第8話

「本当に来るんですか?」


「わからん」


 門左衛門と太郎爺さんは浜野浦の棚田で、西に沈む夕日を眺めていた。

 雲の中朧げに見える太陽はとても寂しい気持ちになり、その朧げの中に門左衛門はたゑ子を、太郎爺さんは乙姫を思い出していた。


 太郎爺さんが言ったのは、乙姫からの亀を待て、だった。

 太郎爺さんがよく居て、門左衛門が場所を占領してたゑ子を釣った場所がよく訪れる場所だったらしいのだが、あくまでもよく訪れるだけで、どこに訪れるかわからないらしい。


 門左衛門も太郎も今世で想い人に会いたいのだから、食わなければいけない。

 昨日は太郎の釣った魚を食べ、今日は門左衛門の畑にやって来て、門左衛門を中心に畑仕事をしながら、亀を待っていたのだった。


「でも、ここからなら、来たかもわからんし、来ても降っていいるうちに逃げてしまうのではないか?」


 門左衛門が太郎爺さんに尋ねる。


「亀じゃぞ?陸に上がれば、なっ」


「あぁ、なるほど」


 亀の動きが遅いのを共通して理解する。


「おい、門左衛門。女に逃げられたか?」


 玄海を見ていると、モテる二枚目の勘十郎がからかってきた。

 どうやら、亀は遅いがこの男の耳は速いようだった。


「ほっとけ…」


 太郎爺さんは、門左衛門を労うように声をかける。


「だから、言ったじゃろ。釣った女には餌をやるなと。あーっはっはっはっ」


「じゃあかしい。ぼけっ。お主みたいな浮ついとっとう奴と違って、俺はちゃんとして、独りの女子を愛してるんじゃい」


 反論してきたのに勘十郎はビビるが、二人の間には距離があり、すぐにでも逃げられる高い位置にいた勘十郎は強がりながら、


「へへっ。俺はその場その時で最高の恋愛をしているだけさ。それをそんな風に言われるのは心外じゃけぇ、言わせてもらえば、お前みたいな奴が、別の男を好きになりおった女子やその相手を殺してしまうたい」


「なにをっ!!!?」


「おぉ、怖い怖い。フラれた男は怖いのお~~」


 そう言って、勘十郎はふざけて両手を天にかざしながら小走りで走った。


「あっ」


 すると、勘十郎は何かを踏んで転んでしまった。元々運動神経がない上に、ふざけていたものだから、受け身が取れず、


「いっでえええええっ」


 と泣きわめいた。


「大丈夫かっ?」


 心配した門左衛門と太郎爺さんが駆け寄ると、勘十郎の顔中は血だらけで。

 どうやら、ちょうど石などがあったらしく、鼻が曲がって、前歯も数本折れてしまった。

 医者にも見てもらったけれど、折れた歯はどうにもならず、家もあこぎな商売をやっていたのが、ついには周りから見放され、口は達者だが、性格の悪い勘十郎はちーっともモテなくなってしまったのは、また別の話。


「これ見てみーーっ」


 太郎爺さんが地面の転んだ辺りを見ると、たゑ子の鱗があった。

 どうやら、それを踏んで勘十郎が転んでしまったらしい。


「たゑ子さんが夫をいじめるな―言うてるんかのう」


 太郎爺さんの何気ない一言は、門左衛門の心を少し温めてくれた。

 

 

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