第10話 暴力

 殴られた。


 「お前…なんて言った」


 両の目を大きく開いた彼。

 彼は広げていた掌を固く閉じながら聞いてきた。

 私は思わず「ごめんなさい」と呟いた。


 「ごめんなさいじゃない、なんて言った」


 肩で息をする彼の追い討ちのような言葉に私は「ごめんなさい」を重ねる。

 酷く情けない声。


 「駄目だ。許さない」


 彼は私の肩を抱き、大切なものを抱えるように抱きしめる。


 「許さない。絶対に許さない…あんなこと二度と言うな」


 彼の言葉と行動に胸の内がじんわりと温まる。


 「ごめんなさい…ごめんなさい」


 愚かな私は涙を流す。

 彼を抱き返す。

 無責任な贖罪の言葉を口にする。


 「許さない」と「ごめんなさい」が繰り返される部屋。


 一層強くなる彼の腕。

 一層多くなる私の涙。


 無責任で怠惰、

 どうしようもなく愚かな私は、

 彼の優しさに自分勝手に救われる。

 彼の暴力が私の命を繋ぎ止める。


 「もう、死ぬなんて言わない」

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