第1章 敵襲
第1話 サシャ・アルバ
サシャ・アルバは、宮廷に向かっていた。
城下の市場は、まだ明け方早い時間とあって、ひっそりとしている。
風の冷たい朝だ。サシャは小さく呟くと、右頬を掌でまさぐった。
国王シグルド・アルバトロスの魂胆は大体が、予想がつく。
どうせ、サシャへの用事などくだらないものなのだ。
「雑用ならば、宮女にでも頼めばよいものを!」
そう思うのには、理由がある。
これまでもシグルドはことあるごとに、サシャを呼びつけてはくだらない用事を押し付けてきた。視察の同伴はまだ良いとして、ウサギ狩りの荷物持ち、買い物の警護、はたまたシグルド自室の書架整理まで。
「サシャ・アルバか。貴殿は婦女子のようだな」
シグルドは言った。サシャが、東方辺境の地シバから人質として王都ロトへ来た日のことである。
しかし、それも無理のないことだ。サシャは色白細身、ブロンドの長髪で、その髪質は、黄褐色の小麦がさらさらと夕日に反射するがごとく、妖艶ですらあった。
「貴殿が男でよかったな!女ならば、あんな辺境の地、シバになぞ帰らせまい!」
ハッハ!と嗄れた声を大きく震わせながら笑う。
壮年の美丈夫だ。短髪黒々とした御髪に、筋骨隆々の堂々たる体躯。それは見るものを圧倒し、正に、王の威厳を持って大国ガイアに君臨している。
「今日もどうせ、大した用事ではないのだろう」
サシャは鬱屈した気持ちを隠さずに、深い嘆息を吐いた。
サシャ・アルバは、東方辺境の地、シバの小領主メジト・アルバの嫡男である。
齢17歳。剣術の才に恵まれ、レイピアを突かせたら、ガイア中を探しても右に出るものはいないだろう。知略にも優れ、商才もある。
サシャの才能は、アルバの血筋と無関係ではないだろう。『海賊と商人』の家アルバ家は、略奪と貿易で財を成した一族なのだから。
アルバ家がシバの領主になった時期ははっきりしないが、今や大国ガイアも無視できないほどの勢力となっていた。
遠くから、若い女の叫び声がする。
「誰か!その男を捕まえて!私の金袋を!!!」
盗人のようだ。浅黒い肌の男がこちら目掛けて風のように突っ切ってくる。
「どけっ!小僧!!!」
サシャは無言のまま、歩みを止めない。
「貴様!」
男は短刀を抜き、拳を反転させると斬りかかる素振りを見せた。
一閃!!!
まさにそれは一瞬の出来事。
レイピアの切っ先は男の首筋にあった。
「死にたいのか」
サシャが冷たく言い放つ。
男の額には脂汗が滲み、顔面蒼白。
刃先からするりと布袋が落ち、柄に引っかかってはくるくると回った。
「すまねえ、命だけは勘弁してくれ」
レイピアを振り下ろすと、男は這う這うの体で逃げ出した。
若い女が駆け寄ってくる。
「ありがとうございます!このご恩は、、、」
「恩だって?」
サシャは、遮って言った。
「この袋は俺が拾ったものさ。お前のものなんて証拠、どこにもないだろう?」
呆気にとられた女を尻目に、再び、サシャは王宮へと歩くのだった。
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