第29話  作戦

 何故こうなったのだろうか。

 テーブルを挟んで俺の許嫁を妹が睨みまくっている。


「それで幸太こうたくん、この女の子は誰?」

「それはこっちのセリフ。おにい、この人誰」

「私は幸太くんのぉ…… グフっ!!むうー」


 危ない危ない。間一髪、綾間あやまさんの口を塞ぐことができた。


 もしも千花に許嫁がいることがバレてしまうと、口うるさい妹の悪口を永遠と聞かせられるに違いない。


「えっと、この人は綾間優香さんといって俺と同じ学校のクラスメイトなんだ」

「えっ……。お兄の女の子友達?」

「あぁ、アニメの話題で仲良くなって最近は結構遊んでるんだ」

「二人で? こんな美人でおバカそうな人と?」

「あ、うん」


 美人と言われ喜んでいるのだろうか。

 大ピンチなはずなのに隣に座る綾間さんはなぜかニコニコしている。


 それよりもおバカと言われているのを気にした方がいい気がするのだけど……。


「お兄、この人に壺とか買わせられたんでしょ」

「買わせられてない」

「それじゃあ、高級お試し美顔器とかでしょ」

「綾間さんは荒手のセールスマンじゃないんだが!?」


 俺のナイスツッコミもあっさりとスルーされ、千花は話を続ける。


「それで今日は何をしにきたんですか?」


 急に千花の言葉遣いが敬語に変わった。

 多分、綾間さんに質問しているからなのだろう。


 俺は千花にバレないよう綾間さんの耳元で、小声で指示をした。


「今日は、幸太くんと、遊びに、きた」

「そうなんですか……」


 なんだか片言だったけど、一応伝わったみたいだ。


「それで千花ちゃんは何しにきたの!!」

「私はお兄がちゃんと生きてるかどうか確かめに来ただけです」


 いやいや、安否確認しにくるならもっと早めにこいよ。

 ていうか俺は孤独死するほど孤独に生きてないんだけど?


「そーなんだぁ! お兄ちゃん思いなんだねー」

「そ、そんなんじゃないっ!!」

「あぁー テレてるねぇー」


 すごい、あの口うるさい妹を上手く黙らせている。

 恐るべしスキルだ。


「それで今日はいつ帰る予定なんだ?」


 さっき上手くはぐらかされたのでドサクサにもう一度聞いてみる。


「えっと、今日は泊まる」

「え、なんで? 明日、千花は学校があるだろ」

「ない。明日は文化祭の振替で休みになった」

「そうなんだ……」


 もしも千花が泊まるとなってしまったら、色々と不都合だ。


 綾間さんもこの家に暮らしているので他に行く宛はないし、かといって綾間さんが俺と寝室で寝るとなると怪しまれてしまう。


「今日帰れない理由とかあるのか……?」

「は? お兄には関係ないでしょ別に」


 プルルル プルルルルル  


「ちょっとここ空けるね」


 電話だろうか。千花はスマホを持ってリビングから出ていた。


 すると綾間さんがニヤッとして言った。


「今のうちに作戦立てとこうよ」






           ◆






「おまたせ、それで……。ん? 綾間さんは?」

「あぁー。綾間さんならもう帰ったぞ」

「そう……」


 それは嘘である。

 綾間さんと立てた作戦は、千花が電話をしている隙に綾間さんを寝室に隠し、戻ってきた千花には帰ったと伝える。

 そして朝、千花を早くに帰らすかして作戦は終了だ。


 なので俺もバレないよう表情を自然体を保たなければならない。


「晩御飯くらい食べて帰ってもらえばよかったのに」

「あ……。そうだったな」


 ここで大きなミスに気づく。


 綾間さんの晩御飯はどうすればよいかだ。

 勿論、寝室にいる綾間さんは一階のキッチンまで下りて食料を調達することは不可能に近い。なので俺がどうにかして寝室へと持って行かなければならないが、それも容易ではない。

 俺が晩飯を持って二階に上がったら明らかに変だから。


 ピロンッ ピロンッ


 スマホが二回鳴る音が聞こえて手にとって確認すると、綾間さんからのLINEメッセージだった。


 優香  『晩御飯どうしよう』


 優香  『私、今日は我慢しようか?』


 幸太  『いや、俺がなんとかするよ』


 優香  『了解。ありがとおー』


 食べさせてあげれないというのも良くないし、なんとかしないと……。


「なぁ、今日は久しぶりに出前でも取ろうと思うんだけど、いいよな」

「うん。別にいいけど」


 案外素直に答えてくれたので一安心だ。


「それで何がいい?」

「ラーメン」

「え、他には?」

「ラーメンはダメなの?」


 まさかの汁物……。


 二階に持って上がると、なるとかなりのリスクがあるので避けたいところ。


「じゃあ、ピザ」

「そうだな、そうしよっか」


 千花は不思議そうに見てくるが、俺は気づかないフリをしている。

 話しだすと何処でボロが出るかもわからないから、なるべく無駄な会話はしないように意識する。


 ――ピーンポーン ピーンポーン


 数分ほどテレビでお笑い番組を観ながらピザが届くのを待っていると、インターホンが二回鳴ったので玄関へ向かう。

 ドアを開けると予想通りピザの宅配で、料金を支払いピザを受け取ると助走をつけた。

 そして俺は速攻二階に上がって綾間さんの分の少し小さなピザを寝室のドアの前に置き、またリビングへ戻った。


「ピザ届いたぞ……はぁ」

「お兄、なんでピザ受け取りに行っただけで疲れてんの」

「男にはそういう時もあるんだ」

「なにそれ、なんかキモいし……」


 口の悪い小娘がっ!俺の苦労もしらないで……。


 そして千花は俺から目線を外し、長く黒い髪を後ろでくくってピザを取った。

 それに続いて俺もチーズが沢山のった美味そうなピザを取り頬張る。


 なんだか今までの苦労が一瞬にして報われるのが実感できるような気がして一人感動する。


「どう、美味しいか?」

「なんで私がお兄の前で食レポしなきゃいけないわけ?」

「そんなに強く言わなくてもいいだろ……」


 やっぱ女子怖えぇー。妹でさえ怖えぇー。


 千花の棘のついた言葉で心が折れそうな俺は、一件のメッセージが届いているのに気づく。


『幸太くん、ピザありがとう!! 大好き!』


 俺は綾間さんからきたメッセージの一文で気分が変わる、おめでたい幸せ者だった。




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