第2話 - 3 シュヴァルツ高等学校、交流戦 ~見えない剣撃
「勝者! シュヴァルツ高等学校大将、メアリー!」
審判の高らかな勝者宣言が、場内に響き渡った。目を閉じ、ホッと息を吐くメアリーと、うなだれる副将:シュツワート。その力量差は明らかであり、勝負と評せられるものではなかった。
先鋒:ベルゼム戦以降、メアリーはただ、早く終わらせる為だけに戦った。その姿は、まさに鬼神の如く。次鋒:シンシアは、多少の善戦はしたものの、防戦一方の末に押し切られて敗退。中堅:カリムは、剛腕を振るうも難なく
1年の担任ゴードンは、この時点で首を振り、奥の控室に引っ込んだ。たった一人の選手に、最後の一人まで蹂躙され尽くされるのは、見るに耐えなかった。
エレナ=クラーゼンは、目を見張った! メアリーとかいう1年生、とんでもない逸材じゃないか! うちのスカウトは、どこで何をしていたんだ?
メアリーの強さの基盤は、高い身体能力にある。天性の骨の柔軟性を持ち、その活かし方を知っている。全ての動きは体幹から行われ、骨をしならせた反発で加速。一定のレベルにまで到達すれば、誰もがある程度は得ている感覚であるが、その連動速度が桁外れだ。それを高身長の深い懐でやられるのだから、射程内に入る時点で困難を極める。
これでは、うちの1年生連中では付いていけない。ベルゼムに疲労がなく万全であったとしても、どこまでやれたか……。残されたトールも、少しは期待したが、このレベルではないだろう。もしもメアリーがクラーゼンに在籍していたなら、間違いなく獅子王杯に選出されていたに違いない。
「こいつは……」
エレナは思わず、爪を噛んだ。育ててみたい逸材が自らの手元にない事実が、腹立たしかった。
あと一人で、帰れる! ようやく見えてきた終わりに、メアリーの胸は躍った。結構、最初の人が強かったので、これは大変だと思ったけれど、他の人達はそうでもなかった。多分、強い順から並べたんだと思う。これなら最後の一人も、問題ないかな? 疲れも、ほとんどない。ウォーミングアップが済んで、逆によく動けるくらいだ。
「アラド=クラーゼン学院、大将トール、前へ!」
対峙した赤髪の少年は、いかにも凡庸そうだった。他の選手のようには、特に感じるものがない。気迫と脅えと緊張の入り混じった目は、メアリーと同様に経験の薄さを物語っていた。
相手の力量を察し、メアリーの力が抜けた。よく見ればこのトールという子、なかなか整った顔をしている。取り立てて際立ったパーツはないものの、全てが及第点以上で均整が取れている。人の良さそうな、ごくごく平凡なカッコイイ少年だ。
メアリーは他人があまり得意ではないせいか、自己主張の強い顔立ちが苦手だ。絵描きが表現する神話の英雄のような姿は、カッコイイと思う以上に近寄り難さを感じてしまう。これくらい大人しい顔立ちの方が、安心できる。
いやいや、和んでいる場合じゃないと、メアリーは気を取り直した。剣術に限らず、メアリーにも、相手を侮って痛い目に遭った経験くらいは何度かある。とにかく全力で終わらせて、早く帰る! メアリーの顔から、表情が消えた。
遠目から、ベルゼムに戦慄が蘇る。彼女が別人のように切り替わった、あの瞬間だ。
「トール! 来るぞ!!」
思わず、ベルゼムは叫んだ。瞬きの
メアリーは、上段に振り上げながら、跳躍するトールの姿を見た。え、何のつもり? 一か八かの玉砕戦法? 呆れた……。こんなもの、私が喰らうはずないじゃない。これじゃ、素人以下よ。ここでメアリーに、好奇心が湧いた。トールの渾身の一撃を、どんなものか受けてみようと思った。
え、消え……!?
と
遅れて、兜が真っ二つに割れて、頭部から滑り落ちる感触。中央部分で折られた自らの木剣を確認して、メアリーは敗北を悟った。自分は剣を折られ、寸止めの情けをかけられたのだ。兜を割って頭部を傷つけないなど、何という技量だろうか。
……涼しげな顔の裏で、トールは動転していた。寸止めで勝つのは予定どおりであったが、兜に当てるつもりはなかった。ほんの少しでも加減を間違えていたなら、大怪我では済まなかっただろう。……でも、これはこれでカッコイイから、狙ってやった
「勝負あり! 勝者、トール!」
誰の目からも、もはや勝敗は明らかだった。ルール上では、明らかなダメージを負うか、本人が負けを認めなければ勝敗は決しないが、それを指摘する野暮もいないだろう。
「何だ、今のは?」
エレナは、信じられないものを見た。開始ざまの跳躍は、明らかな愚行に思えた。子供のチャンバラごっこではないのだから、奇襲にしても稚拙すぎる。この時点で、トールの敗北は決定的だった。
しかし次の上段斬りは、常軌を逸した鋭さだった。おそらくメアリーには、消えたように見えただろう。そして、兜を割る寸止め。狙ったのだとしたら、1年生の、いや学生のそれではない。自分でも、実戦で同じ芸当ができるかどうか。
場内は、少人数とは思えない大歓声に包まれた。クラーゼン贔屓のおばちゃんは、なぜか国家を熱唱しながら、よく解らないクネクネとした動きをしている。
右足を引きずりながら、カリムがトールに駆け寄った。
「すげーな、お前! あんな兜割り、どこで身に付けやがったんだよ!?」
トールは少し困った様子で、照れ笑いを浮かべた。
やはり、凡庸にしか見えない。メアリーはまだ、現実感を取り戻せずにいた。……こんなに普通っぽいのに、すごく強い! メアリーの眼差しに、ある色がこもった。……ギャップ萌えだ。
歓喜に湧くクラーゼン陣営にあったが、ただ一人、ベルゼムだけは座して沈黙していた。
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