中編

北神さんとの出会いから数時間、18時過ぎ。私やお母さんは浴衣に着替え、おじいちゃんとおばあちゃんは身軽な滑降に着替えている。

太陽は水平線に近づき、夕焼けが町を赤く照らし出したころ、おじいちゃんが家族みんなに声をかけた。

「そろそろ時間じゃ。目印になるお面をつけて、表じゃなく神社裏の方の神楽堂に行くぞい」

そういうと、おじいちゃんは時代劇で見るような、白い狐の面を人数分並べた。

「別に被らんでもええ。横にずらしておくだけでも、十分目印としての役割はするからの」

並べられたお面から1つ手に取って、顔の横に来るようにお面をつける。被るのは子供みたいで当然恥ずかしいんだけど、この年でお面というのもやはり恥ずかしい。

「優香、ぼーっとしていないで。行くわよ」

お母さんの声。私は慌てて、玄関にかけていき、草履を履く。

「優香、走ったりすると着付けくずれちゃうわよ」

「はぁい」

お母さんからの注意。私は生返事で返す。家から神社まで近いとはいえ、この格好を知り合いにみられるのは、やはり恥ずかしい。家族の中に埋もれるように入りこんで、神社までの短い道を歩いていく。すると気が付いたことがあった。私のように子供というわけでもないのにお面をつけている家族連れがちらほらといるのだ。その中に、私は友達の姿を見つけた。

(そういえば、亜希のお兄さんも去年、海で流されて…)

お通夜で、泣きじゃくってる友達の姿を思い出して複雑な気分になった。『陸に戻す』ことがもう一度会えることをいうのなら、傷の癒えていない人たちにとっては残酷なんじゃないかと思う。私は5年たって、お父さんのことは消化できたと思ってる。だけど、まだ1年しかたってない人はどうだろう。私なら、まだ現実をうけいれることはきっとできない。また、モヤモヤした気持ちを抱えながら、私は鳥居をくぐった。鳥居から見上げる本殿からは、提灯の明かりと屋台の食べ物の匂いが漂ってくる。

「お母さん、神楽までまだ少し時間あるみたいだし、ちょっとだけ屋台回ってきていい? 食べ物を買ってくるだけだから、リクエストあったらきくよ」

そう言って、石段を駆け上る。

「仕方ないわねぇ。優香、はし巻きとたこ焼き2つずつ…ううん、たこ焼きだけは3つ買ってきてちょうだい。お父さん好きだったから。お金は家に帰ったら渡すから」

「了解~、はし巻き2つ、たこ焼き3つだね。すぐ買って神楽堂にいくわ」

私は石段の下からの声にそう返すと、縁日の屋台の中へと歩き出した。周りを見ると、やはりちらほらと私みたいにお面をつけている人がいる。その足はみんな表ではなく、神社裏の神楽堂へと向かっている。お面をつけていない人たちは表の神楽堂へと足を向けている。人の流れを目で追いながら、私は頼まれたものを屋台で買って、お面の人たちの流れに紛れていった。神楽堂へと着くと、太陽は水平線に半分以上沈み、篝火だけが照らすこの場所は人の顔が分からないような暗さになっていた。ふと、古文の先生の言っていた言葉を思い出した。『誰そ彼時』、『逢魔が時』どちらも同じ時間帯を指し、行き交う人が誰なのか分からない、いや、それどころか、それが人なのかそれ以外の者なのかすら分からない時間帯。夏の暑さが残っているはずなのに、私の背筋を冷たいものが通った。

「優香、こっちこっち~!」

足を止めてしまっていた私に、まだ私が見分けられたのだろう、お母さんが声をかけてきた。私は何かから逃げるように、家族のもとへとかけていった。私の家族は神楽堂の正面、一番前にいた。神楽堂は三方の戸を外して中がよく見えるようになっている。ここで、北神さんは舞うのだろう。どんな神楽を舞うのか、そして神楽を舞った後、何が起きるのか、不安と好奇心が混ざった気持ちで私は神楽堂を見ていた。太陽が水平線へと沈むころ、時が来たのか神主さんが、祭文を歌い上げ始めた。すると、多分北神さんだと思われる長身の人が姿を現した。推測でしかないのは、出てきた人は神社のものであろう黒い龍の面を被っていたから。男の人と思うのも体格から判断しているだけ。服装は、闇のような黒色の狩衣に白い神官用袴、それに白い足袋を履き、両手には神楽鈴を持っている。北神さんが摺り足で数歩前に出てくる。ざわついていた神楽堂周辺が水を打ったようにしんと静まり返る。屋台や祭りの音も遠く、まるでこの一角だけ切り離されてしまったかのように感じる。いや、きっと切り離されたのだろう。ここはもう別世界だ。いよいよ、50年に1度の神楽が始まる。

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