第17話 熊殺し
「でもやっぱり無理だぞ泊めるのは確実に」
「えー?なんでー?」
俺はSPの五人を玄関で待機させ、レイナと無礼千万なメイドの二人をリビングに通した。
SP達は『同じ空間で姫を護らなければダメだ』とゴネていたけど、ここは他でもない我が家……決定権は坂本家の人間にある。
だから俺は絶対に無理だと許さなかった。リビングに大男を五人も招き入れるとか正気の沙汰ではない。
喧嘩になったら勝てない相手なのでビビったが、俺の中にある負けん気が折れる事を許さなかった。
……ただし、それでも流石は心の広い俺。
小学生を家の前で立ちっぱなしにさせるのは申し訳ないと最終的にリビングに二人だけなら通す事にした。
なんだかんだで俺も甘いな。
バ○ァリンみたいに半分は優しさで出来てる。
「……これ美味いな!」
今食べている見た事もないような高級ケーキに負けた訳では断じてない。
でもこのケーキ食った事がないんだけどマジで美味しいわ。
形状は普通のケーキで、使われてるクリームもショートケーキに使われてるようなモノ。
だけど上には見たこともないようなフルーツが乗っており、それが彩り豊かで酸味や程よい甘さを引き出している。
またクリームやスポンジすらも最高級といって過言ではなく、極上の一切れを堪能させてくれた。
「これって幾らするの?マジで美味しいよ!」
「……やった!やったやった!──それは本国でしか買えないケーキで一切れ3000円だよー!ユウジの口に合うかずっと不安だったけど、美味しそうに食べてくれて良かったよー!」
嬉しそうに飛び跳ねるレイナ。
自国のケーキを美味しそうに食べていたのがそんなに嬉しいのか?
まぁ俺の場合は出身的に郷土料理や故郷の味とは無縁だから気持ちは解らないんだが……
「……残り三つもある……後で頂こう」
「それは家族の分だよー?」
「え?俺が四つ食べる計算で一気に食べてしまったんだが?」
「うん、普通に考えて分かるよねー?」
確かにそうだわ。
でも言わなきゃバレなさそうだし後でこっそり食べようかな……いや、でも家族にもこの美味しさを知って貰いたい。
姉ちゃんは甘い物が大好きだ。
お父さんはケーキとか苦手だけど、これはキツイ甘さじゃないし、一口くらいは食べさせたい。
母親は──
母さんは……美味しく食べてくれるだろうか?
俺が買って来たモノではないけど、今更になって俺が何かをプレゼントするのはおかしな話かも知れない。
でも、これがキッカケになって少しずつ前に進めたら良いと思う。
桃花の母親を目の当たりにして、あの時の母さんがどれほどマシだったのか、今ではよく分かっている。
「ユウジー?どうしたの暗い顔して?」
「いや……このケーキで、俺も少しは前に進めるんじゃないかと思ってさ」
「んんー?私のケーキそんな重要な役割なの?」
「……それくらい美味しいって事だよ」
「ふっふっふー!」
──予想以上に喜ばれたことに嬉しさを隠しきれないレイナ。ガッツポーズをすると、今度は後ろに控えてるソフィアに声を掛けた。
「ソフィアー、名誉挽回のチャンスだよー?──ユウジに王室専用のプレミアムでロイヤルな紅茶を淹れてあげてー?」
「……はい、かしこまりました」
一瞬、レイナの死角で嫌そうに顔を顰めるが、主の頼み事を断れる筈もなく、ロイヤルな紅茶を淹れる準備に取り掛かる。
しかし、そんな彼女を雄治が制止した。
「待ってくれ」
「なんだ?」
「飲み物は自分で用意する」
「なに?レイナ様が直々にオススメする紅茶が飲めないとでも言うのか?」
……このケーキとか、金城さんの鰻重とか、明らかにプロの作った食べ物や飲み物なら問題ないけど、女性の手作り感を出されると無理なんだよ。
姉ちゃんとかは別だが、前に弥支路さんの出したお茶すら飲めなかった。
弥支路さんみたいな優しくて、真面目な人がダメなんだからクソメイドは絶対に無理だと思う。
「全然喉が渇いてなくて……紅茶は遠慮しよう」
「例え喉が乾いてなくともひと口くらいは飲んでくれないだろうか?──私が嫌いかも知れないがレイナ様の顔を立ててくれ」
「…………まぁそうだけどさ」
よっぽどじゃない限り、紅茶をひと口も飲めないほど喉が潤ってるとか……無理が有るだろうな。
それが礼儀知らずなのかは置いといて、理由もなく頑なに断るのは幾ら何でも申し訳ないよなぁ。
実際にレイナは寂しそうにしている。
ここは上手いこと言って逃げるしかないか。
「紅茶が苦手なんだよ」
「なら先に言ってくれ……しかし、苦手なら仕方あるまいな。野菜や健康的な飲み物ならば無理やりにでも提供するが、私もコーヒーとか飲めないしな」
「……ああ……すまない……」
「気にするな」
「急に優しくなってんじゃないよ」
「んだと!?」
本音を言ったら怒られてしまった。
だけどレイナに逆らえないメイドを恐れる必要なし。本当は紅茶大好きなんだけど……仕方ないか。
失礼な事をしてしまったが、出されたモノを一滴も口に入れないより遥かにマシだろう。
「うー、残念だよー」
──レイナにとっては生憎、雄治にとっては幸いな事に、今は紅茶しか用意して無かったのでレイナは仕方なく諦めた。
苦手だと言ってる物を無理やり飲ませ、せっかく美味しく食べて貰ったケーキの味を台無しにするのはレイナにとっても避けたい事だ。
「まぁ……そういう事だから」
「というよりなんでタメ口なんだ?私はお前より5歳以上も年上だぞ?」
「いやレイナだって俺にタメ口やん」
「レイナ様は王族だから当然なのだ!!」
「王族としての矜持を見せたいなら国に帰れ!!さっきもそう言っただろう!?この日本でデカい顔してんじゃねーよ!!」
「な、なんだとぉ!?──そ、外のSPを呼ぶぞ?」
「こっちだって姉ちゃん呼ぶぞ!」
「はぁ?お前の姉君がなんだと言うのだ?」
確かにコイツら的にはそうだよな。
海外のガードマンは日本のヤンキーになんて興味ないだろう。
それに姉ちゃんを知らない人から見ても、明らかに玄関の隙間から覗き見しているSPの方が強そうだと言う筈だ。
いや流石の姉ちゃんでもやっぱり勝てないか?
王族の護衛だけあって、相手は明らかに戦場で幾つもの修羅場を潜り抜けて来た傭兵感あるし。
でも姉ちゃんが舐められるのは我慢出来ん。
ここは話を盛るしかない。
「姉ちゃんは素手で熊を倒した事があるぞ?」
「な、なんだと!?」
「「「「「……!?」」」」」
もちろん冗談だ。
だけどメイドだけじゃなく、部屋の外で盗み聞きしていたSP達まで驚き声を上げた。
(ば、ばかな……あの五人は伝説の傭兵部隊フランシアウルフ部隊の生き残り……そんな彼らでも重火器を使わずに素手で熊を倒すなんて不可能だ!──坂本雄治の姉とはいったい何者なのだ?)
ソフィアは心底震えていた。
(明らかに嘘なのにー、ソフィアもウルフ部隊も信じてるねー、普通に考えたら熊を人間が武器を使わずに倒すなんて不可能なのにねー)
ただ唯一、レイナだけがこの嘘を見抜いていた。
だけど指摘はしない……騙した騙されたで更に揉めそうだったから。
ただし、戻ったらソフィアを含めた傭兵達の再教育を心に誓うのであった。
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次回は6月22日 12:00に更新します。
『冤罪で大切な人達に傷付けられた少年、無実の罪だと分かった後に謝られても絶対に許さない』
も投稿してます。
宜しくお願いします。
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