第39話  奇跡と幸せは案外、日常にある。

 冬休みまであと一日しか残されていない二学期末のある日。


 ホームルームの後に大掃除があって、終わったら図書室のカウンターで業務。普段は二冊ずつしか本を貸出することができないが、長期休みは十冊まで借りられるので図書室には人集ひとだかりができている。

 だから今日はいつもの倍以上忙しい。


 外を眺めると、太陽が暗めのオレンジ色に染められ、正門からぞろぞろと出ていく生徒たちの姿が見えた。


 はぁ、今日が優香と一緒の担当日だったら、こんなに面倒だとは感じないはずだろうに。俺はとことんついていない。


 業務をどんどん終わらしていき、カウンターの周りからは少しずつ人が消えていく。

 これも自然とバイトで鍛えられたタイピングが機能しているからだろう。


 人が完全にカウンターの前からいなくなると、俺は最近お気に入りのラノベをバックから取り出してペラペラとページをめくる。


 やはり持参した本だと傷みも少ないし、清潔感がある。


 時間が過ぎていくの待ちながらラノベを読んでいると、ついに五時を知らせるチャイムが鳴った。図書室は五時になると閉館になるので仕事もそれに合わせて終了だ。


 身支度をして少し早めに図書室を出ると、廊下にはしゃがみ込んだ状態の陽太ようたがスマホを突きながらため息をついていた。


「どうしたんだ?」

「いやぁ〜。今日、暇だったから幸太くんと一緒に帰りたいなぁーって」

「なんだよそれ……」


 一緒に帰りたいなんて今まで一度も言ってきたことがないのに。

 今日の陽太は少し様子も変だった。


 いつもよりも口数が少ない俺たちは学校の校門を出てゆっくりと歩く。

 陽太は先程と変わらず、どこか心なしといった様子で黄色い点字ブロックを見つめながら隣を歩く。

 気になり過ぎて我慢するのも面倒くさくなったので尋ねてみる。


「どうしたんだよ。元気ないな」

「そうか? いや……。昔、俺とお前と三空みくちゃんがよく遊んでた公園がなくなるんだってさ」

「……そっか」


 三空ちゃんとは、俺が小学生の時に仲の良かった同い年の女の子。


 当時、父さんと母さんがまだ離婚していなくて、俺が社長息子でもなかった貧乏な頃に、うちの隣の一軒家に住んでいた。


 ついでに言うと俺の初恋の人。まぁ、俺が小学生だった時なんだけど。


 三空ちゃんとは学校は違ったけど陽太も面識がある。

 昔住んでいたアパートの近所にある公園で、放課後によく三人で遊んでいた。

 俺には思い出深い公園だった。


「お前はいいのかよ、三空ちゃんとの思い出の場所がなくなるんだぞ?」

「いいわけないだろ。それで、どうしてなくなるんだよ」

「どっかの会社が大型スーパー作るとかどうとか」


 俺と陽太はすぐざま走って、その公園に向かう。

 息切れをしながら公園前までくると、太く目立つフォントで工事予定と書かれてある看板が立てられていた。

 だが幸い、公園の中は何も変わっていなかった。


 ほんの少し余裕ができつつも、俺はポケットからスマホを出して父さんに電話を掛けた。

 俺にできる事はもうこれくらいしか残されていない。



 ブルルルルルルッ カチャッ


『どうしたんだ幸太。父さんと話したくなったか?』


 その声が聞こえた瞬間少しだけ気持ちが安堵する。


「俺はファザコンじゃない。そんなことじゃなくて、三空ちゃんと俺と陽太が昔遊んでた公園が取り壊しになるみたいで……」

『安心しろ幸太。その公園の開発は、もう取り止めになったんだよ』

「えっ……」


 肩の力が一気に抜けて膝からその場に崩れ落ちた。

 そしてまだちゃんとは理解できていない脳を落ち着かせ黙る。


「おい! 幸太、どうだったんだよ」

「大丈夫そう……」


 そう言うと陽太は俺を強く抱きしめて止まった。

 やめさせようと思ったけど体を強く固定されいつもとは違う陽太の様子に気づきそのままにしておいた。







           ◆






 思い出の公園を離れ、陽太と別れるとすっかり辺りは暗くなっていた。

 交差点から見えるイチョウの木もいつもならはっきりと目に映るのだが、暗すぎて全く見えない。


 そんなことをふと思った後、また前を向いて歩きだすとポツリと雫が頬に落ちてきた。そして、それがなぜか理解するよりも早く空から大量の雨が降ってきた。


 今日の天気予報は朝の時点では晴れだったはずなのだが。

 仕方なく俺は、大急ぎで近くにあるシャッターの閉まったパン屋の屋根の下に入った。


 遠分は雨宿りしないとだめかもな……。

 だけどこの時期に雨なんて久しぶりなもので、全く腹は立たないし、逆に新鮮さを感じる。

 優香ゆうかには少し悪いけどちょっと待ってもらうかな。


 ポケットからスマホを取り出しLINEを開き、伝える内容を考えていると、隣から肩を軽く叩かれたような気がして振り向く。


 するとそこには水滴の付いたビニール傘をさした優香が立っていた。

 そして利き手ではない左手にはもう一本傘を持っている。


「幸太くん、迎えに参りました!」

「え、待っててくれればよかったのに!!」

「でも幸太くんに、早く会いたかったからさぁー」


 なんでこの子はいつも俺が恥ずかしくなるようなことばかり平然と言えるのだろう。

 いや、俺がチキンなだけなのだろうか。


「ありがとう。でもなんで俺がここにいるってわかったの? 言ってなかったよね」

「あぁー、それは幸太くんがいつも歩いてる通学路通ってきたからだよぉー」

「あ、そっか」


 そして納得した後、会話がそこで止まりお互い体が動かないまま見つめ合う。

 恥ずかしくなった俺は先に目をそらしてうつむくと優香がクスクスと笑う。


「あっ!幸太くん照れてる!!これは私の勝ちかなぁー」

「しょ、勝負なんかしてないから!!」

「まぁいっか、可愛いところもみれたしぃー。はい、これ傘」

「あ、うん。ありがとう」


 優香から傘を受け取ると持ちての部分にマーカーでなにか書いてある。

 そこにはフルネームで達筆に俺の名前が書かれていた。


 ただそれだけなはずなのに、なぜか今日はトータルで幸せだと感じることができた。


「帰ったら何食べたい?」

「オムライス食べたい」

「昨日もオムライスだったよね!!??」


 こんなありふれた会話も、彼女となら雨が降っていることを忘れさせてくれるくらいに楽しい。


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