第10話

「うっ」


 槍が胸を貫いたのとに合わせて、再び胃と胸のあたりから血がこみ上げてきて、口から血が出てくる。

 そして、激しく血が出てきたことで、血の気が引いていき、痛みを感じる感覚が失われていき、少し気持ちよくなる。


「ひっ」


 男は人が目の前で死ぬのにびっくりしたのか、勢いよく槍を引っ張る。

 

「かはっ」


 意識が再び戻ってくると、胸に痛みと痒みが出てきて、自分の胸の風穴が元通りになっていくのがわかった。

 

「なんだよ・・・これっ」


 僕は何にも思い通りにならない結果に、地面に膝を付き、自分を抱きしめながら泣き崩れた。

 そんな僕を見て、男は気味悪がって再び後ずさりをしている。それも、仕方ないことだろう。自ら笑顔で死に向かい、血を吐き出したと思ったら、傷口が回復して、今度は生に戻ってきて涙を吐き出しているのだから。

 

(こんなの・・・・・・茶番じゃないか・・・っ)


 今まで死ぬことが怖くて、戦争だって、喧嘩や組手、剣の手合わせを恐れていた自分。

 それでも生き抜くために、ルトゥスと一緒に剣の稽古や、拳闘を磨いた自分。 


 そして・・・不死不傷の自分を守って死んだ生身のルトゥス。


 全ての努力やルトゥスの善意が無駄。

 

 そんな気がして、胸の中で得体のしれない感情がぐるぐる動く。吐き出せるのであれば、早く吐き出したいくらい気持ちが悪い。こんな不条理な世界から逃げたいのに逃げられないなんて、これは生き地獄とでも言えばいいだろうか。


 しかし、下を向いて地面を見ても、地獄は変わらない。僕は地上には神も仏もいないことを悟り、どうしたらこの地獄から逃れられるか考えていたら、空を見上げていた。


 星があった。


 どの星にも負けないくらい強く輝きは弱った僕がすがるには十分な魅力だった。


 僕は両手を組み、訴えた。


「おおっ、神よ。偉大なる神。今まで、死を恐れて来たけれど、僕は死んでも構わない。だから、ルトゥスを生き返らせてくれ。僕なんかが生きるよりも彼がこの世にいた方が何百倍も世のためになるっ!!」


 僕は目をぎゅっと閉じて、念じる。

 けれど、天はうんともすんとも言わない。


「おい、お前・・・っ」


 男が槍を大事そうに抱えながら尋ねてきたが、僕は彼を無視して必死に祈る。

 ・・・けれど、何も起きない。


「おい・・・」


 祈りが無意味であれば、何が必要か?

 神は僕に気づいていないのか、無視しているのか。


(どちらにしても、何かが足りない・・・っ。何かが・・・っ)


「貸してっ」


「うわっ」


 男から僕とルトゥスの血が付いた槍を奪い取る。忌まわしいこの槍が僕らの最後の繋がりだ。

 生と死を別けた槍。それを僕はぎゅっと握りしめ、天に掲げる。


「天よ、神よっ!!僕が見えないのかっ!!僕はああああっ、ここだああああああっ」


 一瞬だった。

 天がぴかっと光ると共に槍に雷が落ちた。


「うわああああああっ」


 傍にいた男が尻餅をつきながら叫んだようだ。

 僕はちらっとそれを見て、光に包まれた。

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