第2話 カニの死体

 深夜、散歩道、踏んづけられたカニの死体を見た。

 いや。

 甲殻が砕け、中のモノがアスファルトにへばりついた「それ」は、死体というより最早、単に汚れでしか無いのだろう。


 なぜだか、このことを彼女に話したくなった。

 けれど、こんなことを言ったらどんな風に思われるか分からなくて、恐ろしくて、言えなかった。


 鳴き始めたばかりの鈴虫たちの演奏が夜空に溶けていく。

 この音色を共有している名も顔も知らない友人たちであれば、僕のこの情けなさを受け入れてくれるような気がした。

 そんな僕らの欠落も暗がりに溶けて混ざっていく。

 それは丁度。

 アカテガニいう名を失って、黒い道路に残る、くすんだ茶色い汚れになった、彼の物語によくに似ているのかもしれない。

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