第20話 豪雨


「15万円はいくらなんでも安過ぎますわ!超特価ですわ!」


「安くないもん!第一、肝心のユウジは大満足だったし!」


まだ言ってるし……しつけーな。



「超特価とか、大満足とかさ……ほんと止めて?」


なんかその話を膨らませると、俺が金で動く汚い男っぽいから、あまりぶり返さないで欲しいんだけどな。

まぁ金で動いたのは事実なんだけど……今更ながら少しだけ後悔している。



(それにしても……やっぱり似合うよなぁ)


レイナと口論中の金城さんを見る。

金城さんはいつもの様にドレスを着ていた……露出度の少ない健全なドレスを。


青色でフリルの付いたドレスをコスプレ感なく着こなせる人物は、俺の知る限り金城さんだけだろう。

ブロンドヘアーの長髪にもしっかり似合っており、無理なく貴族のお嬢様的な存在感を放っている。



「金城さん」


「……はい、どうされました?」


「いや、ドレスが似合ってるよ」


金城さん……それと、まぁ一応、高宮生徒会長には先日かなり世話になった。

そんな二人にまで敵対心を燃やす必要はない。


女性はまだ信用出来ないし、どうしても高圧的な態度で接してしまうけど、金城さん相手にそうなりたくはなかった……あとついでに高宮生徒会長も。



──だが、雄治の軟化した考えで何気なく放った一言が、この場に居る女性陣の心に変革を齎した。



「ふぇあ!?そ、そそ、そうですか!?」


顔を真っ赤にして喜ぶ金城可憐。


これまで全く女子として見られてない自覚があった。

それなのに服装を褒めて来たのである……唐突に。


こんなに嬉しい事があるだろうか。


しかも今日のドレスは勝負服──というより、意図的に雄治と会う時はいつも全力勝負服だ。

この服にしても、雄治の為だけを思い数百万円を掛けてコーディネートしたのである。


そんな努力が報われたようで嬉しかった。

もう婚約したも同然なのだ……気分的には……そう、あくまでも気分だが。


既に頭の中では、雄治との結婚生活を1ヶ月目まで妄想していた。とても幸せな結婚生活だったという……そう、あくまでも妄想の中でだが……怖ッ。



「……………」

「……………」


しかし、それは面白くない。

そう思う女が二人存在していた。


一人はレイナ=クイーンブラッド。

小学生の彼女は雄治に惚れており、女性不信に陥った雄治に塩対応されてもお構いなしで愛を貫いている。


だからこそ面白くなかった。

雄治の事で可憐と喧嘩し、挙句に家出までしたのだから、服装を褒められて喜ぶ可憐の姿を見るのが心底面白くなかった。


加えてレイナ自身も可愛い服装に着替えている。

黒いワンピース、それも、敢えて丈の短いスカートを履き、バリバリ雄治を意識していた。


それなのに、全く眼中にないと言った感じだった。


それに加え寝起きにパジャマ姿で、わざとそのパジャマをはだけさせた格好で雄治を誘惑していたのだが、不機嫌そうに舌打ちされる始末。


……内心ドキドキで死にそうだった故に、ショックを隠せなかった。


だからこそ服装を褒められた可憐に恨みを抱く。



──もう一人は坂本優香。

彼女の場合は……なんか不愉快だった。

とにかく、雄治が自分以外の女性を褒めるのが何一つ面白くなかった。

イチャイチャは他所でやって欲しいと思っていた。

いや目の届かない場所でも止めて欲しいと願っていた。

とにかく心の狭い姉なのである。



「………うふ」


……そして褒められた可憐は笑顔になった。

さっきまでレイナに怒っていたのが嘘のようである。


調子に乗った可憐はクルリと廻り、ドレスをヒラヒラさせて可愛さをアピールする。

そして満面の笑みでウインクをかます。



「どうです雄治様?うふふ♡」


「お、おう」

(はぁ?いきなり陽気になって怖いんだが……)


しかし、アピールは失敗に終わる。

アホだと思われてしまうのであった。



───────────



可憐はそのあと坂本家に居座っている。

何故なら、今日の夕ご飯を雄治が作ると聞いてしまったからだ。


しかも可憐に対してはやたら寛大な雄治に『夕飯を食べて行く?』と聞かれた。


断る道理なんてない。

迷う事なく首を縦に振った。


一流三つ星シェフの料理なんて目じゃない。

そもそも味なんて関係ないのだ。


例え、万が一、う◯こみたいな料理を出されたとして可憐は食べ尽くすだろう……それが雄治の作った料理なら間違いなくそうする。



「…………じゃあ………行ってくる……」


四人でレースゲームをプレイしていたが、途中、姉の優香が名残惜しそうに、それはそれは名残惜しそうに友人との約束があると出かけてしまった。


なので今は雄治、レイナ、可憐と三人。


因みに優香は帰ってから雄治の作り置きを食べる。

雄治が御飯を作る日に外食などあり得ないのだ。




──それから数十分後。



「……じゃあ、晩ご飯の食材買って来るから」


晩ご飯を作ろうと冷蔵庫を開け、雄治は買い忘れてしまった食材や調味料を思い出す。

作る料理を変えようかとも迷ったが、予定していない料理を美味しく作る自信が少しもない。


なので仕方なく、客人二人を残してスーパーへと向かう事にした。



「ゆ、雄治様……宜しいのですか?私達を置いて出掛けてしまうだなんて……」


「大丈夫、金城さんは信用してるし、レイナも王族だし、盗みとかしないでしょ?」


「……ふふ、信用して頂き嬉しいですわ」


「私もありがとー!!大人しくしてるねー!」

(……と見せかけて、ユウジの部屋を漁りに行こー!パンツとか見ちゃうもんねー)


「あ、それから金城さん」


「はい?どうしましたか?」


「このメスガキ見張ってて、なんか部屋のパンツとか漁りそうだから」


「ふぁ!?」


「合点承知ですわ!!」



──そして、雄治は王族とお嬢様に見送られながら家を出た。お姫様とドレスを着た令嬢によるお見送り……まるで異世界のような世界観である。


外へ出ると黒いスーツを着た護衛と、メイド姿のソフィアが待機しており、非現実さが更に増した。



「「いってらっしゃい、坂本様」」


「………けっ!」


護衛の二人は、レイナを泊めてくれている雄治へ感謝を込めた挨拶をするが、ソフィアは雄治に向かって中指を立てる。


雄治はその姿を写真に収め、無理やり交換させられたレイナの連絡先へと送る。

すぐに家から飛び出して来たレイナに説教されたソフィアは、涙目になりながら去り行く雄治の後ろ姿を恨めしそうに眺めるのであった。



───────────


「………マジか」


ゲリラ豪雨。

曇り空ではあったが、雨が降る気配がなかったので、雄治は傘を持って来なかった。


それが災いし、雄治は店から動けなくなっていた。

傘を買えば良いのだが、今回に限って雄治は必要な金額した持ってなかった。


つまり、買い物が終わった今、所持金は残り僅か……傘を買うお金なんてない。

どうしようかと途方に暮れている。



──まさにそんな時だった。

店の入り口前で雨宿りしている雄治の目の前に、一台の車が停まった。

それは見覚えのある車で、更に車の中からは見覚えのある人物が姿を現す。



「──あ、雄治!」


「…………え」


雄治の母・坂本杏奈。

そして彼女の姿を見た途端、雄治に動揺が走る。



「……今日は、仕事で遅くなるんじゃ……なかったっけ……」


「うん、連絡した通り、深夜に終わる予定だったんだけど、今日は簡単に終わる仕事ばかりで早く終わったから帰らせて貰ったのよ──でも私が帰るの遅くなると思ってたから晩ご飯ないでしょ?それで御飯を買いにスーパーに寄ったんだけど……凄い雨ね」


「う、うん」


母の言う通り、確認したら連絡が来ていた。

気が付かなかったとは我ながら気が抜けてる。


大丈夫、動揺するな。

どうやらこのスーパーに来たのも本当に偶然らしいし、別に気後れなんかせず、普通に話せば良い。


俺は軽く深呼吸し、俯き加減だった顔を上げる。



「ちょっと多めに買ってるから……母さんの分も用意出来るよ」


「ほ、本当に!?」


雄治の手料理が食べられると杏奈は喜ぶ。

スーパーで買うお惣菜より、雄治が作る料理の方が比べるまでもなく美味しいのだ。



「──雄治、早く乗って……帰りましょう?」


「あ…………うん」


自然な流れでそうなった。

大雨の中、雨宿りして困っている息子を見つければ、誰が親でも自分の車に乗せる。


そして雄治も、抵抗する事なく従った。

桃花の母親の一件以来、母親と話せるように努力すると誓ったから、今が実行に移すチャンスだと唾を飲む。


買い物袋を持ったまま、後部座席に座る。

杏奈は助手席に座らなかった雄治を見て、少し残念そうにしていたが、嫌われている自分の車に乗ってくれるとは思ってなかったらしく、嬉し涙が出てしまいそうなのを必死で堪えていた。


雄治がシートベルトを付けたのを確認してから、杏奈は車を発進させる。



「……今日のご飯、楽しみだわ」


「………そう」


「因みに何かしら?」


「……カレーピラフ」


「まぁ!──とても楽しみね!」


母さんは嬉しそうに話し掛けて来て、俺は何とかそれに対して返事を返す。だけど、少しまともに話せるようになっている気がした。いつもは対峙するだけで嫌悪感を感じてダメだったけど、桃花の母親を知ってしまったからなのか……母さんはまだマシかもと思い初めている。


それで良いさ。

俺だって本当は前へ進みたいから……だから、こっちからも何か話題を振ってみようかな。


……うん、少し頑張ってみよう。


俺は息を吸い込んで口を開いた。



「……そういえば、母さ──」


「あれ?あそこを歩いてるのって……愛梨ちゃんじゃないかしら?」


「………………」


大嫌いな幼馴染・姫田愛梨の名前が耳を汚す。

俺が信号待ちしている車から外を覗くと、母親の言った通り、そこには姫田愛梨の姿があった。



「あ、母さん、アイツ轢き殺して」


「ちょっ!な、何言ってるの!?」


「大丈夫、あの女を殺しても無罪だから」


「そんな訳ないでしょ!?愛梨ちゃんをなんだと思ってるの!?」


「ゴミカス」


「…………」


「それ以下」


「………う、ん?」

(け、喧嘩でもしてるのかしら……あまりにも酷い言いようだわ)


母さんは辛辣な言葉に驚き声を上げていたが、俺の方は姫田愛梨を視界に入れないで済むように、反対側の窓へ視線を移した。



──これから数秒ほど経過し、信号が青になる。

それを合図に母さんが車を発進させた。



──キキィッ



「…………え?」


しかし、直ぐに車を停車させた。

俺はやばいと思ったが……時は既に遅かった。


『姫田愛梨』の直ぐ目の前に車を停めた母さんはハザードランプを点灯させたのち、窓を開けて姫田愛梨に声を掛けた。



「愛梨ちゃん、久しぶり!」


「あ、お義母さん、お久しぶりです!」


「凄い雨ね……傘さしてても濡れるでしょ?──乗って行く?」


「いえ……流石に悪いの──」


「後部座席に雄治も乗ってるわよ?」


「そういう事なら乗って行きます!」


「はい、後ろへどうぞ」

(なんだか喧嘩しているみたいだし、二人が仲直りするキッカケを作らなきゃ……長引くと修復するのが難しくなってしまうから)




「………………」




…………………



…………………




……………え?





普通に地獄なんだが?



ーーーーーーーーーーー


次回、地獄回。

幼馴染と母親に挟まれる雄治をお楽しみ下さい。


次は28日21:00〜22:00に投稿します。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る