第10話
「ほんに、行かんのけ?」
海辺で亀にまたがった門左衛門は砂浜で二本足で立っている太郎爺さんを見る。
「あぁ…わしはいい」
「そうか…」
亀が海の中に入り、ぷかぷか上下に揺られながら、門左衛門は太郎爺さんを見る。表情はどことなく寂しいようにしか見えなかった。
「一つ、頼みがある」
「おう、言ってくれ」
「織姫に会ったら……」
太郎爺さんは言葉に詰まる。
「やっぱりいい……」
「俺と太郎さんの仲やろがっ、遠慮せんでええ。言うてくれ。頼む」
門左衛門の方が頭を下げる。
想い人のことを想って、西の玄海を見て来た門左衛門にとって、太郎爺さんの想いは自分の想いと同じくらい大事にしたかった。すると、言いずらいのを言うためか門左衛門よりも目線を落として、太郎爺さんは話し出した。
「なら、織姫に言うてくれ。お前と永遠に生きるのはもう飽きた…」
「おい…」
「だども、わしはお前と幸せだけじゃのうて、苦労も分かち合いたい。その先にある達成感じゃったり、あの時苦労したのうと思い出話に花を咲かせて…そして一緒に死にたいじゃ。わしはお前がよぼよぼの婆様になったとしてもずーっと愛しておる。お前さえよければ、こっちへ来い…とな」
「あい、わかった。一言違わず、伝えてくる」
太郎爺さんと苦楽を共にした門左衛門だからこそ、その言葉は自身の胸にもしっかり刻まれた。
「もう一つ」
「なんじゃ」
指を立てて、太郎爺さんが門左衛門に声を掛ける。
「これはお前さんにじゃ。門左衛門。わしの唯一無二の親友。竜宮城は楽しく永遠じゃ。もしかしたら、わしと違って永遠に楽しめるお前さんは楽しめる存在かもしれん。けどな、たゑ子さんはこっちに一回来た。その意味、わかるな?」
門左衛門は頷いた。
「乙姫はもしかしたら、二度は同じ術は使えないかもしれん。乙姫がこちらに来ても、わしが若返ることもなければ、たゑ子さんが人間になれる保証もない。それでも、行くのじゃな?」
「もちろんじゃ」
「うん、ならばよし」
門左衛門も太郎爺さんも満足そうな顔をした。
「亀や、亀よ、亀さんよ」
「はい」
「この男を頼むぞい」
「はいっ」
亀と太郎爺さんは目を合わせる。
亀が陸に上がって、門左衛門と太郎と出会った時、太郎がお願いしたから二つ返事で門左衛門を連れていくのを許可した。
「ねぇ、太郎さん」
「なんじゃ。亀よ」
「僕を恨んでます?」
亀は門左衛門を乗せながら、真剣な質問を太郎爺さんにぶつけた。
「恨んだこともある。じゃけど、長い付き合いなら当然じゃろ?それも一番長い付き合いのじゃ」
「はいっ」
話が澄んだはずなのに亀も太郎爺さんもじーっと見つめ合っていた。
「彼を届けたら、また来てもいいですか?」
「あぁ、もちろんじゃとも」
「飼ってくれませんか?」
「あぁ、あぁ。老い先短いけれど、お前が望むのなら喜んでじゃ」
亀は産卵するわけでもないのに、海のしぶきが飛んだのか、涙を流していた。
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