「誰そ彼に海は泣く」 剣の杜

@Talkstand_bungeibu

前編

私の住んでいる町には、海の神様のお祭りがある。漁師町だからだろうか、豊漁を願いお神輿を担ぎ、巫女の人たちの神楽が舞われ、夕方には屋台が出て縁日が始まる。

だけど、どうも今年は違うらしい。50年に1度、他の町から神楽を舞う人を呼ぶらしい。しかも男の人だという話だ。

午前中のお神輿の練り歩きが終わると、母さんが懐かしそうに呟いた。

「あの人も、このお祭り好きだったわねぇ」

過去形。そう、私には父さんがいない。父さんは5年前に漁船の事故で海で亡くなった。今は祖父母と母さんの4人で暮らしている。縁日や神楽の奉納は夕方から、まだ時間が有り余っている。暇だったので、おばあちゃんに50年に1度のお祭りの話を聞いてみた。

「ねぇ、おばあちゃん。今年のお祭りって神楽を舞う人が男の人だってこと以外、何が違うの?」

「今日のお祭りは海で亡くなった氏子を神様が陸に戻してくれるんじゃよ」

「陸に戻してくれる?」

「そうじゃ、お父さんに会えるぞ」

「ふぅん…」

あまりにも突飛な話で、私はおばあちゃんの話を疑ってしまった。お父さんに会いたいかと言えば、会いたい。高校生になった私を見てもらいたいけど、死んだ人は返ってこない。それが、普通だ。なんだかモヤモヤして、私は外に出た。

「お母さん、道の駅まで行ってくる~」

「いいけど、夕方の神楽までには帰ってきなさいよ」

「分かってるって」

そういって、私は町の道の駅へと自転車を走らせた。少し視線を外せば海が見える。海は好き、とは言えなかった。父さんを奪った場所だからだ。父さんに会えるというおばあちゃんの言葉にモヤモヤしながら自転車をこいでると、そう遠くない道の駅に到着してしまった。そこで、この町であまり見ないバイクを見かけた。田舎過ぎてツーリングに来る観光客もあまりいないこの町では、結構目を引くバイクだ。バイクを眺めながら、自転車を駐輪場に置きにいこうとすると、道の駅の中から見たことのない男の人が出てきた。身長は180cmは軽く超えていて、髪の毛は逆立って鳥頭とでも言いたくなるような髪型だ。顔立ちは野性的で、結構私の好みのタイプだったりする。思わず見とれていると、男の人が話しかけてきた。

「お嬢さん、この町の人?」

「あっ、はい。そうですけど…」

「ちょっと、神社の場所教えてほしいんだけど、浜石黒龍神社ってどの辺か分かる?道の駅の人、あいにくこの町の人じゃなくてわからなかったんよー」

浜石黒龍神社、今日夏祭りをしているうちの近くの神社のことだ。その道ならわかる。

「黒龍神社なら、この先もう少し道なりに行ったところです。海側に岩がせり出ていて、広場になっているので目印になると思います」

「もうちょい先ね。ありがとう、お嬢さん。神主さんとの打ち合わせまで時間ギリなんよ」

「神主さんと打ち合わせ? お兄さん、今日の祭りと何か関係があるの?」

「あり? この町の人なら50年に1回の祭りのこと知っていると思ったんだけど…」

「あー、おばあちゃんから聞きました。確か男の人が神楽を舞うって…、もしかして!」

目の前の男の人を見て驚いた。もっと年のいった人が舞うものばかりと思っていたからだ。目の前の人はどう見ても20歳かそこらにしか見えない。

「そう、俺が今年のカムナギに呼ばれた北神ってもんだ。見た感じ、お嬢さんも夕方の神楽を見る資格があるみたいだな。目印のお面を忘れずに夕方の神楽、ちゃんと来るんだぞ。陸に戻せるのは今宵一度限りだからな」

北神さんは私の目をじっと見てそう言った。『陸に戻せる』、おばあちゃんも言っていた言葉だ。心がざわつく。そんな、私の心も知らず北神さんはヘルメットを被るとバイクにまたがる。

「んじゃ、夕方にな、お嬢さん」

そう言って北神さんは神社に向かって行ってしまった。『陸に戻せる』その意味が分からない。だけど、この言葉を聞くたびに何故か心が落ち着かなくなる。北神さんが言ったことも謎が残るけど、夕方の神楽を見ればきっと分かるんだろう。そう自分に言い聞かせて、私は家へと足を向けた

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