第5話 石田の妹




石田の家の場所は知っている。二人でカラオケに行ったときに教えて貰ってたんだ。

でも姫田愛梨とかいうストーカー女が知らなかったのは意外だったな。ざまぁ。




──石田の家は碓井宅から割と近く、歩きで向かっても10分程で到着する事が出来た。


まぁ到着は出来たんだけど……石田家の前に来て俺は愕然としてしまっている。

その理由は、玄関の前に長さ2メートル程の垂れ幕が立て掛けられており、なんとそこには──



【ウェルカムトゥーホームッ!!ようこそ坂本雄治っ!我が友よっ!バンザーイッ!!】



とデカデカと書かれていたのだ。


当然、恥ずかしいので垂れ幕は速攻で回収した。

俺は顔を赤くしながら回収した垂れ幕を広げて再確認──うん、何度見てもイカれてる。



「……なんだこれ?」


「…………うわぁ」


強引に着いて来たゴミカスストーカー女の姫田愛梨ですらドン引きしている位のシロモノ。

それに電話したのは10分前だからそんな短時間に作成出来る筈がない。要するに前もってこの垂れ幕を作っていた事になるんだけど……だとしてもなんで?


もしかして石田は俺が思ってる以上に馬鹿なんじゃないのか!?




「……というかなんで石田くん、ゆうちゃんと勝手に仲良くなってるのムカつくムカつくムカつく」


「…………」


なんでキレてんだよコイツ……石田に歓迎されてる俺がそんなにムカつくのか?男同士だぞ?

でも石田と姫田愛梨が仲良くしてる所を見たこと無かったから、付き合って早々喧嘩でもしてるんじゃないかと少し心配していたが、それは杞憂だったようだ。

嫉妬するほど石田を思ってるなら、しばらく別れる事はないだろう。石田に振られる可能性なら十分有るけど。



──雄治達が玄関の前で立ち往生していると、中から石田一樹が姿を現し嬉しそうに雄治に手を振った。



「やあっ!良く来てくれたっ!」


「……ありがとう。でも無理言ってごめんね?」


「何言ってるんだ?歓迎すると言っただろう?」


「うん……まぁ確かに言ってたけど…………此処まで歓迎するかね普通?」



雄治が嫌味っぽく言いながら垂れ幕を拡げて見せると、石田は悪びれる事なく逆にドヤ顔を披露する。


石田一樹は人生で初めて自宅に友人を招き入れる。いずれ雄治をどうにかして家に連れ込もうと考えていたが、意外にもその瞬間が早くに訪れて嬉しさが爆発しているようだ。


因みに石田は何人かの女性と付き合って来たが、彼女達を家に招き入れた事はない。これが石田にとっての初体験である。



「じゃあ早速──なんで姫田さんが?」


今気が付いたのかよ……さっきからずっと居るぞ?

でも姫田愛梨に気が付いて表情を顰めたし、嫌な勘違いをされても嫌だから、姫田愛梨が一緒に来る事になった経緯を正直に話そう。



「いやな?この姫田愛梨がしつこく付き纏ってたんだけど、俺が石田の家に泊まるって話したら自分も行くって煩いんだよ。多分だけど同性でも彼氏のお前が誰かと一緒なのが気に食わないらしいんだよ、きっと」


「………まぁ良いだろう」


「………おう。むしろ帰ろうか俺?」


「ダメだっ!!」

「ダメだよ!!」


「……う、うん」


帰りたいよ……もうコンビニで弁当食べて、母さんに見つからない様にこっそりと帰るからさ……もう解放してくれない?



「というより坂本、服とかどうしたんだ?俺の家に泊まるんだろ?」


「あ、用意してないけど大丈夫だよ体操服があるから。今日は体育が雨で中止になったし、新品同然で汚くないぞ?」


「……仕方ない、俺が用意していた服を貸そう。サイズもピッタリだよ」


「え?どうして俺ピッタリの服があるの?」


「買ったんだ」


「うん……?なんで?」


「まぁね」


「…………」


まぁねって……全然何一つ答えになってないんだが?



「立ち話もなんだし取り敢えず中に入ってくれ………姫田さんも、ね」


「お、おう」


「……お邪魔しまーす」


雄治を我が家へ導こうとする、石田一樹。

既に開かれているその扉を、雄治はまるで地獄門のようだと恐察する。まさしく一寸先も闇……永久誘う不憫なるオーラを雄治は肌で感じ取っていた。



「お、お邪魔します……」


……でも入るしかない。

例え可笑しな男でも、石田と仲違いしたくないし……それに変わったところこそ有るが、石田は学校だと普通に話せる良い奴なんだ。


そうなんだよ、学校だと非の打ち所がないほど良い奴なんだよ……でもプライベートだとどうじて?もしかして裏で誰か変なアドバイスしてんじゃねーのか?



「あ、そうだ坂本、妹もお前に会いたがってたぞ?」


「え、妹いんの?」


「ああ、中学二年生だ。贔屓目になってしまうが中々の美少女だぞ?」


美少女だったら尚更嫌なんだよ……しかも石田の妹とかヤバい匂いがプンプン漂って来るし……しかも中学生って事はつまりJCだろ?

死ぬほど面倒臭い年頃やんけっ。



「あの、石田くん?ゆうちゃんに女の子をススメないでくれるかな?」


「別にそんなつもりは無いよ。友人に妹を紹介するのは当然じゃないか?」


「…………」


「…………」


「…………」


──なんだこの空気?

いや姫田愛梨が居る時点で和気あいあいとはならないか……冗談抜きで帰ってくれないかなこの女?



「お兄ちゃ~んっ!!坂本さんに会わせて──って何この空気!?」


「二葉か……」


騒がしく登場した石田の妹。

二葉と呼ばれていたけど、やっぱり石田の妹だけあって綺麗な見た目をしている。


しかし、ピンク色でモコモコした上着と同じ色の短パン、それに金髪のツインテールか……まるで異性を意識しているような格好──


──いや普通に好きな格好をしてるだけだろ……そんなところで不信感を抱いてどうする。

変なこと考えるのは辞めなければ……石田は頭がおかしい部類だと垂れ幕を見て確信したけど、それでも案外人間的には好きなんだ。

そんな奴の妹と変に揉めたくはない。


俺は気を取り直し、靴を脱いで死地(いしだのいえ)に入ろうとした。



「……どうぞ」


「……ん?」


しゃがみ込んで靴を脱いでいたが、立ち上がろうとした俺に石田妹が手を差し出して来た。

悪いが今回ばかりは意味が分からない……何故、隣で同じ動作をしている石田と姫田愛梨を無視し、真っ先に初対面の俺に手を差し出すのだろう。


俺が女で、同性同士なら分からなくも無いが、その辺に思うところは無いのか?もしかして掌に毒針でも仕込まれているのか?

というかそもそも普通に立てるし。


でも折角手を差し出してくれてるのに、スルーは流石に感じ悪いよな。



「ありがとう、妹さん」


「………え?」


雄治は礼を口にした──


──が、結局、二葉の手を取らなかった。

いろいろ葛藤も有り悩んだが、最終的に女性への不信感が勝ってしまったのである。



「…………」


「二葉?」


「お兄ちゃん……なんでもない」


「そうか」


俯く二葉を見て雄治は罪悪感に苛まれる。


(ごめんよ、石田の妹──ほんとは手を掴もうと思ったんだ)


しかし、腕が動かなかったのだ。

女性に不信感を持ってからこういうシチュエーションに遭遇するのは初めてのこと。まさかここ迄の弊害が有るとは雄治も考えておらず、自身の症状に恐怖心を抱くのであった。



──廊下を歩いてる途中、緊張と罪悪感から俺は無性にトイレに行きたくなる。

ただ、同時に石田(兄)も便所に行きたくなったらしく、奴は2階のトイレに行ってしまった。

なので、俺は石田(妹)の案内でもう一つのトイレへと向かっている。


しかし、移動中も距離感がある。

精神的ではなく物理的な距離感だ。



「……坂本さん、どうぞ」


「あ、どうも」


──やばい、かなり感じ悪いことしてるよな……?

心の準備が出来てたらまだ対応も出来たけど、急に妹が現れるんだもん……無理だって。


用を足し終えた俺は、少しブルーな気持ちで花摘み場を出た。



「──ねぇ、坂本さん」


「ふえぇぇっっ!!?」


石田の妹なんで入り口の前に居るの!?

もしかして排尿音聴かれてた!!?



「私って、お兄ちゃんと同じで、ずっと同性から嫌われて来たんです──似てるんですよ今の坂本さん……あの馬鹿ないじめっ子達に……」


「う、うん?」


二葉は前のめりで雄治へ近付いて行く。

そんな彼女に驚き後ずさった所為で、雄治は再びトイレの中に入ってしまうが、あろう事か二葉も同じように中へと入って来た。


つまり男女が狭いトイレの中に二人で居る事になる。押され気味だった雄治も流石に眉間へ皺が寄った。



「私、嫌なことを有耶無耶に終わらせるのが嫌なタイプなので……単刀直入に聞きます──私のこと嫌いですよね?」


「別に嫌いじゃないよ……ただちょっと苦手なだけ」


「苦手?」


「……はぁ~もう良いでしょ?罪悪感で申し訳なく思ってたけど……なに?トイレに追い詰められる筋合いはないんだけど?」


「私だって、初対面の男性に避けられる筋合いはないんですけど?」


「仕方ないんだよ……」


「何がですか?」


「…………」


──言わないと納得しないと考えたのか、雄治は仕方なく事情を話す事にした。

ただもちろん原因までは話さない。



「いろいろあって女性全般が苦手になったんだ。妹さんだけが苦手な訳じゃないよ」


「私、妹さんって名前じゃないですけど?」


うわもう面倒臭い……しかもさっきから目がめちゃくちゃ怖いんだよ。お陰様で女性不信になって正解だと思い始めてるよ今。



「えっとぉ、二葉さん」


「はい」


「話した通り女性が全員苦手だから、出来ればこうやってトイレに追い詰めるのも今回限りにして欲しい」


「…………」


「…………」


「嘘じゃなく本当に怖がってるっぽいですね……もうそこまで行くと恐怖症じゃないですか?」


「……石田には黙っててくれよ?もし喋ったら引く位キレるからな?」


「あはははっ!そんな面白い返しをする人初めてですよっ!」


「俺もトイレで大笑いする女の子初めて見るけどな」


「ふふ……男子に嫌がられるのも、男子からこうやって暴言吐かれるのも初めて……これから宜しくお願いしますね?──ゆ・う・じ・さ・ん」


「名前で呼ぶの止めてくれ」


「良いじゃないですか、これから長い付き合いになるんですし……じゃあごゆっくり」


それだけ言い残して二葉はトイレから立ち去って行った。彼女が完全に見えなくなり緊張の糸が切れたのか、雄治はグッタリと便座の上にヘタレ込んだ。






「──いや石田の妹ヤバすぎるだろ……!!」




ーーーーーーーーー



「普通の勇者とハーレム勇者」を投稿しました。


宜しければ読んでみて下さい。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る