第12話 幼馴染の異常性






木曜日の朝。

やる気のでない一週間のちょうど真ん中だ。加えて登校時間となれば何とも嫌な気分になってしまう。


だがポジティブに考える。あと2日乗り切れば楽しい休日が待っている……そんな前向きな気持ちで俺は玄関の扉を開けた……だって言うのに──


「おはようっ!雄ちゃんっ!」


──あの女が満面の笑みを浮かべながら家の前に立っていた。


「………………」


その光景に思わず絶句してしまう。

言葉を失う程の衝撃とはまさにこの事だ。



「一緒に行こうよっ!流石にもう怒ってないよね?」


「……………」


もう口を聞くのも嫌気がさす。

姫田愛梨とは俺にとってカスみたいな人間、人生に不必要かつ邪魔な存在だ。アレだけ眩しいと感じていたあの笑顔も、今では嫌悪感を増幅させる凶器だ。



「………先に行っててくれる?」


「……もしかして……まだ怒ってるの?」


信じられないと言いたげな表情を浮かべる姫田愛梨。インフルエンザに感染し、この女は昨日まで休んでた訳だが、床に伏してる間に俺の怒りは冷めたと思ってるらしい。



……実に姫田愛梨らしい俺を舐めた考え方だ。

他者には気遣いが出来るのに相手が俺になると人が変わったように我儘になる。

映画館に誘われたとき俺が体調悪そうにしてても『面白い映画だから体調の悪さも吹っ飛ぶよ』と連れ出そうとしてヤンキーになる前の姉ちゃんにガチギレされてた事もあったし子供の頃は山でカブトムシを捕まえに一日中連れ回されたりもしたし服選びに付き合ったらセンスないと言われたし泳ぐのが苦手なのにプールに連れて行かれたし姉ちゃんと行くはずだった祭りにも姉ちゃんが居ない時を見計らって強引に連れて行かれたし俺にとって休日は有って無いようなモノでいつも姫田愛梨が着いて回ってたしだから彼女が全てだったしいつの間にか好きにもなってたし姫田愛梨が好きだから多少辛い事も我慢出来たし恋愛ものの映画なんて興味ないカブトムシも別に好きじゃない服のセンスを馬鹿にされたのもムカついた大勢が浸かったプールにも入りたくなんて無いし祭りも……


祭りも……


あの時は姉ちゃんと一緒に行きたかった。

帰ってきた時、小学生だった頃の姉ちゃんがみせた悲しそうな顔は今でも忘れられない。

ごめんよ姉ちゃん。ずっと俺の事を探してくれて……あの日、姫田愛梨に流されてしまった事を今でもずっとずっと後悔している。


………


ダメだ……コイツと過ごした記憶を思い起こすと頭がおかしくなる。良い思い出もあった筈なのにそれを何故か全く思い出す事が出来ない。

俺はどうしてこんな女を好きだったんだ?そんな疑問だけが俺を嘲嘲笑っている。


「刷り込みか……まぁ他の女と話してるとコイツがいつも邪魔してたな。だから異性の友達がコイツしか居なかったんだ……」


「……え?ど、どうしたの雄ちゃん?」


俺の周りから女性たちを遠ざけといて『幼馴染としか思えない』『一緒に居てもドキドキしない』だと?

人を馬鹿にするのも大概にしろよ。好きでもないのに散々俺の交友関係を邪魔してたのかこの女は?



「……雄ちゃんっ?さっきから変だよっ?」


「ああもうっ!!良いから先に行けってっ!!お前どういう神経してんだよっ!」


この感情は楊花に抱いてるモノとは全然違う。あの子と違って姫田愛梨にはドス黒い嫌悪感を抱いてしまっている。



「……っ!なんなのよ!?だいたい恋人を作ったくらいで、いくらなんでも怒りすぎよっ!!」


「……あの時は揉めたく無かったから言わなかったけど、自分が恋人作るのは良くて俺はダメなのか?楊花の時は散々文句言ってただろ」


「べ、別にそんなつもりで言ってないよ」


「じゃあ今まで邪魔してたのどういうつもりだよ?俺と少しでも仲が良かった女子が居たら文句言ってたらしいじゃないか。あれどういう事だよ?言ってみろ」


「そ、それは……」


──愛梨は目を泳がせた。

そして少し考えた後、衝撃の言葉を口にする。



「アレは、あの程度で近付かなくなったあの子達が悪いんだよ……だって──結局、選んだのはあの子達だもん」


「……………」


もう声も出なかった。

異常者の考えなど雄治には理解出来ない。

でも愛梨が変わった訳ではなく、これがいつも通りの姿で、変わったのは雄治の愛梨へ対する考え方。

石田と付き合うことにしたと聞かされたあの日、雄治は確かに目を覚ましたのだ。





──そんな時、後ろの玄関が開く音がする。

そして呆れた表情を浮かべながら、優香が二人の前に姿を現した。



「あのさ、愛梨」


「え……姉ちゃん?」


「ゆ、優香さん?」



会話の異常性に気付いた優香は、この前みたいに覗き見なんてせず直ぐ家から飛び出していた。


「ちょっと悪いんだけど……雄治の言うように先行っててくれる?」


「え?で、でも私が一緒に……」


「頼むわ、愛梨。今日の所はひとまず……ね?」


「わ、わかりました」


愛梨は渋々といった様子で立ち去った。

今の優香は間違いなくキレている……それを愛梨は感じ取っていた。滅多に怒らない優香だが愛梨に限っては頻繁に怒らせている……だから彼女の怒りに勘付いたのだ。



(はぁぁ……本当に優香さんは性格が悪いな……直ぐに怒るんだもん……嫌い)


何度も振り返りながら愛梨は一人で学校へと向かう。



「──姉ちゃん、悪いな」


「良いって別に」


マジで疲れたわあの女の相手。

今日はもう休もうかな……?でも無遅刻無欠席……先生に褒められたいし、やっぱり行く事にするわ。



「折角だし、い、一緒に行こうか?」


「良いけど……今日、姉ちゃん早くない?」


「……少し私も頑張ろうかと思って。私が居ればあの子も多分しつこく来ないだろ?」


「………確かに」


「ん。じゃあ明日も……どうかね?」


「俺の為に早起きすんのかよ」


「……ち、ちげぇーし……早起きは三年の徳って言うじゃん?それでだわマジで」


「あの……国語の成績大丈夫?」


「え……三年の徳じゃなかった?」


「……ふっ」


「ぐぉ……嫌な笑い……!」


姉ちゃんは昨日も楊花とのキッカケを作ってくれた。

そして二人でいろいろ話した結果、文章でのやり取りを提案したのは姉ちゃんだ。



「姉ちゃん」


「ん?」


「………………いつもありがとう」


「……………ん」


弟に感謝され、優香は嬉しそうに笑った。

ただ、そのニヤケ顔が雄治的にキモかったので、もう二度と御礼は言わないと心に誓う。



───────



学校に到着し二年の廊下を歩いてると、ばったり石田と出会した。既に知らない関係ではないので互いに挨拶を交わす。


「おはよう坂本っ!ちょうど良かった!今から君に会いに行く所だったんだ!」


「……おお、おはよう、石田……どうしたんだ?」


あのメールが送られて以来……いや正確にはあの日から石田は頻繁に俺の元を訪れるようになった。

例のメールがあったから人間性を警戒してたけど、話してみれば割とまともな奴で話し易い。

それに気を遣ってなのか、石田は愛梨の話を一切して来ない。アイツの名前を聞きたくない俺にとって、この気遣いは非常にありがたい。


因みに昨日は石田と二人でカラオケに行った。雨で部活動が休みだったらしく、放課後に誘われたんだよなぁ……男子と行くのは初めてだったらしいが、男友達は居ないのか……?


本当は愛梨の彼氏だから関わらないつもりだったんだけど、ここまでフレンドリーに来られたら悪い気などしない。



「昨日は楽しかったな!坂本っ!」


「まぁな。今度碓井とかも誘って大人数で行こうぜ?多分もっと盛り上がると思うぞ!」


「……え?二人きりで良いだろ別に」


「あ、うん」






………うん?





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