第14話 前進めるように
──桃花の母親は先に帰った。
これからも母親でいられるのかは分からないが、あの様子を見る限り関係の改善・修復は相当難しい筈だ。
浮気男からも連絡先と免許証のコピーを貰っていたので、これから奴は相応の報いを受ける事になるだろう。
そして今は全員店の外に出ている。
問題は解決してないが、父親が介入してきた以上は任せても大丈夫だろう。
最後まで桃花は悩んでいたが、母親の態度と俺たちの助言を聞いて父親に真実を打ち明ける決断をした。
本当に勇気を出したよ。
まだ小学生だというのに彼女は逃げなかった……本当に強い女の子だと思う。
そんな桃花は何よりも心強い父親の手に引かれ、俺達三人とは別の方向に帰ろうとしていた──だが途中で振り返り此方へとやって来る。
「雄治お兄ちゃん、ありがとう……お兄ちゃんが居なかったら、私は一人でずっと抱え込んでたと思う」
「そうか……これからいろいろ辛いとは思うけど頑張れよ」
「うん!」
「まぁ二度と会う事は無いけどな」
「……そういう所だよ?」
傷付いてない筈がない。
だけど桃花に悲壮感は感じられなかった。
父親を含めて沢山の味方が居るもんな。
俺が選べなかった正しい選択肢を桃花は選んだ。本当はもっと最善な解決方法があったかも知れないけど、俺は正しい判断をしたと思っている。
これから彼女は周囲に助けられ、徐々に前へと進めて行けるだろう。
もう一人で耐えなくても良い。
絶対に俺みたいにはならないでくれよな。
「……お母さんとは……どうなるかな?」
「……俺が旦那さんなら離婚だな」
「うん……私も、流石に今のお母さんとは一緒に居たくないかなぁ」
「そうだろうな」
「私たち家族がどうなったかだけ連絡しても良い?お兄ちゃんには知って欲しいから」
「……ああもちろん」
やっぱり桃花には甘い。
自分と重なってしまうんだろうなどうしても。
次に桃花は、俺の両隣りに立っている金城さんと生徒会長に微笑みながら声を掛ける。
「金城さんもありがとうございました」
「どういたしまして。貴女は良く頑張りましたわ。勇気を出しての決断……本当に悩んで辛い思いをしたでしょう?辛い事があったのですから、これからは幸運に恵まれると信じてますわ」
「はい!この恩は忘れません!」
「それではご機嫌よう」
「ご機嫌よう!──生徒会長もありがとう!」
「どういたしまして。良く頑張ったよ。勇気出して、決断して、悩んで、辛かったでしょう?幸運になるといいね」
「……うん?」
(金城さんのコメントパクりやがったぞ)
(私の真似をしましたわ)
「そ、それじゃあバイバイ!!」
桃花は手を振りながら去って行く。
「それでは」
父親はもう一度頭を下げてくる。俺たちは手を繋ぎながら帰る親子の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
「ねぇ後輩くん」
「何ですか」
「私には最後までタメ口だったよ」
「気にしてんすか?」
「うん、気にする」
……みみっちい生徒会長だな。
人のコメントパクっといて尊敬されるわけないし。
「ねぇ金城さん」
「生徒会長様……どうされました?」
「私って役に立ったかな?」
「………………癒しにはなりましたわ」
「本当に!?」
「は、はい」
金城さんは優しいな。
俺に聞いてきたら『途中で帰って欲しかった』って正直に言ってやるのに。というかこの生徒会長は無理やり着いて来ただけだしな。
まぁ聞いて来なければわざわざ言わないけど。
「後輩くんも私が居て良かったと思う!?」
「いえ途中で帰って欲しかったです確実に」
「酷いッ!!」
あっ、聞いて来るから正直に答えちゃったよ。
───────────
役割を終えた俺は途中でケーキ屋に寄り、姉ちゃんに頼まれていたケーキを買って帰る。
あの後は生徒会長を宥めるのに大変だった。
「………姉ちゃん………居ないか」
一切の躊躇なく姉ちゃんの部屋を開けたが、中には誰も居なかった。
部屋の中に置いておくと生クリームが溶けてしまうので、買って来たケーキを冷蔵庫の中に入れる。
自分の分も買ったけど、姉ちゃんと一緒に食べたいからついでに冷やしておこう。
「少し前まで姉ちゃんと一緒に御飯を食べるのなんて気まずかったのに、もうそんな気持ちも無くなったな」
姉ちゃんがどれだけ心配してくれているのか知ってしまったから距離を置く必要もない。
ヤンキーなのが凄く残念だけど、俺には優しいから問題ないか。でも改心して欲しい……人として。
部屋に戻った俺はベッドに横たわり、目を瞑りながら今日の出来事を振り返ってみた。
自分があのとき間違えてしまった選択を正しい方向に導く事が出来た。
これで少しは前に進める。
良かったじゃん俺。
…………
…………
……なのにこんなにも虚しい。
モヤモヤが一向に晴れない。
それもその筈だ。
理由は自分が一番誰よりも分かっている。
桃花は前に進めた。
逃げずに現実に立ち向かった。
俺は立ち止まった。
逃げて現実から目を背けた。
この差が俺を苦しめている。
その事実はどうやっても覆らないんだよ。
──最後に見せた桃花の笑顔を思い出す。
俺だってあの笑顔を浮かべる事ができた。
その位置に立つ事できた。
人生ノーマルモードに突入する分岐点は確かに存在していたのに、俺は裏道に逸れてしまった。
攻略法の存在しないエリアへ……それも自分の意思でその高難易度に挑戦する道に抜け出てしまったんだ。
単なる自爆。
なのに俺は上手くいかなかったと勝手に嘆いて苦しんでいる。
「……俺の母さんとは違ったな」
それに桃花の母親を見て、俺の中にとある不信感が強まって来ていた。
母さんは本当に何もしてないんじゃないのかという考えが、今更になって胸の奥から湧き上がって来る。
母さんは家族に全部を話そうとしていた。
自分の非を認めて、全部話そうとした母親を少しは信じてやるべきだったんじゃないだろうか?
「自分は何も出来なかった癖に……」
俺は桃花の件で助言を行い、浮気男と浮気女に対して好き放題言い放ってきた。
「いったいどの口であんな台詞を吐けたんだよ。自分の事を棚に上げてあんな付け上がった事を良く言えたよな」
母親の話も聞かない、家族にも話さない……こんなにも大きな過ちを二つも犯してしまった。
母さんの言い分を全く信じなかった。
でも、もし母さんの言い分が本当だったら、俺はとんでもない過ちを犯してしまった事になる。
そうなると取り返しが付かない。
もし、本当に母さんが泥酔していた所を無理やり連れ込まれたとしたら……?
そう考えると本当に怖い。
当時の俺は母さんの気持ちなんて少しも考えてなかった。それに父さんと姉ちゃん、どちらかに話していたら、それだけで状況は変わっていたかも知れない。
「あの時の俺は、実際に目で見たモノしか信じなかったから」
俺も桃花みたいな結末を迎えたかったよ。
だからこそ虚しい。
俺も同じように救われたかったから……俺もあの子みたいに笑顔で誰かに手を引いて貰いたかった。
「このまま母さんを恨み続ける事は本当に正解なんだろうか?」
今回をキッカケにそんな風に考えられるようになれたとは思う。
ずっとどうするべきか悩んでいたけど、母親と話をする機会は思ったより早く訪れそうな気がする。
「──あ、着信」
俺がこれからの事を前向きに考えていると誰かの着信が入って来た。
このタイミングで母さんなら最悪だな。
姫田愛梨ならどのタイミングでも最悪だな。
そして相手は──
「………なんだ碓井かよ」
俺は安心し、メッセージの内容に目を通す。
『弟がバニラアイス食って貰えなかったから落ち込んでいたぞ!』
「…………ふっ、そういえば碓井の弟がアイス奢るって話だったな」
心底どうでもいい。
だけどお陰で元気が出た……ありがとう。
「俺って友達とか、姉ちゃんに恵まれてる」
過去の事は取り返せない。
だからこれからは間違えないようにしよう。
いろいろ考えさせられたけど、今回の件に関わって良かったと思っている。
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一年以上も投稿が空いてしまったのに、再開後は読者が増えて嬉しいです。
これからも宜しくお願いします。
次回は6月16日 12:00に更新します。
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