第16話 浮気女の続報


それからあっという間に1週間が経過した。

桃花とは定期的に連絡を取っており、母親とその後について小まめに報告をしてくれる。


母親の方がゴネている所為で離婚には少し時間が掛かるようだが、それもただの時間稼ぎで離婚するのは間違いないと桃花は話してた。

どうやら話を聞いても同情の余地がないらしく、父親の方は離婚の意思が硬いとの事だ。


アレだけ不倫相手と一緒に桃花を馬鹿にした癖に、離れ離れになるのは絶対に嫌みたいだ。旦那に愛想尽かされているのは仕方ないと既に諦めているようだけど、桃花をどうしても引き取りたいと騒いでいる。


養育費も要らない、支援も要らない、子育てに迷惑は掛けないからと必死に懇願しているそうだが桃花は物心ついた子供だ。

そんな桃花が父親の方が良いと頑なに言うのだから母親の主張は通らないだろう。



『私ね、お母さんが反抗期で可愛げも失くなった……って話してたから、あまり愛されてないと思っていたの。でも、それは本気で言った訳じゃなくて、私の事は本当に心から愛してるんだって……じゃあさ、あんなこと言わなきゃ良いのにね』


『あんな風に言ったのは浮気相手に気に入られる為だろうさ。娘との関係が良好だと知られたら相手に振られると思ってたんだよ』


『え?どうして?』


『んん〜……男の独占欲みたいなもんかな?自分よりも家族の方が大事なのかよ……的な感じの』


『………そうなの?』


『多分……そんな男の気持ちが桃花の母親には分かってたんじゃないのかな?やっぱり不倫には相当慣れてると思うよ』


『へぇ〜………良く分からないけど、私はちゃんとお母さんに愛されてたと思って良いのかな?』


『まぁ支援も養育費も要らないって言うなら、少なくとも浮気男やお金よりは大事なんじゃないか?』


『………そっか』



母親に疎ましく思われてないと知り嬉しそうだ。


だからと言って桃花は母親を許さないだろう。

しかし、何年も母親と共に培ってきた愛情や信頼関係はそう安易と捨てられるもんじゃない。

それが例え軽蔑すべき相手でも、母親にちゃんと愛されていたと知ればやっぱり安心するモノだ。


それは俺自身が良く分かっている……だから、母さんを恨んでも離れるのは嫌だった。


離婚を避ける為に家族に知られるのを拒んだ。現実から目を背け、これ以上嫌いになりたくないからと自分勝手な考えで母親の全てを無視し続けてきた。


だけど桃花は考えを改めるキッカケをくれた。

今更どうやって歩み寄れば良いのか分からない。

でも前に進もうとは思えるようになったと思う。



君に関わらなければこんな風に考える事も無かったよ──桃花……ありがとう。



『雄治お兄ちゃん』


『ん?なに?』


『独占欲みたいなのお兄ちゃんにもある?』


『……………あったよ……裏切られたけど……』


これは母親の事じゃない──姫田愛梨だ。

コイツの場合は面と向かって堂々と裏切りやがった。母さんとは違って歩み寄ろうとすら思えない相手。



『………そっかぁ……お兄ちゃん色々あるんだね』


『でも今はぶち殺したいくらい憎い』


『えぇ……』


『ドン引きしてんじゃないよ』


既にアレに告白した事は黒歴史になっており、もう姫田愛梨の何処が良かったのか、今では本当に全然ちっとも分からない。



姉ちゃんは素気なく見えて実は優しいし、何より鼻筋の通った美しい見た目をしている。


姫田愛梨はそれとは真逆。

優しそうに見えて実は人の心が分からない人間だ。

綺麗さも姉ちゃんが上だし。



そして可愛らしい性格で甘えてくれる楊花。

会うのはまだちょっと怖いけど、いつか仲直りしたと本気で思える相手だ。メッセージでは癒してくれる。


姫田愛梨とは仲直りしようと微塵も思わない。

メッセージに関しても、こっちからブロックすると後で絡んできそうだからせずに我慢している。



人間性も金城さんには到底敵わない。

なんで彼女に対して症状が現れないのかは未だに解らないが、とても気配りが出来て困った時は助けになってくれる。後輩だけど頼りになる子だ。


姫田愛梨はそんなのとは無縁。

来るなと言っても来るし気配りなんて有りゃしない。

困った時に邪魔をするような奴だ。



高宮生徒会長はヤバいところも沢山ある。でも姫田愛梨とは違って絶対に人を傷付けたりしない。触れ合ったりするのはまだ少し怖いけど、一緒に居るだけで心が安らぐ相手だ。


姫田愛梨にはそれがない。

ヤバさしかない。

一緒に居るだけで不快になる。



──だから本当に良さが分からない。

僅かな期間でこんなにも印象が変わるなんて……ある意味で凄い存在だと思う。



『そんなに憎んでるの?』


『道端のう◯こを食べるか、ソイツとキスをするか二択を問われたら迷うことなくう◯こを食べるね』


『……え?そこまでなの?』


『うん、もう10個くらいイケるね』


『やめて凄く下品』


『確かに……もう言わないよ』


『そのネタ使って良いのは小学生までだからね?』


『……もう言いません』


そして小学生に嗜められる俺……マジウケる。



────────


桃花と通話が終わった後は部屋のベッドに寝転がりながら漫画を読み寛いでいた。


──ピンポーン。


2時間ほど経過した頃チャイムが鳴る。

俺は居留守を使おうと考えたが、姉ちゃんに荷物の受け取りを頼まれていた事を思い出して仕方なく重い腰を上げる。


因みに姫田愛梨は塾に行ってる時間だ。なので奴の襲撃を心配する必要はない。アレの両親も大概だからサボりとか絶対に許さないだろうしな。



「このまま塾帰りに異世界転移しないかなアイツ」


俺は切にそう思った。

でもチートとか手に入れて帰って来そうだから、それは少し怖いかも知れん。マジで厄介だな姫田愛梨。


着払いの荷物だった為、前もって姉ちゃんから渡されていたお金を用意して玄関へ向かう。



「はーい………はぁ?」


俺は玄関の扉を開ける──すると、そこには配達員ではなく見覚えのある少女が立っていた。


小学生で金髪の洋風少女だ。正直面倒な相手だから二度と会うつもりなんて無かったのに、まさか自宅に押し掛けて来るなんて思ってもみなかったよ。



「ユウジー!遊びに来たよー!」


ドアを開けたのが俺だと解ると少女はニンマリと笑い手を振って挨拶をする。


色白の肌に長い金髪。

白のワンピース姿は清楚さを連想させるが性格はあまり物静かではない。


名前は確か──



「………レイア?」


「ううん、レイナだよー!」



ああ、そうだ思い出した。

彼女の名前はレイナ=ブラッドレイ。

名前とか出身とかの印象が強すぎて記憶にしっかりと残っている。


フランスパン王国の第六王女だ。

間違いなくそうだ、完璧に思い出してしまったよ。



「こんにちわ」


「………どうも」


近くに佇んでいたメイドさんにまで話し掛けられた。

生まれて初めて生で目の当たりにするリアルメイドだが女に不信感を覚える前に会いたかったわ。


少し離れた所にはスーツとサングラスをした強面のガードマンが五人ほど控えており、それがレイナ=ブラッドレイの異質さを物語っている。


直ぐ側にはレイナが乗って来たであろうリムジンが停まっている……少なくとも住宅街にあっていい乗り物じゃないし、SPとメイドさんの存在も浮いていた。


その証拠に周囲には人が集まって来ている。

嫌がらせにも程があるぞ……絶対ヤバい家だと思われてるわ。真面目に生きて来たのになんて仕打ちだ。



……というかなんで住所がバレてんの?


金城さんの家で暮らしていると言ってたが、あの子は性格からして勝手に教えたりしないだろうし……ははん、さては権力使いやがったな?


もう帰らせるか……?

いや直ぐに追い返すなんて酷い事はしない。

相手は小学生だし、他国の王女ならこれ位の警備は必要不可欠だろう。


用件だけ聞いとくかね。



「何しに来たの?」


「ユウジー、家に泊めてー!」


「おまえもう帰れよバカタレ」


「えー、酷いっ!」


まさか住むつもりだったとはな……もう円満なんて絶対に無理だ。追い返す以外の選択肢はないぜ。



「ちょっとお待ちなさい!」


「あん?」



俺がドアを閉めるとメイドの女性がドアの間に自分の足を挟んで邪魔をして来た。年齢は20歳くらいの若い女性でレイナと同じく長い金髪。


こっちの敷地内だというのに、レイナを邪険にあしらった俺を睨み付ける。

ただでさえ大人の女性は苦手なのに横行な態度を取られたら溜まったもんじゃない。


俺は直ぐにクレームを入れようとするが、先に動いたのはレイナだった。



「ソフィア」


「はい、王女殿下」


「ユウジにドアを閉めさせなかったのはグッド。だけど睨み付けるのはダメだよー?」


「す、すいません……!」


「いや閉めさせないのもアウトだからな?」


「貴様っ!レイナ様に失礼だぞっ!」


「今注意されたばっかりだろ」


「この方は一国の王女にあらせられるぞ!気安く話掛けて良い相手ではない!」


「そんなに偉ぶりたいなら国に帰れや!フランスパン王国とか知らんがな!ここは日本だぞ!」


「……な、なんだと!?」


「ユウジー、大フランシア王国だよー……あっ、日本人にはファンシア国って呼ばれてるー!」


「え………めっちゃデカい国じゃん、やば」


「そうだぞ!これで身の程を知ったか!」


「それとソフィア?これ以上ユウジと揉めるなら本国に帰って貰うよー?」


「……は、はい……くっ!」


「ふん!メイド風情が図に乗りやがって」


「ぐぬぬ……!」


屈辱だろうな。でも平穏な時間を邪魔されたんだから被害者はこっちなんだよ。

てかこのメイド女、レイナからは見えない位置に居るのを逆手に取って俺にガン飛ばしてやがる。


許すまじ……チクったろ。



「レイナ=ブラッドレイ」


「レイナ=クイーンブラッドだよー」


「レイナ=クイーンブラッド」


「んー?なにー?」


「いや、ずっとソフィアって奴が僕を睨んで来るからもう怖くって……泣きそうだよ……あのひと本国に帰してあげて……ぐすん」


「……ソフィア」


「も、申し訳ありませんでした……!」


冷たい目で主人に睨まれたソフィアは土下座して謝罪する。



(──くっ、告げ口とか卑怯な奴だ……!)


ソフィアはチラッと後方に目を向けた。

背後にSPが控えているにも関わらず、彼らには御構い無しで強気な対応はして来るし、王女だと分かっているのに全く謙る事がない。



(にわかに信じ難い……これが本当に平和ボケした日本の高校生か?)


自分達に一切怯まないのが不思議だった。

ソフィアは雄治への警戒心をより一層強める。



「……それで……泊まっていいのー?」


「だからダメだって」


「でも行く所ないよ……助けてユウジ……」


「メイドと強そうな警備を連れといて何を言ってるねんお嬢ちゃんは……ホテル行きなさい」


「でも知らない場所怖いよ〜」


「俺ん家知らない場所だけど平気そうじゃん……てか金城さんは?あの子の家に暮らしてんじゃないの?」


「喧嘩した」


「え?それこそどうして?」


「同じ者を愛した宿敵同士になったからねー!」


「ますます訳わからん」


「だってカレン全然譲ってくれないんだもん!」


「……もうなんでも良いけどさ……と言うよりファンシアの第六王女と喧嘩して金城さん大丈夫なのか?国際問題にならないか?」


「第四王女だよー!」


「あ、間違えた」


「うん、さっきから全部間違ってるねー?ユウジ、私はレイナ=クイーンブラッドで、大フランシア王国出身で、第四王女だよ?──レイア=ブラッドレイでもないし、フランスパンでもないし、第六王女でもないんだよ?」


「ご、ごめんなさい」


目つきが鋭くなった……すげぇ怒ってんじゃん。

もう忘れないでおこう。



「連絡もくれないしさー」


「あ、それは普通に面倒くさかった」


「……忘れてたんじゃなくて?」


「うん面倒くさかった」


「………………」






──こんなやり取りをしていると再びソフィアが睨みを効かせてきた。雄治がなんの躊躇いもなくそれを告げ口したのは言うまでもない。




ーーーーーーーーーーーーーーー


次回は6月20日 12:00に更新します。



『冤罪で大切な人達に傷付けられた少年、無実の罪だと分かった後に謝られても絶対に許さない』


も投稿してます。

宜しくお願いします。



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