第1話 - 4 獅子王杯に向けて ~研鑽

 トールは考えた。交流戦の最低限の目標は、勝てないまでも学院の名誉に泥を塗らないこと。最高の目標は、勝利した上で獅子王杯に選出されること。最低限であれば、おそらく現状でも何とかはなる。しかし獅子王杯となると、ハードルが高い。普通に考えれば、まず不可能だ。学年主席のベルゼムでさえ、当落線上のやや手前。彼に追い越した上で、違いを見せなければならない。


 ベルゼムを基準にして、トールに勝っている要素はない。彼は穴のないオールラウンダーで、トールとは同じタイプの上位互換と言える。体格でも、中肉中背のトールより、二回りは上だ。少なくとも何かで彼よりも秀でて、それを戦術上の優位に昇華させなければ、わずかな可能性すらない。


 そこでトールは、一振りの剣撃に到達する。最速最強は、重力を味方に付けられる上段斬りである。しかし振り上げる予備動作から、隙も大きい。故に、トールはあまりこれを磨き上げて来なかった。だからこそ伸びしろは大きい。今から変われるチャンスがあるとしたら、これだろうと思った。


 とは言っても、可能性を見出したというレベルではない。圧倒的な絶望から、いくらかマシな絶望になる程度の話だ。常人であれば、ここまで考えるまでもなく諦めてしまうだろう。もしくは絶望と知りつつ、挑戦する気分だけを味わおうとする。挑戦した事実が重要であるから、具体的な達成ビジョンは存在しない。挑戦自体が目的化する。


 だがトールの場合には、少し違った。ほんの僅かな可能性であっても、本気で具体的な達成ビジョンを考え、現実化させようとする。可能性の高いものを選択する意識はあっても、低いからといってモチベーションは下げない。目標がそこにあるから、試行錯誤で全力を尽くすだけ。見込みの大きさは、トールにとって関心の外であった。


 トールの研鑽は、振り上げから始まった。中段、下段、足の位置、身体のねじれ、身体の傾きや重心、あらゆる条件下で、上段に振り上げる最適解を模索する。振り上げの軌道、身体のどの部位にどう意識を持つのか。振り上げるだけでは駄目で、振り下ろしへの動きの連動性が高くなくてはならない。一つ一つ感覚を研ぎ澄ませながら、改良に改良を重ねていく。そして振り下ろす動作についても、同じ作業を続ける。


 ただ速く、ただ鋭く、トールは素振りを繰り返した。適宜、修正を加えながら、現時点での最適解を刷り込ませていく。次第に軌道は安定し、キレが増すと共に風切り音も重く鋭くなる。端的に言うなら、さまになってきた。


 5日ほど経過した時点で、いよいよ成長速度が極端に鈍化するようになった。ひらめく、気付く修正も稀となり、進化がない。このまま続けても、マイナーチェンジを重ねるだけだ。いや、それ自体は素晴らしいのだが、現時点のレベルで止まってもらっては、獅子王杯には届かない。


 そこでトールは、考えるのを止めた。速く! 鋭く! の意識を残して、他の思考は止める。無に近づき、潜在意識を優位にする。この行為には、トールの経験による裏付けがあった。疲労と眠気によって意識がぼやけていたところ、いい加減に放った突きが、人生で最高のものであった。それを再現しようと何度も試みたが、未だ正解には到達できていない。もしも錯覚でなければ、無意識の中にこそ、真の最適解が存在している。


 同じ潜在意識の気まぐれを、今、迎え入れようというのである。そして次こそは、何がどうしてそうなったのかを把握し、再現可能なものとする。たった一回の経験だけを頼りにした、細い糸を見つけて渡るような話である。しかし希少性が高いほど、得られた時の報酬も大きい期待もあった。


 無心による感覚の冴えは、トールの剣筋をより向上たらしめた。過去に掴み取った幾つもの正解が、より深く肉体に浸透して融合し、新しいものに更新されていく進化。トールは更なる高みを、無心で模索する。


 四時間ほど経過した時点で、それは起こった。トールから肉体の感覚が消え去り、激しい雷のような音が轟いたと同時に、大きく陥没した地面を認識する。木剣は根本部分を手に残して、消失していた。

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