第9話

「うわああああっ」


 誰か、男の人の叫ぶ声が聞こえた。

 自殺をしたのだから、地獄かもしれないとも思った。けれど、その声は地獄のような阿鼻叫喚というよりは、ただただ驚いただけのような声だった。


 僕はゆっくり目を開ける。目を開けたにもかからず、周りはほとんど見えない。

 けれど、薄暗い中でも目立っていたのは、肌の白い男の顔だった。男は目の前でアゴが外れるんじゃないかってくらい大きな口を開けて、見覚えのある槍を両手で持ちながら震えていた。


「ここは・・・」


 僕は辺りを目を凝らして見渡すと、ルトゥスが同じ体勢で倒れていた。


「なっ・・・なんでっ」


 僕は死んだはずなのに、僕は生きていて、同じく死んだはずのルトゥスは死んだまま。あまりのショックに妄想でもしていたのだろうか。どこからが事実で、どこからが妄想や夢だったのかわからないけれど、僕は慌ててルトゥスに触れると、彼は人肌の温もりがなく、固くなっており、彼の服に付いていた乾いた血がパリッとひびが入って欠け落ちた。


「そんな・・・っ」


 どうせ、夢と現実が混ざり合っているならば、僕が死んでいるのが真実で、ルトゥスが死んでいるのが夢だったらいいのに。僕のそんな淡い望みは、どこを探しても叶う見込みがなく、彼が死んでいることを告げていた。


「なんでも、こうでもねぇっ。おめさは何者なんだ?」


 男は槍を僕に向けながら、距離を取り尋ねてくる。拳闘大会では優勝したけれど、なめられがちな僕がこんなにも怖がられるなんて、生まれて初めてのことだったので困惑していしまう。


「僕は・・・バルトです。ゼントリウスの息子、バルトです」


「ゼントリウス・・・?もしかして、不死の男、ゼントリウスの息子とはお前かっ!!」


 大声を出して、槍で僕を威嚇してくる男。

 僕はしまった、と思った。

 なぜなら、父さんの名をむやみに人に言ってはいけないと母さんからきつく言われており、信頼がおける人物であるルトゥスにしか話をしていなかったのに、あまりに怯えていたものだからつい喋ってしまった。


「どおりで、槍を抜いたら生き返るわけだっ!!」


(生き返る?)


 僕は胸のあたりをさすると、服だけ破けていて、僕の肌は何事もなかったようにきれいなままだった。


「僕は・・・生き返ったの?」


「生き返ったんじゃなきゃ、死んだふりしてただけだろうがっ、気持ち悪りいっ」


 男の顔は明らかな嫌悪だった。僕は立ち上がって男に近づこうとすると、槍を持った男は後ずさりをして、槍をもっているんだとアピールするように槍を震わせて再度威嚇してくる。けれど、今の僕はそんな槍に恐れる気は全くなかった。


「やめろっ、死にてぇのかっ!!」


 僕がその槍を握ると男が叫ぶ。

 いつもなら、男の顔が恐怖で顔をこわばらせているだけかもしれないとはいえ、鬼気迫る顔で怖がったかもしれない。ただ、今の僕には恐れる理由がなく、そんな僕の余裕そうな態度のせいか、男の持っている槍には力が入っていないかった。


「えぇ、死にたいんですよっ」


 僕は微笑みながら、もう一度心の臓をめがけて槍を指した。

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