第4話 ジェリド・アッサム

 「いいかっ!“ドクロのモノグラム”の男だ!」


 馬上、鉄仮面の男。長身黒髪、浅黒い肌が覗く。銀の鎧を纏い、腰には魔導短銃、手には長槍を持っている。彼の名はジェリド・アッサム。

 この男の名は大陸中に鳴り響いている。ガラリア国の近衛兵長にして、西方一の美男子としても知られる。

 ジェリド・アッサムが東方の地に足を踏み入れるのはいつ以来か。幼い時分に、母に連れられ何度か西廻りの船に乗って来たことがある。東方の街並みは、彼にとっては古臭く、つまらないものに思えた。西方の雑多な文明社会に比べて、東方の長閑な農村、土壁の城下町は、薄茶けた古代文明の残像のようだ。

 西方では、東方的気質は好まれない。東方的な正しい秩序、温和な態度。それは時に、個人の脆さと弱さを露呈する。

 東方出身の母を持ち、東方文化的な態度を備えた幼い彼へのいじめは苛烈を極めた。彼の脳裏にうっすらと残る淡い記憶は、東方への苦々しい記憶に染められている。

 

 「いけ!!!最悪、男は殺しても構わん!男の所持品だけでも持ち帰れ!」


 朝の市街は大混乱に陥っていた。ここは、ガイアの首都ロト。本来であれば、市場が賑わい出し、街が活気づく頃合いの時間だ。


 ボンボンと銃声が鳴り響く。アッサム騎兵隊は、魔導短銃を好んで使用する。魔導短銃は西方の最新技術を駆使して作られた火炎放射装置だ。魔力はおろか熟練した技も必要とせず、弾を込めて打つだけで火炎弾を発射する。合理性重視の西方らしい武器である。ジェリドは、中心市街へ向かって馬を走らせた。アッサム騎兵隊も、魔導短銃を発砲しながら、ほうぼうに馬を走らせ、散っていく。


 城下の民は、ほぼ無抵抗に近い。バザールテントを横倒しに壊された商人が、恨めしそうにこちらを見ている。この住民の態度は、ジェリドを苛立たせた。


 「自分たちの国を街を守ろうって!お前らには!」


 折から街には火の手が上がった。魔導短銃の火花が布物にでも引火したのだろう。乾いた風の冷たい季節である。瞬く間に火の手は風下に向かって拡がった。

 焼け出された住民が、驚きと混乱の表情を浮かべながら次から次へと路上に出てくる。


 今回の目的は破壊と殺戮ではない。だがしかし、ジェリドはこの整然と並ぶ土壁の家々を、オリエンタル調の美しい布が掛けられた庭先を、この炎と共に破壊し尽くしたい衝動に駆られた。 



 「いいかっ!急げ!そろそろも来るだろう!」

 


 ジェリドが震えた手で、魔導短銃を地面に向かって放つ。火炎弾は乾いた土にのめりこみ、プスプスと焦げながら砂利が弾けた。 




 その頃、宮中ではブラッド・ローレンスの甲高い声が鳴り響く。

 

 「よいか!敵はガラリア近衛兵、ジェリド・アッサム騎兵隊!敵は市街地にあり!軽騎兵団を先に、歩兵中隊も後追いで詰めよ!」


 兵舎では、各々が着替えを済ませ、鎧を装着。足早に厩舎へ向かう。

 

 軽騎兵団は、魔法聯隊と双璧をなすガイア帝国兵のエリート集団である。代々『政策と貴族』の家が任官し、軽騎兵団は青銅の鎧を装備する。鎧には各家の家紋が刺繍されている。武器は手槍にロングソード。伝統を重んじるガイアにおいて、600年変わらず受け継がれているスタイルだ。

 さて、この中に、若き軽騎兵セシル・ビラクの姿があった。齢18歳。血気盛んな年頃である。


 「なんだってこんなことに!南門守備兵は何をしていた!東海警備兵も、のろし台だってザルじゃないか!」


 ネビル・エルンストが応じる。


 「太平ボケは仕方ないことさ!しかし、外部との戦闘なんて、ようやくだな!」

 「ようやくだって!まったく貴様も、血の気の多い!」


 ビラク家とエルンスト家は、軽騎兵団の中でも名門の家柄である。職業と地位によって居住区域の決まるガイア国民にとって、同門ほど親しい存在はない。


 「しかしだ、セシル。ようやく俺たちもと陰口を叩かれずにすむぞ」

 「魔法聯隊のやつらは〝へそ〟の調査に出向いてるのだったな。ここでやつらを出し抜くさ!」


 セシルは軽快に軍馬に飛び乗ると、手綱を腕に巻き取った。革靴を鞍上擦り上げると、エイヤと思い切り踵を馬の横腹に突き立てる!ヒヒン!と馬が嘶く。脇腹から一筋の血液が流れ、乾いた地面に染み入った。

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