第1話 - 3 獅子王杯に向けて ~ゴードン先生の檄と慈愛
「ぃよっしゃー!」
交流戦、選出の報を聞き、トールは拳を突き上げた。教室の他の生徒たちからも、祝福の声と拍手が響く。
「落ちこぼれが、せいぜい恥をかくんじゃねーぞ!」
と揶揄したのは、悪友のカリム。長身にがっしりとした体躯、
トールが落ちこぼれであったのは、入学当初の話である。他に辞退者が出てギリギリで滑り込めた、補欠合格だった。座学は程々であったが、身体能力は並で、剣術の実技はそれ以下。学年最弱の一角からのスタートだった。
それが9カ月で、驚くべき成長を遂げた。身体能力を上げる基礎訓練も決してサボらず、地道に剣術の研鑽も積み重ねてきた。特に基礎に対する意識は高く、誰よりも反復練習を繰り返した。
特殊な才能やセンスがない分、トールは基礎固めに賭けた。基本動作、正しい型を体に刷り込ませる程、武術の所作は洗練される。その先にしか、到達し得ない頂がある。という学長の言葉を、トールは「才能は後からでも作れる!」と解釈した。
気付けば、トールは学年の中で頭角を現していた。どのような強い相手でも、試合らしい試合を成立させる。学年主席のベルゼムを相手にしても、一度だけだが、引き分けに持ち込んでいる程だ。勝ち切れないまでも、簡単に負けもしない。その姿から、好意的な評価ともどかしさをもって、『善戦のトール』という異名も定着しつつある。
トールの努力の積み重ねと成長を間近で見て知るからこそ、交流戦への選出に、クラスの誰もが納得した。ただ同時に、それは言ってみれば、数合わせの無難枠であるとも察せられた。
「おいおい、カリム。この前、勝ったのは僕の方だよな?」
「馬鹿やろう! あんなもん、負けに入らねーよ!」
トールも負けじと、煽り返す。前回の模擬戦では、確かにトールが勝利を収めている。しかしそれは、あくまでもルール上での話。決められた印に当てた方の勝ち。それ以外の箇所では、ポイントにならない。このルールでは、
「静粛に!」
教師ゴードンの一喝で、教室は静まり返る。痩せた白髪の初老とは言え、元国軍の少佐にまでなった男である。その存在感と迫力は、学生の跳ねっ返り辺りでは相手にもならない。
「既に説明したように、今回の交流戦は獅子王杯に出場する選手を見極めるものでもある。……正直、私はお前らの中に、相応しい剣士がいるとは思っていない。どうせなら、才能ある上級生に機会を譲るべきだと考えている」
一年生、47回生は外れ年であると、彼ら自身も承知していた。ゴードンの無遠慮な言葉に、劣等感と悔しさの混ざった重い空気が教室に広がる。
「……だが、お前らは若い原石だ。悔しかったら、この短期間で化けて見せろ。獅子王杯を、自らの力で勝ち取れ」
一年生筆頭のベルゼムは、これを主に自分に向けた言葉だと受け取った。精悍な顔立ちが、さらに野性味を帯びる。
選出された5人の表情が引き締まるのを確認して、ゴードンは深く頷いた。ベルゼム、カリム、シンシア、シュツワートにそれぞれ激励を与え、トールに目をやる。この平凡な若者が、よくここまで来たと感心する。
「トール、お前は強者を相手に、何かが掴めれば良い。余計な事をして、自分を崩すな」
努力する教え子を、好ましく思わない教師はいない。トールは愚直なまでに、教科書通りの努力を積み重ねている。ここで獅子王杯に出ようと色気を出せば、余計な事をしてその軌道から外れかねない。
おそらくトールの終着点は、優れた中堅どころだ。特別ではない代わりに、弱点もなく高いレベルで何でも出来る。凡庸な人間は、正しく優れた凡庸を目指すべきだ。ゴードンは長い教師生活で、特別さに憧れ、あるいは気圧され、挫折や遠回りをした生徒を何人も見て来た。その中においてトールは、最初から正道を歩く、ある意味では理想的な生徒だ。ここで、道を誤らせたくない。
確かトールは、軍属を志望していたはず。指揮官にとって、弱点のない優秀な兵士は有難い存在である。強い我を持たない兵士は、戦術に忠実に動いてくれる。
「はい! しかしチャンスがあるなら、挑戦したいです! 僕なりに精一杯、頑張ってみます!」
トールのキラキラした顔と声に、ゴードンは眉をしかめた。方向性が間違っているからといって、やる気そのものを否定するのは、愚の骨頂である。トールもまた、どこかで自分の平凡さを知らなければならないのだろう。道に迷うなら、正しい道を照らして見せるのが自分の役割だ。
「解った。なら、やるだけはやれ!」
ゴードンの声は、慈愛に満ちていた。
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