第9話

 それから、二人は、

 春の日も、夏の日も、秋の日も、冬の日も。

 暖かい日も、涼しい日も、暑い日も、寒い日も。

 風の日も、雨の日も、雷の日も、雹の日も。


 毎日毎日二人は首を長くして亀を待った。

 門左衛門はたゑ子が美味しいと言ってくれた田んぼをしっかりと管理し、たゑ子が帰ってきたらいつでも振る舞えるように準備していた。門左衛門が頑張れるのは、満面の笑みでご飯を食べるたゑ子の顔、それを嬉しく感じながら見ていると、照れだすたゑ子の顔を思い出したり、想像したりして頑張った。


 そして、本当は二人で作りたかった野菜も手をかけて、時々ふり返って、たゑ子がいないのことを寂しくなりながら、畑を耕した。


「あぁ、たゑ子の味噌汁が恋しい」


 ある日、門左衛門が呟いた。


「みそ汁だけか? ・・・しょっぱっ」


 そう言いながら、門左衛門の家でみそ汁をすする太郎爺さん。

 門左衛門がご飯の時まで、寂しく感じないでいるのは、この太郎爺さんのおかげだったであろう。


「おお、こっちはうんまい」


 白米を美味しそうに食べる太郎爺さん。


「そんなの、たゑ子が一番に決まってるだろうが。たゑ子の頬を赤らめる姿…俺は大好きじゃ…」


 のろける門左衛門。


「ふんっ」


 太郎爺さんは鼻で笑った。


「なんだよ、太郎の爺さん。爺さんだって、乙姫様が恋しいからこうやって一緒に待ってくれてるんじゃろ?」


 門左衛門がそう言うと、太郎爺さんは西を向いて遠い眼差しで見ながら、


「……そうじゃな」


 と呟いた。


「なんだよ、歯切れが悪い爺さんだ」


「未練たらたらのうじうじの貴様にいわれとーないわい。そんなんじゃから、嫁に逃げられるんじゃい」


「はぁ……たゑ子…」


 太郎爺さんの言葉で門左衛門が肩を落とした。

 太郎の爺さんはそんな門左衛門の姿を横に見て、さすがに悪いと思ったのか、


「大丈夫じゃ…お前さんなら。後悔しているお前さんならきっと大丈夫じゃ…」


 そう言って、門左衛門の背中を擦った。

 二人は似たような境遇の相手を自分であるかのように責めたり、慰めたりしていた。

 

 門左衛門はたゑ子と出会ったことで、周りの村の人たちと関わることが多くなり、勘十郎のせいで鬼か魔物かとまで思われていたそうだが、話す機会が生まれたことで、門左衛門の誠実さ、不器用さを理解してもらえるようになった。なので、たゑ子がいなくても不自由なく暮らせている。

 しかし、ご飯は上手く炊けるが、いまだにみそ汁をうまく作れない。

 それは、たゑ子の居場所を開けておくためなのか、本当に下手なのか。どちらにしても、門左衛門にとって、たゑ子はかけがえのない存在であり、ぽっかりと空いた心の大きな穴は何をもってしても埋まらなかった。


 そんな穴を埋めるため、最愛の人に会うため再び、毎日玄海を眺める門左衛門たちだったが、二回目の真夏の暑い日。


 ついに、待望の亀が浜辺にやってきた。

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