2-3:秋の収穫祭「ドラクリアフェスト」

 実りの秋は終わり、厳しい季節が近づいてくる。


 秋と冬の狭間のころ。

 涼しげな季節がもたらす収穫を終え、厳しい寒さに備える時期だ。

 アラドンが暮らしていた街と、森を挟んで反対側。普段ニーナが買い物や商売に使っている街で、大きな聖堂を中心とした街並みが広がっていた。


「うわぁ……今日って祭りか何かなの?」


 そこに、大きな荷物を背負ったアラドンとニーナの姿があった。

 街には色とりどりの飾りつけがなされ、軒先には竜の頭を模したランプが吊るされている。見たことのない光景に、アラドンは心踊らしていた。

 夏を過ぎてだいぶ涼しくなったというのに、彼の恰好は夏のころとあまり変わらない。

 だが、両手両足に不健康な印象はなく、日に焼けた肌は快活さとやんちゃさを両立していた。


「竜奉教会の主催する収穫祭です。軒先に飾られた竜のランプは、その証拠ですね」


 アラドンはランプをじっと見る。

 その形は鋭い鱗に覆われ、厳つそうな形状をしている。初めて竜に彼が感じた印象とは真逆の印象を覚える。


「なんか、あんまりニーナに似てないな」

「世間的な竜種のイメージはこんな感じですよ。わたしみたいな、羽毛に包まれた竜のほうが希少種にあたりますから」

「そうだったんだ……。あんまり、可愛くないな」


 ペシッ、と長い鼻先を弾く。ぶらぶら揺れるランプへの興味はそれで薄れたのか、彼の視線は街に広がる匂いと屋台のほうに向かっていく。

 一方、彼の言葉を聞いたニーナは、少し惚けたような顔をしていた。


「か、可愛い……わたしの竜の姿が、可愛い……ふひっ」


 嬉しそうにはにかんだ彼女は、上機嫌になってアラドンを追いかける。

 街では大勢の老若男女が問わず、片手に麦酒ビール、もう片方の手で隣人の肩を組んで騒いでいる。夏場に寝かせておいたビールは格別の味のようで、そこら中で酔っ払いが笑い合い、ののしり合い、収穫祭を楽しんでいた。


「オレのいた街では、もっと静かなもんだったんだけどな」

「アラドンくんがいた街は、竜奉教会の影響が薄いようなので、わたしも行かないようにしていましたが、街ごとで全然違うものになるのですね」

「向こうだと、篝火を焚いていたけど、竜を崇める感じじゃなかった。動物や収穫物を捧げたりして、最後には生贄を燃やした炎をそれぞれの家に持ち帰るっていう行事があるくらいで、こんな屋台はなかったね」


 生贄を燃やした炎を持ち帰るのは、その火が聖なるなものだからだ。家の中を清め、外部からの悪いものの侵入を防ぐという意味を込めて、火を扱っていた。


「収穫祭の日は必ず生贄が丸焼きで道に残されるから、結構派手に取りあったなぁ。冬に備えるために殴り合いだってした覚えがあるよ」


 しみじみと過去の体験を語るアラドンに、さすがにニーナも苦笑いを返すしかない。気分を変えようと、この街の伝統を話す。


「この街のランプも似たような意味だそうです。ただ、生贄を燃やす火ではなく、竜の吐く火を模しているのだとか」


 竜を崇めるこの街だからこそ、祭りにもその特色が現れるのだろう。


「アラドンくんが知っている収穫祭は厳かなものだったということは、サーカスは見たことありませんよね」

「サーカス……? ああ、旅芸人の一座のこと? うん。街頭で宣伝代わりにちょっとした芸を見せてもらったことはあるけど、あのでかいテントに入ったことはないよ」


 人々の渋滞の中でもひときわ目立つ、巨大な天幕がある。その中では旅芸人の一座が盛大なショーを行っていると、話では聞いた事がある。

 だが、入場料を払えるはずもなく、アラドンには無縁のことだった。


「入場前の広場で物乞いしたこととか、スリをしたことならいくらでもあるけど、人が多すぎて逆にやりづらいんだよな。逃げるのが大変で」

「ここではやらないでくださいね」

「当たり前だ!」


 さすがに常識を疑われたと思ったのか、アラドンも語気を強めて返す。冗談だと返すニーナに、彼も肩を竦める。

 今現在のアラドンは、ニーナのおかげでそれなりに小綺麗な恰好をしている。そんな彼を盗人やスリだと思う人間はほとんどいない。

 背負った荷物も相まって、収穫祭に合わせて訪れた商人だと思われることだろう。


「一先ず、背中の荷物を預けに行きましょう。収穫祭を逃すと、わたしたちの商品を買ってもらう次の機会まで、結構な間がありますから」

「ワインとか干し果物は向こうの店で、皮製品や牙の加工品は、あそこだな」

「はい。手早く卸して、お祭りを楽しみましょう!」


 ニーナの号令に従い、アラドンは足早に歩き出す。

 街の外部から来る商人の一人としてニーナは認識されており、三百年に渡り代々娘が商品を売りに来ている――と思われている。

 買い取る側はニーナの娘、そのまた娘が三百年間に渡り通っているのだと勘違いしているのだ。彼女自身その辺りの説明は曖昧なままにしており、勝手に勘違いしてもらう分には、商売がしやすいので問題ない。

 多少魔法に頼っているので、ばれる心配はない。


「やっぱり、三百年も生きていると、いろいろ大変なんだな」

「はい。特に外見が変わらないのは、気味悪がられたこともあって。お義父さんのように好きな年齢に変身できればよかったんですけど、人間からドラゴンメイドになった影響なのか、竜になった当時の年齢にしかなれないんですよね」


 だから、商売をするにも一定の時期が訪れるごとに、別人のように振舞うということを繰り返してきた。


「それはそれで、結構寂しい気がしたんですよね」


 薄く乾いた笑いを零すニーナに、アラドンは何も言えない。

 ただ、彼女の手を取って足早に歩きだした。


「さっさと売って、街を回ろう。オレは初めての祭りなんだからさ、案内してよ」


 ぶっきらぼうに、ずかずかと歩いていく。不器用な気の使い方に、ニーナは思わず笑みを浮かべた。


「はい。今回入ったお金は、パーっと使っちゃいましょうか」


 お祭りでしか味わえない食べ物もあれば、特別に仕上げられた装飾品や調度品もある。

 今日一日、二人は心ゆくまで楽しむことができた。

 何せ、二人とも初めての、誰かと出かけるお祭りだったのだから。




※アルティニーナと一緒に行った収穫祭。竜が齎した収穫を祝うとされるもので竜の炎が邪悪を払うと信じられている。(現実のオクトーバーフェストがモデル)

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