第38話 ゲーセンでバッティング
渋谷109は若い年代の女性をターゲットにしたトレンドや流行、人気ショップやブランドを取り入れた先進的な商業施設だ。女子高校生のほとんどが通い詰めていると聞いたことがある。ほんとから知らない。
来店すると割合のほとんどが女性やカップルであり、男子三人組トリオは全くの場違いもいい所、空気を吸うことさえ甚だしく感じてしまうのは俺と和希の二人。だけれど、イケメンの
((さすがイケメンは違う))
周りの女性たちの目線は冬斗一点に注がれ、俺と和希は最早眼中にも映らないらしい。意識の外にも残らない可能性もある。
「なんであいつだけこんなにも周りからの態度が違うんだよ」
「理由を言わないとダメか」
「いやいい。俺には
「ならねーと。あと、仲間にするなよ。それとなく冬斗といれば大丈夫だろ」
「ほんとか⁉なら俺もイケメンの仲間入りだな」
俺が適当なことを言ったせいで和希は血迷って冬斗の隣に並ぶ。そしてとっても親し気にお喋りをしだすと、周りからくすりと笑い声が聞こえた。
「何あの子?イケメンの子と友達とかありえなくない」
「だよねー。やっぱりカッコイイ子はモテなさそうな子にも優しいんだね」
「ほんと、釣り合ってないから。くすくす」
「いかにも月と鼈って感じ~!」
「「「わかるぅ~~」」」
やめてあげてっ!
和希はモテなくても良い奴なんです。冬斗が特別なだけだから。普通に良い奴し顔も別に悪くないし調子乗ってるだけだから、せめて月とウミガメくらいにしてあげて。
と、心の中で和希を援護しながらも、俺は一歩彼らとの距離を取って後ろからさも他人のようについて行く。幸い和希には聞こえていないらしいが、その結果を生み出してしまった俺としては責任を感じてしまう。
(ごめん、俺はお前から一つ学んだよ)
和希は周りからの視線に気づいて俺にニカッと笑みをみせた。
(本当にごめん……)
俺の心の謝罪が和希に届くことはないようだ。
さっさと楓に頼まれた化粧水を買い終えてからみんなでゲーセンに向かった。
和希は予定通り五千枚のメダルでメダルゲームを始め、冬斗はそれを掠め取って隣でメダルを投入している。俺もメダルゲームにするか迷うが、一先ず店内を廻る。
午後の二時ということもあり、それなりにお客さんは多い。
カップルがイチャついていたり、ユーホーキャッチャを一人で黙々としている人もいる。若い女性陣がプリクラの中でキャッキャウフフと楽しそうな声音に脚を反対に向ける。
太鼓の達人は列を連なり、音ゲーにもプロが完璧なパフォーマンスをしていて思わず「すご」と声に出してしまうほど。
当て所なく吟味していると、「あーもう!」と、イラついた声音にビクリとしてしまった。
声がしたクレーンゲームチャレンジャーは電灯で黒焦げ茶に変貌したサイドテールを揺らし、ぎりぎりぎりと目の前の可愛い縫いぐるみを睨み付ける。身長はさほど高いわけでもなく、スラリとレイナや七歌よりも細く本当に余分なお肉一つもない身体から伸びる白い脚で踵を鳴らす。
鋭く可愛らしい見た目は、今じゃ怖いだけだ。
その少女に見覚えがあった。俺は何の考えもなく彼女に声をかける。
「捕れないの?」
突然話しかけられたことにビクッと反射的に振り返った彼女は、俺を見てからなんだとばかりに肩を落とした。
(ごめんね和希じゃなくて)
彼女——
「なーんだ。
「悪いな和希じゃなくて」
「は?別に……どうでもいいし和希なんか」
遺憾だと言わんばかりに俺を見上げてふんっとクレーンゲームに向き直る。相変わらず素直じゃない。
「で、捕れないのか?」
もう一度訊くと、
「なんで捕れないわけ。アタシが何したって言うのよ!神様はアタシのこと嫌いなの⁉」
「単純に下手くそだからだろ。中学の時も取れないって喚いていたし」
「あぁあああー!なに、人の黒歴史抉じ開けようとしてんのよ!」
「あの時の話し、和希にしていいか?」
「ダメに決まってるでしょ!バカなの!脳みそないの!」
「相変わらず口が悪い。高校入ってからも治らないのな」
「知らない。別にいいでしょアタシのことは」
少しは気にしているらしい。そりゃあ中学ではその口の悪さで散々だったからな。今思えばよく和希は仲介していたっけ。
そんな懐かしい記憶は櫻井のグーパンチで我に帰る。
何故に殴られた?
「ほら、さっさと捕りなさいよ。アタシの指名なんだから失敗は許さないわよ」
「お前はいつ女帝になったんだ……。いいよ、これなら二回で捕ってやるよ」
「言ったわね。もし捕れなかったら自腹で取れるまでやりなさいよね」
「捕れたら貸しな」
それよりも何故こうもいい条件が揃っているのに取れないんだ?
不思議に思いながらも櫻井がお金を投入してクレーンに力が宿る。クレーンは現金な奴だ。
「アタシが何度やってもできなかったんだから、夜乃が二回でできるなんて有り得ないわよ」
その高飛車はどこからエールをもらっているんだ?櫻井といると疑問が尽きない。
一旦、櫻井を案山子と扱い、集中する。
三本足のクレーンで縫いぐるみを掴んで穴に落とす方式のスタンダードなやつ。縫いぐるみは球状をしており、胸の辺りにリボンがあり左側に表示ラベルが輪っかをつくっている。今までの感覚と箱の側面からの観察の果て、ボタンを放した。
足を開きウィィィと、降りていくクレーン。その脚が縫いぐるみを掴み持ち上げようとするが、重量によってズレる。しかし、一本の脚が表示ラベルの穴を目掛けて……掠っていった。
失敗か……と思って箱の中を見れば、何故かクレーンが縫いぐるみを掴んだまま浮上して動いていく。
よく見るとリボンの網目に脚が絡まっていた。
「まじか」
そしてそのまま綺麗に穴に落ちた。呆然とする櫻井をそのままに縫いぐるみを取り出して、「ほら」と渡す。
「一回でできた」
「…………あっそ」
ふん、とまたもそっぽを向く櫻井だが、その手は俺から縫いぐるみを掠め取っている。
そしてゴニョニョと何かを呟いた。本当は聞き取れていないけど、櫻井の言いたかったことは十分に伝わってきているので別に弄ったりはしない。
彼女は素直になることが苦手だ。だからと言って言い過ぎたことを後悔しないなんてことはない。そのどれもが素直の裏返しで、本音の曖昧さであっても真剣であることに違いはない。
成長途中の櫻井美玖が進化した時、きっと見惚れるほどに強く美しくなるんじゃないだろうか。そんな可能性を彼女の強さに見出してしまう。
「これで貸し一回な」
「わかってるわよ。アタシこう見えて約束はちゃんと守るのよ」
「知ってる。あの時もそうだっただろ」
「そうね。あの時もあんたが取ってくれたわね。……で、何したんだっけ?」
「……覚えてない」
「だね」
別に記憶というものは掘り返さなくてもいい。一々似たようなことに回想を挟んでいたら尺が足りないし、羞恥や黒歴史に蹲るのが眼に見える。
だから、これでさようならと思っていたら、俺と櫻井の背後から互いに名前を呼ばれた。
「
「
「「「…………」」」
「「「「「……あっ」」」」」
美玖と呼んだのはレイナの友達の
「修羅場……?」
「「どこがよ⁉」」
俺の呟きに女性陣の反撃でノックバックしてしまう。
いや、客観的にみてたら修羅場もといい恋場だろ。
恥ずかし気に顔を赤らめた夏菜と怒ってプンプンの美玖。相対的でありながら、どこか雰囲気が似ていると思い、違和感を感じない。けれど、疑問に思ったらしく冬斗が訊ねた。
「櫻井と
疑問を訊ねるよりも穏便に相手に不快感を感じさせない言い方にさすがイケメンと思う。
俺と和希なら「二人は仲良かったっけ?」と配慮の欠片なしに問うたに違いない。
その場合美玖から「は。仲良かったなら問題でもあるわけ?あぁ」と、がんを飛ばされるのがオチだ。
けれど冬斗の言い方であれば、仲が良いという前提であるので待ち合わせをしている分、特殊な事情がある以外に不快にはさせない。そしてニュアンスに知らなかった。教えて、と含みがある。それを見事自慢のコミュニケーション能力で読み取った有邨さんは緊張しながら櫻井を見て語る。
「あ、あたしと教室も部活も違うんだけど、最寄りの駅が一緒で部活帰りとかに一緒になることが多かったの」
「そう、それでアタシから話しかけて意気投合したって感じ。あんたは知ってたでしょ」
「おう、俺も最寄りは一緒だし、てか美玖家の真ん前だからな」
「そうなんだ。じゃあ、あそこが
有邨の変化球が炸裂する。和希と美玖の話題に乗って大好きな冬斗にウェーブをかける。
俺は密かにやるな、と思いながら冬斗を観察すると、やはりいつも通りのイケメンな笑みのまま普通に答えた。
「俺と綴琉はバス通学で和希の家から三十分くらいの所かな」
はぐらかした言い方だが有邨はさして気にした様子もなく「へ~そうなんだ」と、一つ情報を知れたことにご満悦だ。
恋する乙女を傍目に美玖は気に入らないとばかりに、和希に突っかかった。
「どうしてあんたがここにいるのよ?」
「冬斗と綴琉とゲーセンに来たんだよ。わかるだろ」
「二人は別としてあんたが109とか似合わないんだから」
「あぁ?別に遊ぶくらい俺の自由だろ。てか、お前と何度も来てるし」
「そうだっけ?」
「なっ……そういうお前こそ口悪くて態度も悪い愛想もない女のくせに、女子力高めようとか似合わねーよ。バーカ」
「はー⁉意味わかんない!なに?アタシに歯向かう気」
「そっちから仕掛けてきたんだろうが」
「うるさいわね!誰にも告られないあんたと違って、アタシはもう何度も告られてるわけ。わかる?次元が違うのよ。あんたはアタシの魅力がわかってないからモテないのよ」
「うるせー。お前にフラれた奴らは全員「口悪すぎだった。フラれてよかった」って、言ってたけどな」
「なによ!」
「やんのか!」
互いに睨み合って火花を散らす。周囲の人がこちらをちらりと見ては颯爽とその場から離れていく。
知らない人から見れば、それは白熱したバトルだ。両者永遠に互いの悪口を吐き捨てられる。
けれど、俺や冬斗から見ていればいつも通りの痴話げんかに過ぎない。そのまま戦いがデットヒートしそうだったので、俺と冬斗が二人を引っ張ってゲームセンターを後にした。
俺ら高校生の懐に優しいお馴染みのフード店Mにて、女性陣男性陣と対面に分かれてお茶をしていた。お茶と言うにはあまりにファイティング的だけど……。
奥の壁際の席であるので、周囲はあまり気にならない。
奥から俺、冬斗、和希の順でアイスコーヒー、カフェオレとアップルパイ、ポテトとナゲットがテーブルに広がっている。
向かい側は美玖、夏菜の順でメロンソーダとポテト、抹茶オレとアップルパイだ。時間帯的に三時のおやつ時なので、育ち盛りの高校生は苦もない。
俺は単純に食べる気がないだけ。別に成長期が終わったわけでは断じてない
なんとか美玖と和希を落ち着かせたが、重い空気が漂っている。それを空気清浄さながら夏菜が明るい口調で話題を振る。
「それでみんな夏休みは何か予定はあるの?」
「特にはないかな。部活があるしね。それ以外で遊べたらとは思うよ」
冬斗の紳士的な声音に夏菜がキュンとしているのがありありとわかるので、多分冬斗にも気づかれているはず。
女性を苦手とする冬斗の心情はわからないが普通に話しが弾んでいくことに軽く驚く。
「サッカー部は多いの?」
「週二回は休みだったかな。お盆もだと思う」
「そうなんだ。テニス部は朝練ばっかりなんだ。昼は熱中症になる恐れがあるって先生が話してた」
「じゃあ、夏菜は昼から毎日暇ってこと?」
「暇って決めないでよ美玖。あたしだってやることあるんだから」
「何でもいいけど、それなら沢山遊べるわね」
「今年も櫻井は宿題をギリギリでやるんだろうね」
「うるさいわね冬斗。それ言うならあいつもそうだから」
「一緒にするな。俺は自分を追い込むタイプなんだよ。暇人のお前と一緒にするな馬鹿が感染る」
「アタシだってバスケあるのよ。あんたと違ってアタシはレギュラー候補なのよ!」
「それは女子バスの人数が少ないからだろうが」
「うるさい!あんただけハブにするわよ!」
またも痴話げんかを始める二人を余所に、夏菜は「予定空いてたら、一緒に宿題でもしない?」と果敢に冬斗に攻め、冬斗は「いいよ。みんなでやれば早く終わるな」と、当然のように躱してくる。
夏菜の視線に目を逸らし、そんな何でもない日常を眺めて染めていた。
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