第12話 母親の姿
ある二人の来店により、雄治達を取り巻いていた和やかな空気は一変する。
腕を組みながら店を訪れた男女は……女性の方は間違いなく、桃花の母親だった。
そんな二人は雄治達のすぐ側の席に座った。向こうからは覗き込まないと見えないが互いの話し声は丸聞こえである。
二人の会話を聞きたかった桃花達には、意図せず理想的な配置になった。
「ここは相変わらず素敵よね〜」
「隠れて会うには最適だ」
「そういえば娘さんは大丈夫かい?家に居るんだろう?」
「問題ないわよ。それに私達の不倫に気が付けるほど鋭くないわ……それに最近は反抗期で可愛げも失くなったし……子育てって大変よね」
──それは想像を絶するような発言だった。
家族を壊したくないと頑張って、勇気を出して雄治達に相談して来た心優しい娘を卑下する様な言葉。
「………ぅぁ……ぐぅ〜……」
あまりにも報われない。
雄治達は死角で見えず、桃花に対して言い放った言葉ではないが、それを本人が聞いてしまっている以上、愚痴や冗談では済まされない。
それは顔を机に突っ伏して大泣きする桃花の痛々しい姿が物語っている。
直接、不倫というワードが本人達から出てしまった以上、ほんの僅かに残されていた勘違いという線は完全に消滅した。
「……何ですの……あの母親は……!!」
「…………ッ!」
金城さんも、自分の事の様にワナワナと震え出し、生徒会長は口元を抑えて絶句する。
事態は何よりも最悪な展開を迎えてしまった。
「……絶対に……許さない……!!」
「桃花………ッ!?──おいっ!?」
頭を上げた眉浦桃花の顔は涙に濡れていた。それを拭う為に新品のおしぼりを手渡そうとした次の瞬間──眉浦桃花は母親と浮気男の前に飛び出して行った。
(クソッ!通路側に俺が座るべきだったッ!)
しかし、後悔しても手遅れだ……もう彼女は二人の前に立っているんだから──
「お母さんッッ!!!なにをやってるのッッ!!?ねぇッッ!!?」
「と、桃花ッッ!?どうして此処に!?」
それは子供とは思えない悲痛な叫び声だ。
狭い店内に数組存在していた客達は一斉に桃花の方を向いた。
娘の登場に母親は驚き、浮気男も真っ青にして目を背けている。
「………まずいですわ!」
「待って!!」
「え、雄治様?」
桃花を止めようとする可憐を雄治は手で制した。
二人の前に出るのを阻止できなかった……そして、こうなってしまった以上はどうにも止められない。もはや桃花に言いたい事を言わせてからじゃないと話は進まないのだ。
「お母さん……酷いよ……私も……お父さんも裏切って……な、なんで……!?」
「そ、それは……」
言い淀む母親。
目は完全に泳いでおり、娘を傷付けた罪悪感よりも、どうやってこの場を乗り切ろうかと逃げ道を探していた。
それは長年一緒に暮らしていた桃花には分かってしまう。仮令子供でも血の繋がった親子なのだから……だからこそこの後に及んで逃げようとする母親に対し、桃花は途方もない悲しみを抱いていた。
「母さん……ちゃんと話してよ……」
桃花の母親は言い訳するのを諦め息を吐く。
「桃花、もう言い訳はしないわ……飛び出したという事は聞いてたんでしょ?」
「……え?」
「と、桃花が黙っていれば、それで済むの……これは一時の気の迷い、だからもう彼ともこれっきりにする……だからあの人には言わないでっ!」
「………お母……さん……?」
「私とあの人が離婚したら困るのは桃花でしょ!?──だからお願いよ!あの人には何も言わないで!!」
必死に懇願する母親の姿を目の当たりにして、桃花は衝撃で動けずに立ち尽くす。
最低だという思いと、母親を軽蔑する気持ち……しかし、それと同時に母親の言う通りだと思ってしまっていた。だから動けない。
桃花は賢い。
母親の不倫を察知し場所まで特定した。更に歳上の雄治達を頼るという手段を選べるほど頭が回る。
だから母親の言う事が真実だと理解できた。
もし、父親に告げ口して離婚になればどうなるのか……その先を考える事が出来た。
引っ越しになるかも知れない。
そして、こんな母親でも自分を今まで大切にしてくれた……その愛情が残っているから辛かった。
離婚になれば桃花は父親に着いて行く。
すると母親にはもう会えないし、浮気が原因の離婚ならば、父親の為にも会うべきじゃない。
そうなれば本当にお別れと言う事になる。
『反抗期で可愛げも失くなった』
こんな事を言われても切り捨てられないのだ。一緒に暮らしていた時の母親は本当に優しかったから──
「わ、わたしは……」
迷った挙句、桃花は頷きそうになる。
可憐も椎奈もそれを止めるなんて無責任な真似は出来ない。桃花の母親は許せないが、これは桃花の家庭の問題……赤の他人に口を出す権利はないと二人は半ば諦め掛けていた。
ただ一人、雄治を除いては──
(母親の言う事は正しい……そして、俺も実際に同じ話を自分の母親に提案した。当時はそれで正しいと思っていた……だけど)
雄治は当時の母とのやり取りを思い出す。
アレは雄治から一方的に押し通したモノで、母親は最後まで止めようとしていた。
だけど桃花の場合はどうだろう?
悩む娘に対して、この問題から目を逸らすように説得し、罪から逃れようとしている。
雄治の母が止めた事を、桃花の母は自ら率先して通そうとしているのだ。
それがどうしても許せなかった。
そして、此処で何もしなければ桃花が自分を頼った意味がなくなる。そう考えた雄治は椅子から勢いよく立ち上がった。
「アンタは娘に死ねと言ってるのか!!」
「え……雄治お兄ちゃん?」
「あ、あなたは誰!?」
雄治も可憐達と同じで赤の他人。
だけど、雄治には口出しする権利は無くとも、口出しする義務があった。
その選択によって傷付き、その選択が間違いだと知っている者として、それを少女に教える義務があった。
背後で可憐や椎奈が見守る。
二人とも雄治の判断を信じていた。
そして雄治は、あの時に自分が犯した罪と向き合うかのように桃花達の前に立った。
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次回は6月12日 12:00に更新します。
『冤罪で大切な人達に傷付けられた少年、無実の罪だと分かった後に謝られても絶対に許さない』
も投稿してます。
宜しくお願いします。
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