第54話  ずっとずっと一緒

「それで、幸太が浮気してるってのは本当なの?」

「うん。私、実際に見ちゃって」

「うーん……」


 俺は真島幸太まじまこうたという人間を誰よりも理解し、知っている自信がある。そしてあいつに限って浮気なんてことは考えられない。と思っていた。でもあいつは許嫁がいた事を親友の俺にでさえ黙っていたし、他にも色々隠していることはあるのだろうから浮気を全くしていないと言い切れるほど信じてやれない。


 俺はあいつに隠し事をしたりしたことはないんだけどなぁ。これでも11年の仲だぞ、幸太。


「それで幸太はその子と何してたの?」

「公園のベンチに座って楽しそうにお喋りしてた。その時の幸太くん、私と話してる時よりも楽しそうだったんだぁ」

「公園で話すくらいなら俺はセーフだと思うけど……。それで幸太はなんて言い訳したの?」

「その子のことを、昔仲が良かった幼馴染だって言って。名前は確か……みくちゃん? って言ってた気がする」

「そういうことかぁ……」

「ん? 陽太ようたくん、なにか知ってるの?」

「たぶんね。幸太が一緒にいたのは本当に幼馴染だと思うよ」


 そう言うと、綾間優香あやまゆうかの肩が少し下がり、少し安心した表情に変わりつつ、目に微かに留まる涙。すると綾間優香は小さな声で言った。


「私のせいだった……。私が勘違いなんてしなければ」

「仕方ないよ。すれ違いはカップルにつきものだし、幸太は優しいから許してくれると思うよ」

「でも……」

「大丈夫!あいつを信じて!あいつなら絶対、綾間さんを悲しませるような結果にはしないから」


 幸太なら。幸太ならきっと大丈夫だって俺は信じる。昔からドジでバカで人見知りで。頼られるようなキャラでもなかったけど。家に虫が入った時は殺さずに外に逃がしてあげていたし。嫌いな奴と喧嘩した時は、ずっと側にいて励ましてくれた。

 だからあいつは俺が知ってる人間の中で一番優しくてカッコいい奴で真面目だから。


 きっと幸太は綾間さんを後悔させたりはしない。

 だけど。いつかあいつの口から許嫁がいるってやっぱり教えてもらいたかったな。


 俺今、恋愛のスペシャリストみたい。








            ◆








「はぁ、今日もだぁ……」


 こんなに人のことを考えたのは初めてだ……。どうやったら優香の誤解が解けるだろうか。元はというと、俺が三空みくちゃんのことを前に話していなかったせいだ。俺はこんな風に、知らない間沢山迷惑をかけているのではないだろうか。俺じゃなかったらもっと別にカッコよくてイケメンで背が高くてそんな人と付き合っていたんじゃないだろうか。このまま喋れなくて別れようって事になったら……。


 バッタン!!!!ッ!!


 強めに押され開いたドアの音。


「幸太くん」

「優香!?」


 この時、3日ぶりに聞いた優香の声。そして口を開いたのは優香の方からだった。


「ごめんね。私、変な勘違いしてたみたい」

「僕こそごめん。もっとちゃんと話しとけばよかった」

「いいや! 幸太くんは全く悪くない。悪いのは勝手に勘違いして幸太くんの意見も聞かず怒った私の方……」

「いや、僕のせいだよ!!」

「いや!私のせいだよ?」


 お互いが自分が悪いと主張するループが始まってだんだん口と顎が疲れてくる。

 俺は一旦落ち着いて深呼吸し、両手で頬を二回強めに叩いた。


「それじゃあ優香。今回の喧嘩はどちらも悪かったってことにしない? 俺は優香に三空ちゃんのことをきちんと伝えられていなかった」

「私は幸太くんの意見をちゃんと聞かずに先走って怒ってしまった」

「これでお相子だよね」

「……うん!」


 俺が笑顔を見せると優香は堪えていたものを解いたように、ぽろぽろと大きい雨粒のような涙を落としだした。それを見て俺は透かさず優香を引き寄せてギュッと強く抱きしめた。それは優香が泣いているからではなくて。自分が今抱きしめたいって思ったから。それから、優香は床に座って大泣きして、それにつられるように俺も泣いて。二人共、泣き止んだ時には、目は真っ赤になっていて。それに気づき、お互いクスっと笑ってまたギュッと抱きしめた。


 ここまでの生活は僕らにとってまだ始まりに過ぎない小さな物語の一部。でもこの小さな物語も簡単にまとめることはできない、幸せが沢山詰まった大きな思い出。この先、二人の関係が変わってしまったとしても多分。幸せな話だったということは誰にも塗り替える事ができないだろう。


「優香、あいしてるよ。これからもずっと、ずっと一緒にいてくれる?」

「もちろん!!この幸太くんが買ってくれた薬指の指輪もきっといつか本物になるよ!!」




 ――社長息子の俺が、綾間優香の許嫁になった素敵な話。――



             

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る