第5話

「ついて、ついてっ!!」


 私は声を出して、ドリブル突破しようとする選手に前にいる横沢さんがつくように指示して、前を狙う選手をマークしながら、ラインを意識する。


「よしっ、いけっ」


 パスを出すところを埋めた結果、相手選手はパスミスをしてこちらのボールになり、どんどん前へボールが繋がっていく。それを私は歩きながら、眺める。


 長谷部さんの言葉は私に効いた。

 本当は叫びながら、走り回って相手を乱したり、相手のエースストライカーの体力を削りたい。そんな風に頭を空っぽにできるプレーをしたかったけれど、私のポジションはクレバーであり、フィジカルであり、相手次第の最終防波堤だ。


 ピッ


 おっと、コーナーキックになったようだ。


「田島っ」


 桜さんが監督を指さす。

 私が監督を見ると、参加しろの合図だった。


 バシンッ


「今日のあんた、輝いているよ!!特におでこがっ!!」


 桜さんが私の背中を叩いて、ヘディングシュートを決めてこいと、自分のおでこをつつきながら鼓舞してくれる。


「はいっ!!」


 条件反射だけど、遅れて気持ちが乗ってくるこの感じ。

 

(いつもの私だ)


「くっ」


 ポジション争いで相手選手に押される。

 けれど、ここは負けられない。

 私もふんばって自分の、仲間の空間を確保する。


 ピッ


 コーナーキックを蹴るのは百瀬さん。

 助走からゴール付近にふわっとしたボールを入れてくれる。

 

(きたっ)


 私は自分と相手選手、そしてキーパーの位置を確認した。


「うおおおおおおおっ」


 私が全力で飛ぶと、3人くらい一緒に飛んでほとんど身動きの取れない状況でボールが来る。

 けれど、ここが私のふんばりどころ。

 私はなんとか、自分の側頭部に当てた。

 本当はおでこで強いボールゴールへ送りたかったけれど、それはこの場面では無意味と判断した。


 ボールは威力が落ちながらもゆっくりと前へと進む。


「それよ、それそれ。さっすが、#頭のいい__・__#田島さんっ」


 私が落としたボールの周りには空間ができていた。

 そして、日本一嗅覚のいい長谷部さんはそれを見逃さなかった。



「ゴオオオオオオオオオオーーーールッ!!!」


 みんなで、長谷部さんに抱き着く。

 観客が最高潮に湧く。


 みんなから逃れるように私のところに来て抱き着く長谷部さん。私の頭を両手で引き寄せて、おでことおでこをぐりぐりっとする。


「タジマーーーーーーーーっ」


「ハセベーーーーーーーーっ」


 人の名前を呼び捨てしたのなんていつかはわからない。

 だから、恥ずかしくて仕方なかったけれど、それ以上に嬉しさがいっぱいだった。


 私の見える世界が満面の笑みの長谷部さんの顔で埋め尽くされて、見惚れていたら、みんなに私も巻き込まれながら抱き着かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る