第2話 リナ・ローレンス

 サシャ・アルバの狼藉を、屋敷の窓から眺めていた少女がいる。

 

 少女の名はリナ・ローレンス。

 『政策と貴族』の家、ローレンス家の令嬢である。ローレンス家は過去に幾人ものガイアの宰相を輩出した名門貴族だ。リナの容姿は美しい。座上ぴんと伸びた姿勢、後ろに長く垂れるストレートの青髪は、早朝の朝焼けに艶やかに反射して輝いている。


 「なんて、嫌なやつなのかしら!」


 ガチャリ!と乱暴に白磁のカップをソーサに置く。ゆらゆらとコーヒーが波打つ間に、リナはすっくと立ち上がった。


 あの男!確かに盗賊から袋を奪ったのだ。女から盗んだはずの金袋を!

 リナの正義は、悪行を決して許さない。


 ここは、ガイアの首都ロト。よりによって王宮眼前での狼藉なのだ!

 なんと太太しい輩か。悠々と歩く男の後ろ姿を眺めるにつれ、彼女の怒りは大きくなるばかりである。

 

 「もうすぐ王宮に入るわ!」


 男はブロンドの髪をゆったりと靡かせながら、今、まさに王門を潜ろうとしている。

 首都警備兵は一体何をしているのか!早朝堂々の狼藉を!

 王門警備のため、騒ぎを突っ立ったまま眺めていた近衛兵も同罪だ。

 勤務は、朝八時から。隣のシマには、手を出さない。

 伝統は、時として融通の利かなさと同義なのだ。



 ふと、視線を眼下のバザールに移す。

 金袋を取られた女は、茫然自失。立ち尽くしている。 


 「女っ!やつはどこだ!!!」


 突然の怒鳴り声。

 バンダナを巻いた男が三人駆け寄ってくる。

 そのうちの一人は、さっきの男だ。

 

 「お、王門のほうに…」


 女が絞り出すように小声で指を差す。

 

 「チッ!もうあんなところに行きやがる!」


 どうやら、近くに仲間が待機していたようだ。

 金袋を強奪されたことを伝えたのだろう。

 バンダナの三人は、ブロンドの男目掛け、再び駆け出した。


 さて、リナ・フローレンス。

 彼女は、考える。

 再び、この通りで、ガイアの首都ロトのメインストリートで、騒動が起きそうだ、と。首都警備兵も、王宮近衛兵も動かないだろう。


 「…看過…できないわ」


 階段を駆け下りると、そこはバザールの店が並ぶ大通り。

 彼女は一目散に、バンダナの三人を追いかけた。


 「待ちなさい!」


 追いつく。止まる。振り向く盗賊。

 バンダナには“ドクロのモノグラム”が刺繍されている。


 「なんだあ?てめえは??」


 「私の名は、『政策と貴族』の家、フローレンス家の長女。リナ・フローレンス」


 一呼吸ついて言う。


 「あなた方、盗賊でしょう?」


 「それが、なんだってんだ!」


 「王都での騒ぎを、私は、許さない」


 「小娘が!いい気になるなよ。放っておきな!俺たちは“金貨”を取り戻してえんだ。大切な金貨だ。手柄をたっぷり貰えるな。お前には、なんら、関係のないことだ!!!」


 男は声を張り上げた。


 彼女は瞬時に理解する。この者たちは“西方”の輩だ、と。西方に独特のがあるという。


 1 初対面で家柄と名前を名乗らない。

 2 余計なことをべらべらと喋る。

 3 無駄に声が大きい。


 幼い頃に本でも読んだし、魔法学園の歴史授業でも先生が強調をしていた気がする。なるほど、この間の会話の全てが東方民族が毛嫌いする“西方民族の特徴”そのものだ。


 「とにかく俺たちはいくぜ!おうちに帰ってでもするんだな、このブルー・ハワイ!」


 「ブルー・ハワイ!???」



 “西方の輩”の特徴。

 4 よくわからない罵詈雑言を吐く。



 リナ・ローレンスは頬を大きく膨らますと、鼻から息を吸い込んだ。青の怒髪、天を衝く。


 楊炎が巻き上がること一閃!

 


 「ファイヤースピリット!!!!」



 線上の炎が、3人の男を包み込む!



 「な・・・この術は・・・!」



 王都に吹く一陣の風。

 真っ黒な灰が、ちらちらと街道に舞い落ちる。



 「クソムシさん、お黙りになさって?」


 ほうぼうの体で、男たちは散り散りに去っていく。

 リナ・ローレンス。キレやすい女である。

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