第1話 - 5 獅子王杯に向けて ~『与える者』

 その存在にあるのは、自分は自分であると認識する自我と、一つの意志のみであった。価値観や感情といったものは、持ち合わせてはいない。必要がないからだ。物質としての、姿形もない。誰も名付けていない為に、名称はない。ただここでは便宜上、その役割上から『与える者』とする。


 与える者は、強く切実な思いを察知した。「棒状の物を、より迅速に惑星の中心に向かって移動させたい」とする欲求だ。与える者は、彼に身体操作感覚と筋力増強をもたらした。身体操作感覚によって、体幹から末端への連動性が増し、動作は格段に合理化された。筋力の増強には相応の時間がかかるが、それと共に更なる向上を得られるだろう。


 しかし彼の要求との間には、まだ隔たりがあった。現状の肉体の延長線上では、これ以上の大きな上積みはない。そこで与える者は、空間と物質に関する一部の権限を付与した。空間内で物質が移動することにより、時間という概念が生まれる。これにより彼は、任意に落下距離と時間を、限定された空間内で設定できるようになった。


 与える者は、最後の一振りの速度と衝撃を確認して、彼から意識を離した。以降、彼は与える者の記憶には残らず、二度と認識もされなかった。

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