第18話 雄治の弱点



「──荷物お届けに参りまし………え!?」


優香が注文していた荷物がようやく届き、それを受け取ろうと雄治は玄関の扉を開ける。



「あ、ミスった」


何も考えずに開けた事を雄治は直ぐに後悔する。


何故ならば、配達員視点だと家の中に強面でスーツ姿でサングラスをした強そうなSPが五人も立って居る事になってしまうではないか。

それだけならまだしも、五人は一斉に訪れた男性配達員の方を向いた。

見知らぬ人間を警戒するのは護衛として日頃から培っている癖なのだが、明らかにヤバそうな奴らに睨まれて配達員は殺されるんじゃないかと目を伏せた。


また余談だが、偶然にも今日は男性配達員の娘の誕生日──死亡フラグも整っていたのである。


そんな配達員を雄治がすかさずフォローする。



「この五人は家の警備員なんですよ」


「え……そ、そうですか」 


「はい──ハンコ押しますね」


強盗やマフィアに出会したんじゃないと分かり、ホッと胸を撫で下ろした配達員。

しかし安心は出来たものの、それとは比例して今度は疑問が生まれた。



「え、ええ……なんで警備員が五人も……?しかも明らかに雇うのに大金が掛かりそうな人達ばかり……」


「月収1億なので」


「は、はぁ……」


何となく嘘だと思ったが、周囲の大男達が怖いので配達員は黙る事にした。



「──ほら五人も挨拶して」


「……あ、あぁ」


雄治の無茶ぶりに五人は顔を見合わせる……そして、リーダーと思われる人物が頷いた。

彼らは雄治がどんな性格をしているのか、既にある程度は察している。

倫理観が若干欠如しており、無駄に自分達にビビる事はない。しかも自宅というアドバンテージを最大限に活かしており、半ば強引に家の中へと入った自分達を舐め腐っていた。


また、レイナ王女のお気に入りでもある為、そんな彼を無下に出来なかった。あと姉が熊殺し。


仕方なくリーダーが前に出る。



「私は姫──坂本家の警備員を務めているアルベロと申します」


「え、あっ、どうも」  


配達員は声を掛けられ怯えている。

威圧感に圧される配達員を見て、リーダーのアルベロは自信を取り戻すのであった。

雄治が異常なんだと改めて確信する。



その後、配達員は途中で何度も振り返りながらオートバイで立ち去って行く。


雄治はその姿を見届けてから戻ろうとしたが──



──今度は一筋縄ではいかない人物が現れた。



「アンタら人ん家で何やってんの?」


優香が帰宅した。

荷物の受け取りを頼んでいた優香……しかし、配達が遅れたのもあり、荷物の受け取りとほぼ同時の帰宅となった。


事情を知らない優香は驚くよりも殺気立つ。

優香視点だと、雄治がマフィアのような男達に囲まれてるように見えたのだ。


故に雄治が再びフォローに入る。


まさかの二連続フォロー。

手の掛かる連中だと雄治は思った。

自分が玄関に立たせている癖に。



「姉ちゃん違うんだよ、強盗とかじゃない……この家のセキュリティを強化しようと思ってさ」


「いやいや嘘つくなし、だいたいウチにガードマンを雇ってまで護りたいモノなんて何もないでしょ」


「あるよ」


「なに?」


え?まさか聞き返されるとは思わなかったんだが?


適当に話してたから何も思い浮かばない。

それでも何か返さなければ、コミュ障だと思われてしまう。それは悔しい。


そうだな……

自分が盗まれて一番困る物と言えば……



「………………スマホとか」


「………………………そこはプリンだろ」


「ああっ!!?」


しまった……ッ!せっかく姉ちゃんが良いパスをくれたのにそれを生かしきれなかった……ッ!



「──ごめん今のなしッ!もう一回!もう一回ボケさせてッ!」


「今盛大に滑ったよな?んん?」


「クソッ!やられたッ!」




──雄治はかつてない程の屈辱を受けるのであった。




────────


優香はその後、本当の事情をしっかりとメイドのソフィアに教えて貰った。優香からすればフランシア王国の第四王女と言う事すらも初耳で面を食らったが、一番厄介だと思ったのは宿泊の話になる。


家族以外の女性を家に泊めるのは嫌だった。

雄治が居る以上、女性(たにん)と寝食を共にするなど絶対に有ってはならない事だ。



(だけどな……子供だし)


雄治と違い優香には優しさという感情があった。


10歳にも満たない女の子を冷たく突き放す事がどうしても出来ないのだ……いざという時しか助けない雄治とはそこが違う。


加えてホテルで暮らすのが怖いと嘯くレイナの言葉にまんまと騙されている。

更に加えて、レイナはホームステイ先から追い出されたと嘘も重ねて吐いていた。

そんな子に冷たく出来る筈がない。少なくとも優香には難しかった。



「…………はぁ」


また、雄治はネタ滑り事件で放心状態になっており、レイナの嘘を指摘する事が出来ず、奇跡的にレイナ側の有利に話が進んでいた。



「あの……一つ宜しいでしょうか?」


「ん……なんすか?」


そんな中ソフィアが恐る恐る優香に声を掛けた。

彼女の目には畏怖、尊敬、困惑の色が伺える。


ソフィアは一度唾を飲み込むと、意を決してある事を訪ね始めた。



「その……熊を倒したという話は本当でしょうか?」


「………え?」


それを聞かれ、口を小さく開けながら唖然としてしまう優香。思わずソフィアの用意してくれた紅茶を飲む手が止まった。



「あ、やば」


「はぁー……」


嘘がバレると焦り放心状態から我に返る雄治と、また一悶着起きそうだと目を逸らすレイナ。

SP達もドア越しから息を潜めて話を聞いている。



「ど、どうして知ってるの!?」


「「はぁ??」」


優香の返答はソフィア達には期待通り、雄治とレイナにとっては予想外のモノとなった。



「やはり本当の話でしたか!!」


優香からの回答に目を輝かせるソフィア。

廊下に居るSP達からも驚きの声が聞こえて来た。



「「………んん??」」


雄治とレイナは互いに顔を見合わせる。

何故なら熊を倒したという話は嘘のつもりで、レイナもそれを嘘だと見破っていた。


だから優香の『なんでそれを知ってるの?』的なリアクションに二人は心底驚いている。



「どうやって倒したのですか!?」


「ど、どうって……まぁ……キック?」


「熊を蹴り倒すほどの蹴りですと!?」


「いや……その……あっ!」


雄治と目が合う。

吐いた嘘が真に──熊を倒したのが事実だと知り、怪物を見るような眼差しを向ける雄治。

ソフィアなんて単なる脳筋だから、暴力的な武勇伝を聞かされれば喜ぶ……外のSPらも同じだ。


だけど雄治は違った。

ソフィア達と違って非日常を過ごしていない。熊殺しの姉など恐怖でしかないのだ。



「姉ちゃ……いや失礼、我お姉様ッ……肩でもお揉みしましょうか?へへへ」


「その謙った喋りやめて!傷付くから!」



(やばいな……雄治がマジビビりしてる……ちゃんと言い訳しないとイメージが完全に崩れてしまう……!)

※そこまで崩れません



優香は言い訳を考える。

だが興奮状態のソフィアがそれを邪魔する。



「どんな蹴りでぶち殺しましたか!?」


「こ、殺してねーから!追い払っただけだしっ!」


「なるほど……殺さずに手加減した訳ですね!?もう熊とか雑魚ですよ雑魚ッ!そうですよね!?」


「メイドさん、貴女と会話する度に雄治が離れて行くんだけど?もうあまり煩くしないでくれますか?今ほんとにキレそうなんですけど?」


「ひぃ……!?殺されてしまう!」


「そこまで短気ちゃうがな」


「優香大お姉さん様」


「ん?なんだい雄治?いつものように姉ちゃんと呼びなさい?」


「はい!これまでと変わらず話せる許可をありがとうございます!」


「おう!もうなんでも良いからこれまでと変わらず頼むよ!」


「イエッサー!──ではお聞きします……どの様な経緯で熊さんを狩ることに?」


「いやこっちから仕掛けた訳じゃないからね?山でキャンプしてたら襲われて……それでも動物虐待はマズイから逃げようとしたんだけど、後から来た別の熊さんと挟み撃ちになって逃げきれなかったんだよ」


「え?まさかの2体1?詳しく事情を聞いたら少しは人間味ある話になると思ったのに、それとは逆でどんどんヤバい方向にランクアップしてくじゃん。しかも熊さんに襲われてるのに動物虐待を心配するとか発想が化け物の中の化け物やん」


「………そこまで言うことないじゃん」


──あ、姉ちゃんマジで落ち込んでる。

これ以上イジるのは止めておこう。


というか怪我しなくて良かったわ。

熊さんに襲われるとか、結果的に大丈夫だと分かっていても聞いててゾッとする。

姉ちゃんが強くて本当に良かったと思う。



「姉ちゃん、その山には二度と行かないでね」


「え?別にまた熊に遭っても──」


「いいから」


「いや、でも──」


「いいから」


「……はい」


「普通なら死んでるからね?」


「うっす」


「次行ったら二度と口聞かないから」


「うん、二度と行かない」


「絶対だからね?」


「わかった」


「………」


「つかぬことをお聞きしますが」


「なんだい危険非予測姉ちゃん」


「今のはもしかしてアレか?さっきボケが滑ったことに対する腹いせか?」


「はい。半分は八つ当たりさせて頂きました」


「うわっ、弟がみみっちくて姉ちゃん複雑だわ」


「うるさいな……その話は終わったのにいつまで言ってんの?」


「おいプリン、じゃあプリン、ずっとプリン、そのことを言い続けている雄治はなんなのよ」


「プリンと滑り芸を一緒にすんなやっ!」


「なんでプリン煽りすると少しキレんの?」


「……ぷっ」


「「なにわろてんねん」」


レイナは思わず吹き出してしまった。

癖の強い雄治とそれに負けない性格の優香。


二人にとっては日常的な会話だが、両者譲らないツッコミとボケの応酬はレイナからは面白く見えていた。

王族として大事に育てられ、日本に来てからもSPの存在で周囲からは警戒されてしまう。

立場的に用心棒を側に置くのは仕方ない事だが、その所為でフランシア王国と変わらない生活を送るハメになった。


学校でも一人だけ浮いてしまっていた。

仲間外れにされてる訳ではないが、王女という事で逆に周りに気を遣わせている。


だけど、この姉弟は一体何だろうか?

レイナが王女という事に気を遣った素振りもなく、かと言ってSP達を恐れる様子もない。

雄治に至っては異性を魅了するレイナの容姿にすら微塵も興味を抱いてないのだ。


寂しい日々を過ごしていたレイナにとって、坂本家での出来事は何もかも新鮮で楽しい。


思えば町田夕美達と話せたのも雄治が来てからで、自分を客人として扱う可憐とケンカする程まで心を通わせたキッカケも……やはり雄治。


雄治はかけがえのないモノを沢山届けてくれるレイナにとって救世主と呼べる人物。

だからこれからもずっと一緒に居たいと思っている。


優香に関しては、熊を徒手空拳で討伐する末恐ろしさは有るものの、悪戯に誰かを傷付けるような人間ではないと分かる。

だから優香も信用する事にした。




「二人とも息ぴったりだねー、仲良しだー」


「そんなことねーよ」雄治

「そう見えちゃう?」優香


「うん、でもそんな所は合わないねー」


本当は初恋の男性と、少しの間だけ一緒に暮らせればそれで良い考えていた。


でも今は少し違う。

この一風変わった姉弟を近くで眺めていたいと思ってしまっていた。



(ユウジが兄でも、ユウカが姉でも、きっと楽しいだろうなー)



「──そういえば姉ちゃんどこ行ってたの?」


「え?オケカラだけど?」


「は?真昼間からカラオケとかヤンキーじゃねーか」


「隙あらばヤンキー煽りするのやめて」


「どんなの歌うの?」


「ラ◯クとか、U◯ERとか」


「おお、いいね!!」


「今度一緒に行っちゃう?」


「昨日、石田と行ったからしばらくはいいや」


「……あんにゃろう」


繰り広げられる姉弟のお喋りと、それを眺めて微笑むレイナ第四王女。


本来の目的を完全に見失っている。

少し前から冷静さを取り戻していたソフィアがそれに見かねて、主人のレイナにソッと耳打ちをした。



「宿泊の件はどうしましょう?」


「…………あっ!」



──────────



「でもやっぱり何かあった時に困るんじゃない?」


「そこを何とかお願いしたいかなー?」


雄治ではなく姉へ説得を試みる。

こうなればもう意地だった。せめて数日だけでも泊めて貰いたいとレイナは粘り強く交渉を続ける。



「わかった……じゃあ1週間泊めてくれたら15万あげるー!」


「ん?」

「お?」


絶賛交渉され中の優香はあまり態度に変化はないが、姉に何もかも押し付け中の雄治は、金の話になった途端にレイナの方を向く。



「15万か……これは絶妙な数字だぞ」


「こら弟、金に釣られんな」


「いや、これが100万以上とかだと引いちゃって断るけど、15万はなかなか魅力的な金額だよ。なんせ夏休みフルにバイトを入れれば届きそうな現実的な金額だぞ?──因みにそれって二人で15万?それともそれぞれに15万?」


「それぞれだよー」


「だってさ姉ちゃん!」


「だってさってお前……金で泊めるのは流石にどうかと思うぞ?それにこの子は多分、お風呂場とかにも平気で凸って来るタイプだぞ?」


「優香パーフェクトソルジャー様」


「ん?どうしましたソフィアさん?あと誰がパーフェクトソルジャーやねん」


「そういった淫らの行為は絶対にさせませんのでご安心ください……仮に私の目を盗めても、護衛の誰かが必ず止めます」


「だってさ姉ちゃん!」


「………もういいってそれ」


「でもそろそろ夏休みじゃん?」


「そうだけど?──てかあんたバイトするつもりだったの?」


「うん、バイトするつもりだったんだよ、遊ぶ金欲しさに……でも15万が手に入るならずっと家に居れるからね」


「…………」


「もう一度言うけど15万ってやっぱり現実的な金額だと思うんだよね。10万じゃあさ、知らない人を泊めるデメリットの方が勝つんだけど上乗せさせた5万が程良いよね。逆に20万でも金額が大きく思えてダメだったよ。これはレイナとかいう王族が仕掛けた罠だ……悔しいけど流石は王女……かなり頭が回るよ」


「雄治のこだわりが姉ちゃんには分かんないとき偶にあるマジで」


「え?姉ちゃん15万欲しくないの?」


「いや別に?金が全てじゃないし」


「金が全てじゃないなんて綺麗には言えないわ、俺」


「ひねくれてんな……とりま母さんと父さんに許可取らないと、そもそもダメじゃね?」


その疑問にソフィアが答える。



「優香様が帰宅される前に、御両親とも電話でお話しました。優香様と雄治が許可すれば問題ないとの事です」


「外堀めっちゃ埋まってんじゃん」


「俺にも『様』付けろクソボケッ!!」


期間がたったの1週間でも、優香は他人を家に泊めるのは嫌だった。

優香は弟と二人で過ごす時間を大切にしている。学校から帰って来て雄治とダベるのが何より好きなのだ。


これこそお金で買えない価値がある。

これまでは雄治に怯えられていたが、最近では誤解も解けて心開いてくれる可愛い弟。例え何百万積まれようとも、この時間だけは奪われたくはないと──そう思っている。



(雄治のヤツ……そんなに私と二人が嫌なのかよ)


ん?いや待てよ?

15万円有れば、雄治はバイトしないでずっと家に居るって言ってたじゃん?

って事はつまり夏休みになれば得すんじゃね?今は辛いけど、後から何倍にもなって幸福が返って来るワケか……


レイナ=クイーンブラット……神かよ。



「レイナちゃん行くとこ無いんでしょ?じゃあもう泊まってきなよ」


「あ、はい」


優しそうな顔で何故か急に許可をくれる優香。


それにレイナは困惑する。



「レイナ=クイーンブラット。絶妙な金額を提示して来るとは流石は王女だ、やるな。その狡猾さに免じて泊めてやろう」


隣でその弟が嬉しそうに頷いていた。



「あ、うん」

(ただ単に、日本で使えるお金が限られてるだけなんだけど、勝手に凄い深読みしてる……私なにも考えてないのに、変なところで馬鹿だなユウジってー)


こうして泊まる事になったレイナ王女。




──ただし、桃花との一件さえなければ、レイナからの提案を絶対に飲まなかった。


あの出来事で雄治は考えを改めていた。

今回の決め手……それはもちろん金だったが、それとは別に少しでも前に進んで行ければと思っていた。



自分よりもずっと小さな桃花が前に進めている。

だから自分だけが立ち止まってる訳にはいかない。



──雄治は強くそう思っていた。




ーーーーーーーーーーーーーーー


次回は6月24日 12:00に更新します。



『冤罪で大切な人達に傷付けられた少年、無実の罪だと分かった後に謝られても絶対に許さない』


も投稿してます。

宜しくお願いします。




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