ゆうき 『陽キャとキャンバス』
純白の用紙に鉛の粒子を擦り付けていく。
大きく十字、それを囲むように円をざっくばらんに書き加えていく。時折手を止めては、奥にある石膏をじっと見つめ、慎重に次の線を選んでいる、かのようだった。
昨日六限にあった美術の授業で筆箱を忘れたのに気づいたのが今朝の話。それからいつもより早く家を出て、職員室で鍵を借りようとして別の生徒が持っていったと言われたのが30分くらい前なので、彼女はそれからずっと美術室の入り口で彼の動かす線の跡を目で追っていたことになる。
校舎の東側、等間隔に並んだ並木の間を抜けてくる木漏れ日が教室に差し込み、机椅子、石膏、キャンバスを優しく照らす中、彼の手はモチーフの陰影を写しとらんとして止まらない。通常よりも長く削られた鉛筆を斜めにし、寝かし、優しく擦り付けていく。時には布でキャンパスを拭って影を作っていく。その手を彼女は黙って後ろから見ていた。
「!」
が、彼は急に手を止めキャンパスを片付け始めた。え、なんで? まさか見ていたのバレた? 内心焦りまくる彼女をよそに彼はどんどん片付けを進めていく。当然、昨日の授業で美術室に置いてきた筆箱のことなど当の昔に忘れている。そして、始業のチャイムがあと少しで鳴ることもすっかり忘れている。
(と、とりあえず、この場から退散しよう)
このままその場に留まることは危険だと判断した彼女はそそくさと美術室を離れ、腕時計を見て更に事のヤバさを把握し、走り出したのだった。
何とか先生が来る前に教室に滑り込み、ほっとしたのも束の間。
(あっ。ああ〜〜〜〜……)
ようやく彼女は筆箱を回収し損ねたことに気づいた。
しかも間の悪いことに一限開始直後。思わず額に手がいく。声には出さないが代わりに大きく溜息が漏れた。すると隣の席から、美術室に忘れてきたはずの自分の筆箱がこの時を待っていたのかのようなジャストタイミングで自分の机の上に置かれた。今度こそ声が出そうになった。
「なんでっ」
わたしの筆箱持ってんの、と、小声で問いただす。
隣の席の男子もとい、藤井はケロッとした顔で答えた。
「今朝取りに来たでしょ」
「え?」
「美術室でずーっと俺のこと見てたろ」
「えっあれあんたなの⁈」
信じられない。藤井といえばパリピ、いわゆる陽キャ。常にクラスの中では中心メンバーであり、私が今この席にいるのもかなり憚られる存在。
すると藤井は口元に人差し指を当て、取り巻きも見たことないような顔で笑って、
「あれ、みんなには内緒な?」
と笑ってみせた。
終
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