第15話 姉弟の在り方



時刻が16時に差し掛かった頃、玄関から女性の声が聞こえて来る。



「ただいま……雄治居るー?」


どうやら姉ちゃんが帰って来たようだ。



「お帰り、でも雄治居ないよー」


「じゃあ今の声はなんだ幽霊か?それとも私の幻覚か?はたまた遠隔で声だけ飛ばしてるのか?なぁおい雄治どうなんだ?」


「一回のボケに3回も突っ込まないで」


いきなりハイテンション過ぎるだろ……薬でもキメてんのか?


帰って来た姉ちゃんは俺が寝そべっているリビングにそそくさとやって来た。手にはコンビニの袋に詰め込まれた6本のコーヒー牛乳があり、それを袋から取り出して冷蔵庫に入れている。



「ふ〜ん、ふふ〜ん」


俺はその光景をソファーの上で寝転がりながら眺めていた。口笛吹いてるし機嫌は凄く良さそう。



「……てかもったいね」


コンビニでコーヒー牛乳だけをまとめ買いするとか意味分からん。同じ物を一度に沢山買うならスーパーで買えば良いのに……家からだとコンビニと距離変わらんでしょ。



「何か言った?」


「姉ちゃんが帰って来て嬉しいって言った」


「え……そ、そう?」


あまりにもちょろ過ぎる……嘘だから嬉しそうにしないで欲しいな。ほんと姉ちゃん見てると悩みとかなさそうで羨ましいぜ。


……いや分からないだけで大きな悩みを抱えているのかも。可愛い弟が相談に乗ってやろうかな。



「姉ちゃん、何か悩み事とかあったりする?」


「特にねぇべ?」


「やっぱりな!はは!」


「ん?もしかして煽ってる?てか『はは』ってなに『はは』って?デスティニーランドのアレか?その小馬鹿にした笑い方は絶対にそうでしょ?」


「……………ハハッ!」


「おいやめろ」


ツッコミキレすぎだろ。


もしかして麻雀で勝ちまくったか?

いや休日の昼間から麻雀は流石にないか。腐っても姉ちゃんは麗しの女子高生だもんな。



「ねぇやっぱり煽ってるでしょ?」


割としつこい。

怒られたくないから適当に騙すか。

チョロいし簡単に騙されてくれるだろう。



「煽ってないよ、大好き姉ちゃん」


「うわ、そんな心こもってない大好き初めて聞いたわ〜……て事はアレか?一回目の『姉ちゃんが帰って来て嬉しい』も嘘か、ちくしょう」


二度目はダメだったか。ちくしょう。

しかも一回目の嘘まで見破られたし……ジト目でコッチを見ている。

最近色んなところで姉ちゃんの武勇伝聞かされてるから喧嘩しても勝てる気がしない。

もう揶揄うのは辞めておこう。死んでしまう。



「あ、冷蔵庫にモンブランあるよ」


「ん、サンキュー……2つあるけど?」


「一つは俺のだから、プリンの時みたいに勝手に食べないでね」


「まだ根に持ってるの?」


「うん、許したことない」


「…………」


「…………」


「因みに、ちょっと前に雄治のゲーム機壊しちゃったじゃん?」


「ああ、あったね」


「もしかして、それもまだ恨んでる系?」


「え?全然?」


「いやなんでだよっ!明らかにそっちの方の罪が重いじゃん!」


「罪の重さを決めるのは被害者だ!!」


「た、たしかに言われるとそうかも……今日の雄治ぱねぇ」


ぱねぇのは間違いなく今の姉ちゃんだよ。

弟にぱねぇを押し付けないで頂きたい。



「だから二度とプリンを奪わないでね」


「う、うん」


これだけ言えば二度とプリンを奪われる心配は流石にないだろう……これで一安心。


そして姉ちゃんは冷蔵庫のモンブランを箱から取り出してる最中だ。もともと姉ちゃんが帰って来たら食べるつもりだったし、俺も一緒に食べようかな?



「姉ちゃんモンブラン食べるの?」


「うん、頂こうかな……いっすかね?」


「いいっすよ……ついでに俺も食べるから、一緒に持ってきて貰えますかね?」


「ふふ、姉ちゃんをパシるとは偉くなったなぁ雄治〜」


「別にパシってるつもり一切ないんだけど……さっき言った『ぱねぇ』もそうだけど、思考回路が完全にヤンキーのそれやんけ」


「そ、そんなことないですわよ」


「今度は金城のお嬢様口調かよ──つーか、なんで今日そんなにハイテンションなの?さっきからマジで怖いんだけど?」


「いや友達との麻雀で勝ちまくって」


おいおい俺の憶測が当たっちまってるじゃねーか。姫田愛梨の言ってた雀荘に通ってる話はマジだったのかよ。喧嘩して、あの口調で、服の着こなし方も若干ギャルっぽくって、その上雀荘にまで通いだしたらもう筋金入りのヤンキーだわ(※雄治はヤンキーに少し偏見があります※)



「流石にお金とか賭けてないだろうな?」


「………少しだけ」


更にますますヤンキーじゃねーか。賭け麻雀とかヤンキーレベル高っ!



「姉ちゃん、賭け事はやめときなよ……流石に弟として心配だわ」


「……………ゔ」


(え?雄治に心配掛けてんの?私ヤバッ)



「わかった、もう辞める」


「え!?……あ、うん」


聞き分け良すぎだろ。

急にヤンキーレベル下げんなよ。



「…………」


「…………」


「コーヒー牛乳飲む?(これ以上は高感度(好感度)ヤバそうだし話題を変えよう)」


「うん、飲む」


「……わかった」


姉ちゃんはモンブラン二つとコーヒー牛乳2本をトレイに乗せている。

さっきまでのやり取りを無かった事にしようとしている。急に冷静になってどうしたんだろう……薬もう切れたのかな?



「うんしょっと!」


「おおっ!」


ヤンキーなのにトレイを使えた事に俺は驚きを隠せなかった(※雄治はヤンキーに多大なる偏見があります※)



「モンブラン食べるの……姉ちゃんが来るまで待ってたん?」


「うん」


「そ、そっか……へへ……って事は姉ちゃんが居なくて寂しかったんか?──ごめんな?連れと麻雀してた所為で遅くなってさ」


「友達を連れとか言う奴は基本ヤンキーだぞ?」


「ああん?私をヤンキーだと見下してんの?」


「ごめんなさい」


「謝らずに否定してくれる?」


つい思ってる事が口から漏れてしまった。

でも姉ちゃんは他人に迷惑を掛けるタイプのヤンキーじゃないから、本気で卑下している訳じゃない。

見下してるのは姉ちゃん以外のヤンキーだ。この前もゲームセンターで馬鹿騒ぎする迷惑なチンピラにイラッとしたし。



「ヤンキーは嫌いだけど、姉ちゃんは嫌じゃないよ。普段から他人にも優しいし」


「あのね?姉ちゃんがヤンキーなのを前提で話すのさっきから止めてくれます?それに他人じゃなくて雄治にこそ優しいつもりなんだが……?」


「いや俺にもそうだけど他人にも優しいよ。マジで姉ちゃんのそういうところ思いやりがあって良いと思うよ?俺なんて一回も殴られたこと無いもん」


「や、やめろし……な、なんなの?」


顔を真っ赤にし、その顔色を二の腕で隠して誤魔化そうとする姉ちゃん。


考えてみれば反射的に凄く恥ずかしい事を言った気がする。どうしても最近の姉ちゃんとは遠慮なく本音で話せるんだよなぁ。



「ぅぅ……マジ恥ずい……もぉ〜……」


「一丁前に恥ずかしがってんじゃないよ」


「さっきから優しさと厳しさ交互に来るのやめて貰えませんかね、風邪引くわ」


コッチも照れ隠しだから許して欲しい。

姉ちゃんも同じなのか、おかしな挙動でテーブルにモンブランとコーヒー牛乳を置く。

いつも食事をする時みたく、向かい合った位置に少し乱暴に置いていた。


それを見届けて、俺も寝転がっていたソファーから立ち上がり、先に座った姉ちゃんの向かい側に座る。



「…………」


近くで見ると姉ちゃんマジで美人だよな。今の台詞は恥ずかしいから絶対に言わないけど。


俺は黙ってモンブランを頬張った。



「……う、美味い!」


クリームも滑らかで凄く美味しい。

もう一個買っとけば良かった……そう思える程の美味しさだ。



「だろ?」


流石は一個600円の高級品。

美味しそうな見た目に釣られて思わず自分のも買ったけど、これは買って良かったなマジで。

姉ちゃんがドヤ顔になるのも頷ける。



「………う〜ん」



だけど一つだけ懸念があった。


それは天辺に乗っけてある栗。

モンブランは好きだけど、この上にある栗がどうしても好きになれない。

何故なら柔らかいスポンジに、この一個だけ乗っけられている硬めの栗が俺にはどうしても合わないのだ。


モンブランは好きだし、栗も単体では好き。

組み合わさるとダメ……そう、モンブランと組み合わさった時に発生する柔らかいクリームやスポンジとの食感落差が少し苦手なのだ。


だからと言って残すのは勿体無いし……あ、困った時は姉ちゃんに食わせよう。



「姉ちゃん」


「ん?どした?」


「はい、あーん」


「ふぎゅ!?…………あ、あ〜ん……ん……急になんだよ……」


「いやモンブランの栗が苦手だから」


「それはもう知ってるけど……普通に皿に置けば良いだろ?雄治が直接食わせるとか止めろし……!」


「確かに……ごめん」


「ま、まぁ、いいけどさ、別に」


(雄治にあーんして貰えるとか嬉しすぎる……100名くらいの命を救ったレベルの報酬だわコレ。麻雀も勝ちまくってたし、雄治ともイチャイチャ出来るし、今日の私は最高にツイてるよっしゃ)



「姉ちゃん……美味しかった?」


「お、おう」


(緊張と嬉しさで味なんて分かるかっつーの)



「…………」


「…………」


「……うん、美味しい」


──雄治は今のやり取りを気にする事なく、黙々とモンブランを食べ進める。

自分だけが意識してたんだと気付かされた優香は羞恥心に襲われてしまう。



(雄治のやつ……平気そうなのが腹立つな──だったら私も!!)


「雄治……はい、あーん」


「……あむ………ありがとう……やっぱりスポンジとクリームの部分は最高に美味いね」


「味が分かるの?」


「俺の味覚舐めてるの?」


「マジで意識してるの私だけか……」


「何が?」


「なんでもない、黙って食べなさい」


「はい姉上」


情緒不安定過ぎてヤバいな今日の姉上。

なんか怖いし、もう黙って食べ進めちゃおう。



「……………」


「………ぅん……美味い」


「……………」


「……………」


「なんかあった?」


「………え?──なんで?」


「なんか良く喋るし、から元気に見えるからさ」


「……………なんで分かるんだよ」


「分かるよ……だってお姉ちゃんだよ?」


上手く隠したつもりだったけどな。

正直言って今日の出来事をまだ引き摺っている。だから悟られないように明るく、俺らしく接したつもりだったのに……強がりという綻びをアッサリ姉ちゃんに見破られてしまったようだ。


姉ちゃんに心配掛けて申し訳ない。

だけどそれ以上に気付いて貰えたのが嬉しかった。姉ちゃんは本当に俺の事を良く見てくれている。



「俺は姉ちゃんと話するのが一番楽しい」


本当にそうだよ。話してるだけで心が安らぐ。

玄関から姉ちゃんの声が聞こえて来た瞬間に安心してしまったんだ。


悔しいけど認めるしかない。

間違いなく俺にとって最高の姉ちゃんだ。



「え……あ、ありがと……な、なんか面と向かって言われると恥ずいんだけど……」


(そんな風に思ってくれてるのか……ヤバい嬉しくて泣きそう。本当は色々聞きたい。でも雄治が話してくれるまでは待つ──ま、私も雄治と話をするのが一番楽しいからね)



「また甘えて良い?」


「良いよ別に──それに姉ちゃんってのはそういうもん。弟を傷付ける姉なんて居ないから……居たとすればそんなの姉じゃないよ。だから、私は何があっても雄治を守るよ」


「………ありがとう」


「どういたしまして」


(あれ?今日の雄治死ぬほど素直なんだけど?いつも可愛いくて天使なのに、今日はとにかくもっとヤバい……これって結構無茶なお願いでも聞いてくれんじゃね?)



「雄治……お姉ちゃんと一緒にお風呂入る?」


「はぁ?入るわけないだろ?頭おかしいんじゃねーの?」


「……え……あっ……ごめん」



ーーーーーーーーーーーーーーー


次回は6月18日 12:00に更新します。



『冤罪で大切な人達に傷付けられた少年、無実の罪だと分かった後に謝られても絶対に許さない』


も投稿してます。

宜しくお願いします。


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