1-4:アルティニーナ323歳
白銀の古龍アルティニーナ――ニーナの住処は、遺跡から少し離れた位置にある山小屋のような場所だった。
見た目は人間の家にしか見えない。花壇が並び、窓からはキッチンや衣装箪笥も見える。彼女曰く、アラドンたちの暮らす街とは反対側に、また別の街があるらしい。彼女は時折そちらの街に行って買い物もしているという。
住んでいる場所はともかく、まるで人間のような生活ではないかとアラドンは思う。
「この森、人なんかほとんど立ち寄らないだろう。来るときに見たくらいだけど、竜以外にも、いろいろと住んでいるだろう、ここ」
竜の住まう森だ。ならば、竜の加護を求めた存在がいてもおかしくはない。
つまり、普通の人間が住むには難しい領域ということだ。
少なくとも、こんな普通の家を建てるために大工がやってくる場所ではない。
「この家、あんたが作ったのか?」
『いいえ。もともとあったものを間借りしているだけですから。修繕や増築を繰り返し、もう原型は留めていませんけど』
案外器用だな、そう思いながら彼は扉を開け、中に入る。
「年季に比べても、中は立派だな……」
木々を組み合わせて出来上がった丸太小屋のようだが、随分としっかりした造りで、人間の街で手に入れたのであろう、調度品や絵画までも置いてある。
古龍が竜種の絵を飾るという行為に首を傾げながら、中へと踏み込むと、ふと思う。
「ちょっと待て、あんたのその巨体でどうやって家に入るんだ?」
振り向いたとき、そこにあるのは竜の巨体だ。首を伸ばせば家の二階より高く、翼を広げれば馬が五頭並んだよりも長い。
少なくとも、人一人が通るだけの扉を潜ることはできないし、そもそも首を垂らして翼を閉じても、この家に納まりきらないだろう。
『え? 簡単ですよ』
――なのに彼女は、こういうのだ。
家に戸口にその身を下ろしたニーナの体が内側から光を放つ。
「ニーナ、何を!?」
古龍を中心に風が巻き起こり、白銀の毛がタンポポの綿毛のように空を舞う。アラドンの視界を遮り、風が止んだ時にはあの巨体はどこにもない。
数度瞬きをしたアラドンは左右を見渡すが、やはり白銀の古龍はいない。
代わりに、麻服を着た少女が目の前に立っていた。
神秘的な銀色の髪を持ち、膝裏にまで届きそうな三つ編みにしていた。
背丈はアラドンよりも、拳ニ、三個分ほど少し高い。
この少女は翡翠色の目が瞬きを数度繰り返した後、アラドンに向けて柔らかい笑みを浮かべてみせた。
「ほらね?」
「……誰だ?」
何かしらの同意を求められたが、アラドンに返せる言葉はそれしかない。苦笑する少女はくるりとその場で回って見せ、銀の髪をなびかせる。
気のせいか、アラドンには周囲の空気ごとキラキラして見えた。
「ニーナですよ。もちろん」
「いや、だって、人……あんた、竜じゃ、え……?」
驚愕を超えてアラドンは混乱する。この世界に不思議な出来事はあるとはわかっている。わかってはいるが、理解できなかった。
今のニーナの姿は、アラドンのいた街にいる娘たちと、さほど変わらない。
銀色の髪やまつ毛といった特徴があるため神秘さを残すが、姿だけを見れば人間そのものだ。だいたい、十七、八と言ったところか。
「竜種が人間になるなんて、聞いたことないぞ……?」
驚愕する彼を横目に、ニーナは家の中に入る。
「わたし、実はもともと人間だったんですよ」
「は……?」
突然の発言にアラドンの表情が固まった。
目の前で起こる神秘に思考が追いつかない。
それに構わずニーナは――彼女は言葉を続ける。
「ドラゴンメイド、龍の血を与えられた少女のことをそう呼ぶんです。三百年ほど前にここにいた古龍から血を与えられて、どこかへ行ってしまった彼の代わりに、わたしがこの領土を管理しているんです」
領土、と言っても竜が人間のように主張するわけではない。
ずっと昔から、彼らはそこに存在し続けた。その場所を守り続けた。人間だった少女もこれから先長い時をここで過ごし続けるのだ。
そう説明するが、アラドンからは反応が返ってこない。
ニーナは驚き続けてくれる彼の姿が嬉しくなったのか、にこりとほほ笑んでスカートの端を摘まみ上げる。
「ようこそ、古龍の住処に」
優雅な礼を取って、アラドンを迎え入れた。
※アルティニーナは実年齢323歳。16~7歳のころに竜の血を与えられて以降、老化していない。
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