と言われてもねぇ。
立ち上がりダガーを構えて元彼に別れてくれと言われた時のことを思い出した。
隣に可憐で小柄な女なんか連れて、少し背が高めの私に対する嫌味か。急にムカムカとしだし気分が悪くなる。アイツが私を捨てたりしなければこんなとこでこんな事しなくても良かったのに。
なんでこんな目にあわなきゃいけないんだという思いが込み上げ不覚にも涙が溢れた。
「おい…待て待て。どうした?」
てっきり鋭い突きでも来るかもと待ち構えていたライアンが少し焦った声を出した。
「何でも無い!ちょっと…混乱しちゃって。」
涙を手の甲で拭ってため息をついた。
「まぁ、知らない土地に来ていきなりやった事も無い事をするんだ、混乱もするさ。」
ライアンは私の肩をポンと叩くと「今日は終了」と告げた。
事務所に戻るとライアンはサッサと帰り、私はとりあえず本日二回目のシャワーを浴び、洗濯をした。
考えた末、服は白いブラウスに黒いパンツを身に着けた。パジャマは無いし下手すればこのまま明日またダンジョンに行かなければいけない。それなら動きやすい格好が無難だろう。ブラウスをカワイイものにすれば多少は楽しめるだろうが自分で買い物が出来るのはいつになる事やら。
気がつけばもう夕方、そろそろお腹もすいてきた。
お礼も兼ねて昨日のエリンのところに行こうと外に出た。事務所に置いてあった鍵で戸締まりをしゆっくりと街を歩く。
靴も買わなきゃなぁ、スニーカーは…無いか。革靴な感じ?
今日はパンプスで走り回り大変だった。通り過ぎる人の足元に目をやりながら人々の服装も眺める。冒険者っポイ人はライアンと今日の客たちを見て大体把握した。剣を差しマントに編み上げブーツ、それが基本のようだ。接客の女性はワンピースにエプロン、ここら辺は庶民的な場所らしくこの街へ入った所で見かけた中世ヨーロッパ風のドレスの人やゴテゴテ着飾った紳士などは見かけない。臨時雇いのイーサンは貧乏貴族だと言ってたけど鎧姿だったし。騎士って事は最ダン利用者でもあるはず。昇段試験も受けるなかな?貴族でも家族を養うって大変なんだな。
エリンの店につきドアを開けて入るとライアンが居てジョッキを片手に一人で食事中だった。何となく気まずくて他の席に座ろうとすると顎で座れと促された。
「良いんですか?」
「今日は奢りじゃないぞ。」
「でも今日儲けましたよね。私は上乗せ無しだったんですけど。」
「お前は見てただけじゃないか。
クソ、お昼ご飯みたいにごまかせないか。
「いらっしゃい、その服着てくれたのね。良かった、サイズも合ってるみたいね。」
女神エリンが降臨したのでケチな鬼上司は無視だ。
「そうなの、ありがとう。おまけに髪用のオイルまで入れてくれてホントに助かったわ。」
「あれ手作りなの。いい石鹸じゃないと髪がゴワゴワになるけど髪用オイルは高いでしょ。だから自分で作ってるの、気に入ったんなら材料費だけで分けてあげるよ。」
「ホントに?お願いするわ、とにかく勝手がわからなくて。ついでに食材とか料理器具とかどこで買えばいいか教えてもらえると助かるんだけど。」
自炊でなければきっとすぐに給料が無くなる。給湯室で簡単な食事くらい作れるだろう。
「食材はしばらくは店のでよければ実費でわけるよ、一人分てかえって大変だろうしここからバザールは少し遠いから。休日に連れて行ってあげる。」
「えぇ!そこまでお世話になっていいのかな。」
なんだか厚かましく頼みすぎたかと不安になった。
「そんな事気にしないで。マルコさんにもライアンにも頼まれてるしユキってなんだかいい友達になれそうな気がするし。」
ニッコリ笑うエリンが可愛い、女神で天使。
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