第1話 - 2 獅子王杯に向けて ~突出した者のいない状況

―――時はさかのぼって、およそ一月前。


 アラド=クラーゼン学院では、とある一つの小さな問題が話し合われていた。獅子王杯に一年生を出すか否か、意見がまとまらない。例年であれば、一学年に一人ずつ、3人の出場枠が割り当てられる。しかし2年生・3年生は問題ないのだが、1年生で目ぼしい生徒が見つからない。全体として小粒で、突出した実力の持ち主がいない。


 それなら2・3年生からもう一人、選べば良いという話ではある。ただ一学年から一人が選出されるのにも、生徒の意欲を向上させるという意味がある。あくまでも例年通り、学年ごとに公平に割り振るべきという意見と、折角の機会を凡庸な生徒で浪費すべきではないという意見とが対立し、会議は長らく結論を出せずにいた。


 数秒の沈黙が訪れたタイミングで、学長・エレナ=クラーゼンが口を開く。


「では、再来週に行われる他校との交流戦を、獅子王杯のセレクションにしてはどうだろうか? この短期間で成長する者が現れれば良し。さもなければ、上級生から適任を選ぶ。……どうかな?」


「しかし学長、たったの10日で急成長するとも思えません」


 異を唱えたのは、一年生担任のゴードン。広く注目を集める獅子王杯で醜態を晒すのであれば、まだ出さない方がマシという慎重派だ。


「ゴードン先生、若い原石は、ちょっとした切っ掛けで大きく成長するもの。我々の役割は、その機会を提供すること。違いますか?」


「……はい、学長の仰る通りだと思います」


「よし、では決まりだ! 皆も、異論はないな?」


 学長の一言から、場は決した。これなら、どちらの立場でも顔が立つ。また仮に獅子王杯の枠から外されたとしても、1年生の不満も小さく抑えられるだろう。会議出席の一同から、賛意が示される。


 エレナ=クラーゼンは、前学長であった父の後を継ぎ、昨年、32歳という若さで異例の就任をした敏腕である。女性にしては長身で、長い黒髪に凛々しい美貌。女帝の異名が定着するのに、さほど時間はかからなかった。


 交流戦の選出については、従来にあった通り、ゴードンに一任された。その場で、候補者が挙げられていく。筆頭は、主席のベルゼム。他の学年であっても、3、4番手あたりには付ける実力者である。ここで一皮むけてくれれば、という期待も高い。続いて、カリム、シンシア、シュツワートの3人。それぞれ全体の完成度は低いが、能力や才能において特別なものを持っている。短期間では難しいのは承知だが、伸びしろという意味では面白い。


 ただ5人目となると、やや難しい。あとは似たり寄ったりで、大成しそうな何かを持ち合わせていない。少し悩んで、ゴードンはトールの名を挙げた。これといった長所もないが、逆に短所らしい短所もない。可もなく不可もなく……よりは少し上のオールラウンダーだ。獅子王杯の候補としては考えられないものの、アラド=クラーゼン学院、1年生の代表選手として出す分には恥ずかしくない。

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