第39話 理想と夢想の終始のリアル
一時間近くで解散となり、
窓から外を眺めれば遠ざかっていく様々な景色が色をつけていく。
日差しが薄い雲に覆われた夕方を迎える夏。白肌や焼けた肌が街の一部となり夏の容姿がひしめく熱帯魚のようにカラフル。景観を後ろに流していく俺はマグロやカジキになった気分。
冬とは正反対の夏のはずなのに、綺麗という言葉はどうにも同じであるように雑踏で踊った。変色と流れ変わりのアニメーションのワンシーンのようで、いつまでも見ていられた。
夏に変化した賑わいを眺めながら、羨ましいと、密かに空間を開く。
冬斗は何も話さなかった。俺も何も口にできなかった。
景色を追い抜いているはずなのに、追い抜かれていたのかもしれない。
最寄りのバス停に着いてからも会話は一つもない。誰も喋らない。
夕暮れを背に大きな影の先を見つめるばかり。
冬斗の
夏には相応しくない秋の穏やかさ。夏当然の気温なのに息を飲んで体内を循環した血液と唾液が刺す雪のように冷たい。
背中が熱い、隣を振り向けない。足音が煩わしく怖い。
冬斗は一言も話さないまま、岐路へと辿り着いた。
二人して立ち止まり足音が消える。
真っ直ぐが俺の家であり、左折が冬斗の住む家。ここでやっと目が合う。
今日一日を振り返っても楽しかったと心から思う。冬斗と和希がいなかったら今も部屋の中で籠り切っていたに違いない。
初めは向き合うためだった。俺がサッカーをやめた理由をちゃんと友達して告げるためだった。
だけど、こうして普通で在れるなら別に言わなくてもいいはず。だって、話した所で二人を困らせるだけだ。
今になって思う。受け止められる、理解してくれるのは夜明けより蒼の世界で生きるような苦しみ続けている人達だけ。
彼らは誰でもない苦しみに舌を噛み、痛すぎる現実に血を流しながら抗い、自分という存在の淡さに打ちひしがれて、それでも求めてしまう。死にたくなって消えたくなって誰も信じられなくなり、それでも望んで求めて生きている。
でも、やっぱり冬斗も和希もそんな人間じゃない。
だってあんなにキラキラと未来に焦がれていたから。
俺が今日一日二人を観察して、俺とは違うんだって曇を払いのけて振り出すダイヤモンドの雨のように、現実を一つ知れた。
だから、俺は話さない。
それでいい。話さないでそのままでいれればいい。
偽りなき俺で一緒にいればいい。
これは逃げじゃない。諦めでもない。これはそう在りたいと願う我儘なんだ。
確かに隠していることを話してしまいたいとは思う。
だけど、それによってこの関係性が崩れるのなら、口を切り裂いてでも言葉になんてしない。
幸福な彼らを、俺の勝手なエゴで潰してたまるもんか。
俺は俺で在り続けるためにも、誰かとの縁を切りたくない。
——もう、レイナのように身勝手に傷つけたくない。
だから話さない。これからもこれまでも、俺は俺として、
これが一つの辿り着いた答えだった。俺は冬斗に手を振って足を進める。
「またな」
これが今生の終わりでないように。
意外にスッキリとした胸の内は血流をよくしていく。
自分で選び取れたことに、俺は満足していた。
「
その時、不意に
だから、次の言葉をはっきりと呑み込むことも汲み取ることも、きっと出来ていなかった。彼の声音は大空を駆け抜けていくツバメの瞬間だった。
「——何も、話さないのか?」
「…………ぇ……」
沈黙は静謐を呼び、閑散に寂しくする。夕暮れが灰色に消えた。トワイライトは錆びついた合金鉄に塞がり、風はモノクロに捲っていく。
夏じゃなかった。静かだった。永遠の狭間だった。
話さない……?
だって、それは……話さないのは関係性を壊したくないから。話さないのは理解されないはずだから。話さないのはそれでも俺でいられると思ったから。
わからない、お前の
その意図も求められているものもわからない。何も答えられない俺に見向きもせず、呆れたのか諦めたのか背を向けて歩き出した。
なんだかどうしようもなく間違えた気がしてならない。
どこを?なんで?いつ?彼の声音は静かだった。
「そうか…………じゃあな」
去っていく後ろ姿に何を乗せている?
その硬い肩に何を担いでいる?
何もわからないまま、ずっと彼の背中を眺め、歩いてくる人の姿に我に帰って帰路に向いた。
歩く足がコンクリートを鳴らす度に世界が朝から夜に変わるカラクリのようにガラガラと、大地が音に合わせて揺れ動く。
前方からやって来る砂嵐の突風に阻まれ、両腕で顔を覆う。砂粒が全身を穿ち、墳血すらも許されず砂利が抉り零させない。
手を伸ばせば
砂嵐はやがて吹雪の竜巻へと姿を変え、この前感じた大寒地獄を再現して襲い掛かる。
俺という存在が醜態の冷気に死に、黒い悪魔の腕がうじゃうじゃとアナコンダのように俺を貪り食う。
ベノム色の血がはじけた。肉がドロドロと溶けていく。氷のように冷たい骨はガリっ砕かれた。
やがて食い潰された俺に残っていたのは魂だけ。二十一グラムの命だけ。
けれど、その輝きが夜乃綴琉の原点と希典であった。
「俺は……また、逃げたのか……?」
ぽつり、言葉が零れた。
「あれは、冬斗からのチャンス……だったのか?」
吐しゃ物のように這い上がってくる。
「俺が、決めつけた……のか。二人は偽って、いる……のか?」
不自然不自然。自分の見解と想像の見解が貶める知らしめる。
「俺は、何をやっていた?—————うそ、だろ……?おれは、おれは⁉ぁぁあああああああぁァ——————————————っっッ⁉」
信じられない。理解できない。意味が分からない。
こんな現実があって、いいはずがない!
だってっ。こんなこと……同じだろ⁉なんで⁉どうして⁉ふざけんなよ!
嘘をつかないはずじゃなかったのかよ……!
決めつけないで向き合うんじゃなかったのかよ……!
大切な友達だから、話すんじゃなかったのかよ……!
なんで心配かけたことを謝らない?
どうして甘い蜜の嫌いに浸ろうとする?
夜乃綴琉————貴様は抗って生き様を示し、俺であるために生きるんじゃなかったのかよッ!
ぐちゃぐちゃのグラデーションと極彩色が混ざり合っていく。混沌した汚い色の渦が吞み込んでいく。砂利の暴れが体を穿つ。冷気が存在の意義を消す。弾ける熱が身体を破る。
この全ての事実に失った時の中を彷徨い、幾つもの混在する景色と過去を
「……中途半端なままで、逃げてばっかり。…………もう、どうしたら、いいんだよ……」
夜乃綴琉はたった一度のチャンスを失った。
己の欺瞞と弱さのせいで、自分からも彼らからも事実からも逃げてしまった。
罪を犯し続ける愚かな少年の枯れて虚ろな姿と声を、知る者は制裁を降す自傷のモノクロだけだ。
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